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8 リベンジ

「…………どうだ?」


「かすかに残ってる」


森の地面に目を凝らして魔術具を握りしめる。

私の魔力の気配が僅かに感じられた。


「…………多分、こっち」


少しずつ辿りながら、他の痕跡を探していく。爪痕や糞の跡が見つかったら、その周りを重点的に探す。その繰り返しだ。


「それにしても、本当にその小さな魔術具で辿れるんだな」


「ええ」


手の中のピンに目を落とす。


「お母さまが作ったものだもの。お母さまはこういうのがとても得意だったから」


繊細に刻み込んである術式は、ものすごく技術がいるものだ。私ではとてもできない。


「ちょっと見せてもらってもいいか?」


「いいわよ」


ピンを手渡す。レノはしばらく手のひらの上で転がして観察していたが、当然ながら分からなかったようで、嘆息して返してきた。

そのときだ。


「あ」


「? どうし————」


どうしたんだ、とレノが言い切る前に動く。

魔法で短剣を生成し、ちょうど右手側から飛びかかって来た魔物に向けて投げた。短剣はちょうど脳天に突き立ち、汚い悲鳴を上げて豹のような体躯をした魔物が地面に倒れる。

背後で驚いて後ずさったレノに一応言っておく。


「サヨフね。牙に毒を持っているから、触らないで」


「…………ああ」


やっと息の仕方を思い出したようにレノが答えたが、まだピクピクと痙攣している魔物に見入っている。

その瞳を揺らしたものは、恐怖、だろうか。それとも、命を奪うことへの罪悪感か。

レノの視界から魔物を遮るように割り込んで、ぺちぺちとその頬を叩く。


「しっかりしなさい。殺す気で襲いかかってきたんだから殺さなきゃだめなのよ」


「……………そう、だな」


それに、と続ける。


「これから私たちは、成り行きじゃなく確固とした目的を持ってヴォーグたちを殺し尽くすの」


あちらから襲いかかられるのを撃退するのではない。

わざわざ巣を探して殺すのだ。

だから、それは私たちが目を逸らしてはいけない命だ。

レノが怯んだように唇を震わせる。


「あなたの目的を私は否定しない。あなたの妹が殺されたのは事実だから」


けれど、これは先ほど私が言ったものとは違う。

やられたからやり返す、と、やられるくらいならやる、は違うと私は思うのだ。

前者は復讐で、後者は自衛だ。

私だって命がかかれば、殺されるより殺す側に回る。

後者を選ぶのが正解とは言い切れないとも思うけど。


けれど、レノの望みは決して間違っていないと思う。

だから、私が口を出すことはひとつだけだ。


「やると決めたなら腹をくくりなさい。それとも、諦める?」


「……それは、嫌だ」


まだ迷いはあるように見えるが、レノは真っ直ぐ視線を合わせて言った。

ひとまず安堵の息をつく。

ここで諦められていたら今までの私の努力の半分は水の泡だ。

レノがどうしようが私はヴォーグを殺さなければならないから、無意味になるわけではないけど。


「よし、じゃあパパッと魔石だけ回収しちゃいましょう」


ちゃきっと新しく生成した包丁を構える。

サヨフの死体を横に転がして腹に刃を押し当てた。


「………なあ、さっきも今も、俺には急にナイフが出てきたようにしか見えなかったんだけど」


「それで正解。魔法で生成したのよ」


腹の真ん中を裂き、包丁で内臓をかき出す。


「系統は? 地か?」


「系統はないわ。ただ生成するだけ。私は魔法が苦手だから」


魔法には系統魔法と無系統魔法があり、存在する魔法の大半は系統魔法だ。理由は簡単。無系統魔法は簡単な代わりに弱い。特有の性質を付与できないからだ。


地であれば堅牢さを。

風であれば鋭さを。

水であれば柔軟性を。

火であれば機動力を。


他にもいくつかある系統、そのそれぞれに固有の特性は、魔法の真価ともいえるものだ。系統魔法が発明されてから、無系統魔法はずっと日の目を見ていない。

