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第一話 封印と覚醒

ルミナリア王国の王都の一角。

一代で財を成した商人の館があった。


白を基調とした美しい屋敷。

室内は飾りすぎず、実用的でありながらも、質素とは見えぬ様に美しい調度品を取り揃えられており家主のセンスが伺われた。


そんな屋敷では使用人達が慌ただしく走り回っていた。


家主であるガルド・マーディアスの夫人であるミレイナの出産が始まったからだ。




――私たち夫婦に、ようやく待望の男の子が生まれた。


ミレイナはセリアの出産時、難産だった。

回復術師を雇っていた事もあり、母子ともに無事で済んだ。


だが医師からはもう出産は難しいと言われていた。

貴族でもないし、無理をしないでいいと伝えたが、ミレイナは男の子が欲しいと願っていた。

大商人には跡取り息子がいるでしょと言ってくれた。


妊娠がわかり、男の子だと判明したときには本当に嬉しかった。


万全の準備を整え、どうか無事に産まれてくれますようにと願っていた――。




しかし現実は残酷だった。


シオンが生まれた瞬間、彼の小さな身体は真っ赤に染まり、全身から発せられる魔力の波動が産室の空気を歪ませた。


赤子のはずなのに、まるで灼熱の核を抱いているような――そんな錯覚すら起こす、異常な魔力。


泣き声すら上げられないその子は、産声の代わりに、ひたすら高熱に苦しんでいた。


幸いにも前回の反省を生かし、最上位の第五階梯(クインシア・クラス)回復術師(ヒーラー)を雇っていた為一命を取り留めた。


だが、全く改善はしなかった。

常に高熱にうなされており、回復魔術をかけても一時的な改善にしかならなかった。


王都でも五指に入る回復術士を雇い、屋敷に常駐して貰った。


我が子にすべてを注いだ。


シオンの治療費で我が家の蓄えは底を尽きかけた。


だが、それでも……生きてほしかった。



「また……熱が下がらないわ……!」


「ミレイナ、俺がすぐに呼んでくる!」


生後半年経つ頃には熱が再発する頻度が上がっていた。


第五階梯(クインシア・クラス)回復術師(ヒーラー)でも直せない原因不明の病。


いつその時が来てしまうか、怖くて仕方がなかった。


意を決した様に術士は告げる。


「これは延命にすぎません。この子は……遠くない未来に……。ここまで魔術をかけても改善しない以上、病ではなく、別の要因だと思われます。」


どうすればいい。何をすれば救える。


八方手を尽くして、俺たちは――魔術の専門家に頼る事にした。


ルミナリア王立魔術学園の長。


マルグリット学園長。


かつて伝説の魔術師ユリウスを代表とする黄金世代の一人。


王立学園に魔具を卸している伝手を使い、彼女に依頼する事が出来た。


話を聞いたマルグリット学園長はすぐにシオンを見てくれた。



シオンの身体に手をかざすなり、学園長は表情を曇らせた。


「この子は……。この子の異常の原因は魔力過多だね。常人では考えられないほどの魔力が、生まれつき備わっている。ただ子供の身で宿せる魔力量じゃない。この子の才がこの子を殺そうとしてる。」


「ど、どうすればいいでしょうか!」


「安心なさい。私は王国一の封印術の使い手だよ。」


その言葉に、どれほど救われたかわからない。


「ただ一度に封印すると、どんな異常が出るかわからない。経過をみつつ半年ごとに段階的に封印を施していく。ただ初めての事例だからね......。どんな事態も覚悟はしとくんだよ」




