第三章:解析と追跡の始まり
学園の外壁に刻まれた瘴気増幅の符文は、見る間に周囲の生命力を吸い上げ、小さな植物の苗が枯れていく。生徒たちがざわつき始め、一部の魔力の弱い生徒は気分が悪そうに顔を歪めた。
「リオネル先輩!このままでは、学園中に瘴気が広まってしまいます!」
リュシアンが焦って叫んだ。彼の魔力感知能力は非常に高く、符文から放たれる瘴気の淀みをはっきりと感じ取っているようだった。
「慌てるな。魔力を放出しては逆効果だ」
リオネルは冷静に指示を出す。彼は符文に手をかざし、その魔力構造を瞬時に解析しようとする。しかし、符文は複雑に絡み合った古代の魔術式でできており、一般的な方法では読み解けない。
「やはり、一筋縄ではいかないか……」
リオネルが眉をひそめたその時、レリアが符文に手を伸ばした。彼女の掌から、微かな生命の光が符文へと流れ込む。
「レリア、何をしている?」
リオネルが問うが、レリアは集中した面持ちで符文の表面をなぞっていた。
「この符文は、瘴気を呼び寄せるだけでなく、周囲の生命力を媒介にして発動しているようです。だから、植物が枯れている……そして、この魔力の痕跡は……」
レリアの「無機物に残る微細な魔力の痕跡を感知する能力」が、ここで活かされた。彼女は符文に刻まれた魔術師の「筆跡」のようなものを読み取ろうとしていた。
「この符文を刻んだのは……魔術師として非常に高度な技術を持っています。でも、どこか古い流派の魔術に似ているような……」
レリアがそこまで言いかけた時、符文の中心から、かすかにだが確かに、黒い煙のようなものが立ち上った。瘴気の濃度が、再び上がり始めている。
「時間が惜しい。リュシアン!」
リオネルが鋭い声で呼んだ。
「お前は、この符文から放出される魔力の波長を正確に感知しろ。その波長が、符文を刻んだ犯人の魔力と繋がっている可能性がある」
「はい、任せてください!」
リュシアンはすぐに目を閉じ、全神経を集中させる。彼の銀色の髪が、微かな魔力の光を帯びて揺れる。彼の持つ卓越した魔力感知能力は、犯人の追跡に大きな手掛かりを与えうる。
リオネルは続けてレリアに指示を出した。
「レリア、貴様は、符文から最も強く生命力が吸い取られている場所を特定しろ。その場所が、符文の中枢にある『増幅器』の正確な位置を示しているはずだ」
「分かりました!」
レリアは学園の外壁全体を視覚的に捉え、生命の光が吸い上げられている箇所を敏感に感じ取る。彼女の聖女としての直感と、植物学者としての知識が融合し、不可視の魔力の流れを把握していく。
数分後、リュシアンが目を開いた。彼の瞳には、疲労の色が浮かんでいるものの、確かな光が宿っていた。
「リオネル先輩!感知しました!この符文の波長は、学園の北西、今は使われていない旧校舎の地下から発信されています!」
旧校舎の地下。そこは、学園の歴史の中でも特に古く、今はほとんど立ち入り禁止となっている場所だ。かつては、学園の創設期に行われていた、禁忌に近い魔術の研究が行われていたという噂もあった。
「やはりな……」
リオネルの顔に、確信の色が浮かんだ。
「そこには、以前から瘴気の残滓が特に濃く残っていた場所だ。奴らは、そこを拠点にしている」
「急ぎましょう!このままでは、学園の結界が完全に破られてしまいます!」
レリアが焦る。瘴気が学園内に広がることは、何としても避けなければならない。
「待て。正面から行けば、返り討ちにあう可能性が高い。奴らは俺たちの動きを読んでいる」
リオネルは冷静に状況を分析する。犯人が学園の外壁に直接符文を刻んだのは、彼らを誘い出すためでもあるのだろう。
「リュシアン、お前は学園に残れ。万が一、俺たちが足止めされた場合、学園の防御結界を強化する準備をしておけ」
「ええっ!?僕も行きたいです!」
リュシアンは不満げに抗議するが、リオネルの目は一切揺るがない。
「これは、お前の才能が最も活かされる任務だ。分かったな?」
リュシアンは渋々頷いた。信頼と期待を込められた任務であることを理解したのだろう。
「レリア、行くぞ」
リオネルはそう言い、学園の敷地を迂回し、旧校舎へと続く裏道へと足を進めた。彼の隣には、新たな危険に立ち向かう決意を秘めたレリアが寄り添う。
学園の影に潜む、瘴気を操る悪意。その正体を暴き、再び世界に平和を取り戻すため、二人の新たな戦いが、静かに幕を開けた。