エピローグ:新生の息吹、研究所の賑わい
学園を揺るがした瘴気増幅の符文の騒動から数日。旧校舎の地下は完全に封鎖され、ジェラルド教授と彼の信奉者たちは当局に身柄を引き渡された。学園内には依然として事件の余波は残っていたが、生命魔術研究所の迅速な対応により、生徒たちの間には安堵と、リオネルとレリアへの一層の信頼が広がっていた。
生命魔術研究所は、以前にも増して活気に満ちていた。世界各地の瘴気の残滓の状況報告、それを元にした新たな浄化計画の立案、そして「命の源流」のさらなる安定化に向けた研究。リオネルは膨大な情報と向き合いながら、以前よりも眉間の皺を深くしていたが、その目は確かな未来を見据えていた。彼の隣には常にレリアがいて、膨大な植物学的データと、彼女の持つ「生命の痕跡を感知する能力」を駆使し、リオネルの解析を補佐していた。
「リオネル先輩、この南方の遺跡で報告された瘴気の残滓、やはり影苔の反応があります。以前のものよりも、さらに深い生命の結びつきを感じますね」
レリアが解析結果の映し出されたクリスタルボードを指差す。彼女の言葉に、リオネルの表情が僅かに引き締まる。
「『変異瘴気』の進化か。厄介だな。しかし、貴様の『不朽草』の研究が進めば、対処は可能だろう」
瘴気はまだ完全に消えたわけではない。しかし、彼らの間に悲壮感はなかった。互いの隣に立つパートナーへの揺るぎない信頼が、彼らを支えていた。
その日の午後、研究所の扉が勢いよく開かれた。
「リオネル先輩!レリア先輩!来ました!」
飛び込んできたのは、リュシアンだった。彼の銀色の髪は乱れ、制服は少しばかり埃をかぶっているが、その瞳は期待に満ちて輝いている。
「リュシアン?授業はもう終わったのか」
リオネルが顔を上げて尋ねると、リュシアンは深く息を吸い込んだ。
「はい!そして、学園長先生から、正式な許可もいただきました!今日から、僕、生命魔術研究所の正式な一員です!」
リュシアンはそう宣言すると、誇らしげに、しかし少し緊張した面持ちで、右手の甲を二人に向けた。そこには、真新しいアカデミアの「生命魔術研究所」の紋章が、誇らしげに刻まれている。それは、学園の最高機関の一員として認められた証だった。
「おめでとう、リュシアン!」
レリアが心からの笑顔で迎える。彼女はリュシアンの頭を優しく撫でた。
「ふん。ようやくか」
リオネルはぶっきらぼうにそう言ったが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。彼が、リュシアンの才能と熱意を認め、研究所の一員として迎え入れることに同意した証だった。
リュシアンは、憧れの二人の先輩に認められた喜びで、今にも爆発しそうだった。
「はい!これで、もっともっと先輩たちの役に立てます!僕の魔力感知能力で、どんな小さな瘴気の淀みも見逃しません!」
彼はそう言いながら、研究所の隅に置かれた、以前レリアが発見した珍しい植物の鉢植えに駆け寄った。
「この植物も、もしかしたら『不朽草』みたいに、何かすごい力を持っているのかな……?僕、調べてみます!」
リュシアンは、まるで宝物を見つけた子供のように、すぐに研究に取り掛かろうとする。その真っ直ぐで純粋な探求心は、かつてのリオネルの姿を彷彿とさせた。
レリアは、そんなリュシアンの姿を微笑ましく見守る。リオネルも、リュシアンの行動を咎めることなく、その背中を静かに見つめていた。
「これで、賑やかになるな」
リオネルが呟く。その言葉に、レリアはくすりと笑った。
「ええ。とても」
生命魔術研究所は、彼らの研究と、リュシアンのような次世代の才能の育成によって、世界の未来を切り開く拠点となっていくだろう。瘴気の脅威が完全に過去のものとなる日まで、彼らの挑戦は続いていく。しかし、もう一人ではない。新たな仲間と共に、彼らは未来へと歩み出す。