それから、私たちは希望と共に戦った。


毎晩のように、シオンは高熱にうなされた。


毎晩、私はシオンの小さな手を握り、ガルドは彼の身体を冷やしながら夜通し看病した。


ほんの少しでも、良くなっている気がした。三歳を迎える頃には、ようやく熱も微熱程度まで下がってきた。


だが――


「……しゃべらないな、今日も」


目は開いていても、そこに意志が感じ取れなかった。視線は合わず、名前を呼んでも振り返らない。


反応がない。


ずっとぼんやりと、虚空を見つめている。




ああ、神よ。せめて、この子に笑顔を……。


どんなに愛情を注いでも、どんなに語りかけても、息子は私たちを認識しているようには見えなかった。


体調が改善しても植物のようだった。


「パパだよ。……シオン、パパだよ」


「……ママよ。ママなの。わかる?」


今まで何度語りかけただろうか。


言葉を繰りしても

抱きしめても

頭を撫でも

どれだけ愛していても


それでも、彼の瞳に生気は宿らない。感情がない。




……いつか、この子が死んでしまったとき、私たちは後悔するだろう。


“あの子に、何もしてやれなかった”と。


そう思ったからこそ、私達は何度も、何度でも、名前を呼び続けた。



そして、五歳の誕生日。


最後の封印術式を施されたその日。


シオンは、呼びかけに対して初めて自分の意志でこちらを向いた。


「……パパ」


「……ママ」


その一言に、私は――声を上げて泣いた。


「しゃべった……!あなた、いま……!あなたぁ……!」


「シオン……!シオン……!」


夫は言葉も出せず、ただ肩を震わせていた。


私たちは、ようやく手を伸ばしてくれたこの小さな命を、全力で抱きしめた。


「ありがとう、シオン……ありがとう……!」


そのとき、私は確かに感じた。


小さな身体が、私たちの胸の中で震えながらも、確かに応えてくれたことを。


この子は生きている。繋がっている。





温かい光の中で、彼は目を覚ました。


まるで長い夢を見ていたようだった。熱にうなされ、意識の底に沈み、名前すら思い出せない暗闇の中で――それでも、ずっと聞こえていた。


「パパだよ、シオン」


「ママなの。ママよ、シオン」


その声が、シオンと呼んでくれる二人の声がずっと繋ぎとめていた。


視界が霞んでいた。何も感じなかった。思考も曖昧で、何も考えられなかった。


それでも……なぜかその言葉だけは、胸の奥に届いていた。




そして、五歳になった日。


封印が完了し、魔力の流れが静かになったその瞬間――ようやく、彼は「自分」を取り戻した。



(……ここは、どこだ?)


意識が浮上する。記憶が断片的に繋がり、ようやく思い出す。


(……私は、ユリウスだ。転生が成功して……)


小さな手を見下ろす。力はない。膨大な魔力も、まるで霧の向こうに隠されたように何も感じれなかった。


けれど、不思議と不安はなかった。


この五年間、私の“意識”は深い霧の底に沈んでいた。

ただ、父と母の声だけが、ずっと、その霧の中で響いていた。


この世界には、自分を「シオン」と呼んでくれる存在がいる。熱にうなされていた日々、何度も何度も名前を呼び、手を握ってくれた温もりが、確かにそこにあった。


「シオン......?」


震えた声で()()を呼ばれた。


ゆっくりと振り返る。


そこにはやつれた顔をした男女がいた。


二人とも目の下のくまが酷く、心身ともに疲弊しているのが見て取れる。


ぼんやりとしか覚えていない。だが、確かに知っていた。


この人たちがずっと自分の名前を呼んでくれた二人だと。私の両親なのだと。


父と母は、決して自分を見捨てなかった。


燃えるような熱に晒され、呻き、に眠り続けていた俺のそばで、彼らは、ずっと声をかけてくれていた。


「……パパ」


小さく、喉を震わせて呼んだ。


「……ママ」


その瞬間、二人の表情がぐしゃりと崩れた。


「シオン……!シオン……!」


「しゃべった……!あなた、いま……!あなたぁ……!」


泣きながら、抱きしめられた。


震えるほどの力で。


温かかった。……懐かしかった。


(これが、家族というものか)


(……こんなにも、あたたかいのか)


涙があふれた。

訳もわからず、声を出して泣いた。


かつての最強の覇魔階梯術師(アルシオン・マギア)が、どれほどの強さと知識を持っていても得られなかった人との繋がり、愛情。


(ありがとう……本当に、ありがとう)


私はこの家で、もう一度人生をやり直す。


シオン・マーディアスとして、今度こそ悔い無き、普通の人生を。


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