第一章:最悪の出会い
学園生活は、想像通りだった。
授業では基礎的な魔法すら習得できず、実技演習では皆の足を引っ張るばかり。同期からは陰で「魔力なし聖女」と呼ばれ、教師たちも私には半ば諦めの表情を浮かべていた。特にひどかったのは、魔力適性別のクラス分けだ。私は当然のように一番下の「見習いクラス」に振り分けられ、その中でもさらに浮いた存在だった。
ある日の昼休み、私は人目を避けて、学園の裏庭にある小さな温室で昼食をとっていた。ここだけが、私にとって唯一の安息の場所だった。
サンドイッチを一口かじったその時、温室の扉が勢いよく開く。びくりと肩を震わせると、そこに立っていたのは、この学園で最も恐れられている人物だった。
漆黒の髪を無造作に伸ばし、深く影を落とす瞳。制服をだらしなく着崩しているが、その佇まいには有無を言わせぬ威圧感が漂っている。彼は、この学園の頂点に君臨する天才魔術師、リオネル・ヴァンス。わずか十五歳で、最上位の魔術師にしか許されない「星詠み」の称号を得た異例の存在だ。そして、彼はいつも、誰かに追われるように学園中を徘徊している。
リオネルは私を一瞥すると、何の言葉もなく温室の奥へと進んでいく。彼はいつも一人で、誰も近寄ろうとしない。その理由は、彼の魔力が強大すぎて、周囲の魔力を乱してしまうからだと言われている。彼が近づくだけで、魔力の弱い生徒は気分が悪くなることもあった。
私は息を潜め、彼が過ぎ去るのを待った。しかし、リオネルは温室の隅にある、古びた植木鉢の山を睨みつけると、突然、右手を軽く掲げた。
「……鬱陶しい」
呟かれた言葉と同時に、彼の掌から放たれたのは、漆黒の魔力。それはまるで闇そのものが凝縮されたかのように禍々しく、しかし恐ろしく精巧な一撃だった。植木鉢の山は、一瞬で砕け散り、砂煙が舞い上がる。
「な、何するんですか!?」
思わず叫んでしまった。この温室は、私が密かに育てている薬草や珍しい植物の苗を置いている場所でもあるのだ。彼はただ、そこに邪魔な物があったから破壊した、という顔をしている。
リオネルはゆっくりと私の方を振り返った。その冷たい視線が、私の心臓を鷲掴みにする。
「……何だ、お前。こんなところで油を売っていたのか。目障りだ」
彼の言葉は、私にとって最大の屈辱だった。ただでさえ魔力がないことで学園の厄介者扱いされているのに、今度は最強の魔術師にまで「目障り」と言われるとは。
「目障りって……!私はここで、大事なものを育てていたんです!」
震える声で言い返すと、リオネルの眉がわずかにぴくりと動いた。
「大事なもの?貴様のような魔力ゼロの落ちこぼれが、このアカデミアで育てられるものなどあるのか?」
彼の言葉が、私のプライドを粉々に打ち砕いた。喉の奥から、悔しさの塊がせり上がってくる。私は、生まれつき魔力がなくても、この学園で何かできることがあると信じていた。植物を育てることなら、誰にも負けない自信があった。
「私は……!私は、魔力はなくても、やれることはあるんです!あなたに、私の何がわかるって言うんですか!」
感情に任せて叫び返した私に、リオネルは興味なさそうにフンと鼻を鳴らした。
「馬鹿め。魔力なくして、この世界で何ができようか。貴様のような役立たずは、せいぜい誰かの邪魔になるだけだ」
そして、彼は私の言葉を遮るように、踵を返して温室を出て行った。彼の背中を見送りながら、私の目からは、とうとう熱い雫が溢れ落ちた。
「役立たず……」
私は温室に一人残され、壊された植木鉢の残骸と、ずきずきと痛む心の傷だけがそこにあった。