第一章:新しい学年、そして新たな課題
エレオス魔術アカデミアの廊下を、レリアは少し胸を張って歩いていた。魔力ゼロの「落ちこぼれ聖女」と蔑まれた日々は過去のものとなり、今や彼女は「生命魔術の第一人者」として、学園の誰もが尊敬する存在となっていた。十六歳になったレリアの隣には、十八歳になったリオネルが、相変わらず無表情ながらも、以前よりわずかに柔らかな雰囲気で立っている。彼は「大魔術師」として、学園の最重要施設となった「生命魔術研究所」の所長を務めていた。
「レリア、今日の植物学的解析のデータだが、やはり月の満ち欠けによる『命の源流』の微細な変動が見られる。誤差の範囲内だが、無視はできない」
リオネルが手に持つタブレット端末を見ながら言う。世界中の瘴気を浄化した「命の源流」は、今や地球の生命活動を支える新たなエネルギーシステムとして、各国の注目を集めていた。しかし、完全な安定には至っておらず、リオネルとレリアは日々その特性を研究し続けていた。特に、一部の地域では瘴気の残滓が予想以上にしぶとく残っており、その原因究明と対策が急務となっていた。
「その原因を探るためにも、もっと大規模なデータ収集が必要ですね。でも、まだ『命の源流』の普及が始まったばかりで……」
レリアが言いかけたその時、背後から元気な声が響いた。
「リオネル先輩!レリア先輩!おはようございます!」
振り返ると、そこにいたのは、今年アカデミアに入学したばかりのリュシアンだった。銀色の髪を跳ねさせ、きらきらと目を輝かせた少年は、レリアのことが大好きなようで、いつも彼女に懐いている。
「また来たのか、リュシアン。授業はどうした?」
リオネルが呆れたように言うと、リュシアンは頭をかく。
「えへへ、ちょっとだけ早く来ちゃいました!だって、先輩たちの研究室、最高にクールなんだもん!」
リュシアンは、リオネルが世間では「大魔術師」として恐れられていることなど全く気にしていない様子で、真っ直ぐな瞳で二人を見上げる。彼は、生まれつき極めて高い魔力感知能力を持ち、その才能はリオネルに匹敵するとも噂されていた。
「君も、魔力感知能力を活かして、『命の源流』の微細な変動を解析できるようになりたいんだろう?」
レリアが優しく尋ねると、リュシアンは満面の笑みで頷いた。
「はい!リオネル先輩みたいに、世界を救う魔術師になりたいんです!そして、レリア先輩みたいに、植物の気持ちがわかるようになりたい!」
リオネルはフンと鼻を鳴らしたが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。レリアもリュシアンの真っ直ぐな憧れに、温かい気持ちになった。リュシアンは、彼らが世界を救った後の世代の、希望の象徴のようだった。