系統魔法が使えなければ魔導士として一人前ではないとさえ言われている。


と、これだけ重要な系統ですが。

私は魔力の流れをコントロールする魔力孔に致命的な欠陥があるらしく、ほぼ使えない。

才能があればよかったのにと思ったことは何千回もあるが、これはもう生まれつきの才能で、どうしようもないものだ。


「ん、あった」


心臓のあたり、きらりと光るものを見つけた。肉と癒着しているところを包丁で引っ剥がす。血まみれのそれを、布の切れ端で綺麗に拭く。

現れたのは、三センチほどの透き通った魔石だ。


「こいつの魔石は薄緑なんだな」


「魔石の色は持っている魔法の系統によるから」


つまりこのサヨフは、弱い風の魔法が使えたということだ。

憐れ、使うこともなく死んだわけだが。


「じゃあ、行きましょうか」


魔石だけ腰につけたポシェットに入れて歩き出す。


「肩の怪我は? 大丈夫なのか」


「大丈夫よ。大分動くようになったもの」


左手をぐ、ぱ、ぐ、ぱ、として見せる。身体強化を使って無理やりではあるが、ないよりましだ。両手が使えるだけで、私はかなり戦いやすくなる。

それでも、全力が出せないことに変わりはない。


レノには、もしものとき守りきれるか分からないと伝えてある。


『だからね、基本は私の後ろにいてほしいの。出来るだけそちらにはヴォーグを通さないように頑張るから』


レノは剣技だけで言えば強いが、実戦経験のなさが弱点だ。正念場でうまくいかない可能性は大いにある。

そしてそれは、ヴォーグ相手だと致命的だ。

もっと弱い相手で経験を積ませてあげられれば良かったが、そんな時間はなかった。

だから、基本的には戦わせない。


『もし私がしくじったら、一撃防いで。最初の一撃だけでいい。そうしたら助けに行くから』


とにかく怪我をしないように、周りをよく見ていて。

そう伝えると、レノは押し問答の末、渋々頷いた。


何回反論されても、私の意見は変わらない。

経験の浅いレノに、危険を負わせて戦わせる意味はないと思っている。

私が気を張っていなければ。


少し身をかがめて耳を澄ませる。

たくさんの音の中から生き物の気配を探す。


「…………近くに小さいのが一匹、少し遠くにもう一匹」


「え?」


「静かに」


レノを制して、遠くにかすかに聞こえる音を追う。

ヴォーグか他の動物か。

ヴォーグなら気づかれたくない。


「………でも、違うわね」


ふぅ、と息を吐いて顔を上げる。

戸惑いながらも黙っていたレノは、ますます眉間にしわを寄せる。


「どういうことだ?」


「遠くにいる動物もヴォーグではないってこと」


「いやそこじゃなくて。何で何かがいる、とか分かったんだ?」


「ああ、それは」


とん、と耳に触れる。


「私は耳がいいの」


私がこの仕事で生き残っているのは、この耳があるからだ。

近ければ、たとえ背後でも相手がどんな動きをしているか大体分かる。


「すごいな、それは」


レノが半信半疑といった様子で感嘆を漏らした。

自分でも生まれつきこれを持っていて本当に良かったと思う。これがなければ、今まで何回死んでいたか分からない。


「とにかく、次また何か聞いたら合図するから、そのときは静かにして。ヴォーグじゃないと分かったら捨て置く。解体する時間がもったいないしね」


「分かった」


そのまま魔力と痕跡と音を頼りに森の奥へ分け入っていくこと、数時間。

空がすこし赤くなってくる前に、それを見つけた。


「…………近い」


「!」


ここだけ、魔力の痕跡が濃い。おそらく少し前についたものだ。

点々とずっと先まで続いている。


こくりと喉を鳴らす。

夕暮れは近い。けれど、きっとすぐそこまで迫っている。


「……………いくよ」


レノが手を握りしめて頷く。


やっとだ。

やっとここまで来た。


ヴォーグに気づかれないよう、足音を忍ばせて進む。

しばらく歩いても、跡は途切れないし、ヴォーグは現れない。


まだか、まだか。


来ないで欲しい。

でも早く現れてほしい。


緊張で鳴る鼓動で、相反する考えが頭に浮かぶ。

じっとりと背中に汗がにじむ。



突然、すっと背筋が冷たくなった気がした。

覚えがある感覚だ。


それはすぐにかき消えたが、代わりにレノが叫ぶ。


「フィリーネ!」


左にいる、とレノが言い切る前に、彼を突き飛ばしてそこを飛び退く。


一瞬の後、元いたところに鋭く尖った岩が隆起した。

ちょっとでも遅れていたら地面から串刺しになっていただろう。


体勢を崩しながらも振り返り、反撃に生成したナイフを投げる。木々の奥からこちらを観察する瞳は、黄と青のオッドアイだ。左手だったため、投げたナイフは当たることなく側の木に突き立つ。


オッドアイが吠えた。

同時に四方から地面を蹴る音がする。ヴォーグたちだ。


オッドアイはともかく、この四匹も今まで全く気配を悟らせなかった。

どうやって。

どうやって私の耳をすり抜けた?

なぜここに来ると分かった?

分からない。

スローモーションになる視界の中、オッドアイは冷静にこちらを見ている。凪いだ青と黄の瞳。

遅まきながら理解する。


私たちは、まんまと罠に誘い込まれた。

それもほぼ同じ手口で。


「———でも、好都合ね」


相手から姿を現してくれた。


両手に斧と剣を生成する。レノを背に庇う。

リベンジだ。


一番近くから聞こえた、斜め後ろの足音に斧を投擲する。一匹目。

同時に正面で長剣を振り抜いた。全力の身体強化を込めた一閃は、ヴォーグの首の中ほどまで届く。絶命するのを確かめる間もなく埋まった剣を手放し、もう一つ生成した槍を左側のヴォーグの口腔に突っ込む。


槍を抜こうとしたとき、突然体勢が崩れた。踏み出した右足、そこの地面が十センチほど陥没している。とっさに片手をついて、低い姿勢から跳ね上がる反動でヴォーグを蹴飛ばし、横から襲いかかってきたもう一匹にぶつけた。二匹揃って体勢を崩したところを槍で串刺しにする。


あとは、あのオッドアイ———


「………っ!」


ぼこり、と土が動く音に、槍を残してその場を離れた。先ほどの再現のように、私がいたところを正確に狙って岩の槍が出現する。

あのオッドアイだ。さっきの陥没も、おそらく。

ばっと振り返ったが、オッドアイはいなかった。姿をくらませたらしい。


周りを睨みながら耳を澄ませる。

オッドアイの気配も、他のヴォーグの気配も感じられなかった。


警戒を解かず周りに目を配りながら、地面にへたりこんだままのレノに声を掛ける。


「レノ、大丈夫?」


「あ、ああ」


片手を貸して立ち上がらせる。


「早くオッドアイを追わないと、逃げ切られ———」


言いかけて、目を見開く。

一匹いない。死体が少ない。

最初に斜め後ろから襲いかかってきたやつだ。

血が付着した斧だけが残っている。


「どこに…………」


仕留め損なっていたのか。逃げられた?


「………あいつ、オッドアイが連れて行った」


「え?」


「あの最初に飛び掛かってきたやつ子供で、傷はひどかったけど死んではいなかったから。オッドアイが咥えて連れて行くのを見た」


あのオッドアイ、気配を悟られずにそこまでやったのか。

戦闘に気を取られていたとはいえ、気付けなかったことに歯噛みする。


「とりあえず、追ってみましょうか」


「ああ」


最初のところに落としていたピンを拾う。握って魔力を込めてみたが、さっき私たちが辿って来たところ以外には反応がない。


「あのオッドアイ、完全に魔力の跡を残さずに逃げてるわ」


どうやったのかさっぱり分からない。

どれだけ知能と経験が豊富なのか。


「なら、どうやって追うんだ?」


「大丈夫よ。そのヴォーグの子供は出血していたんでしょう?」


治癒魔法でも使えなければ、出血など簡単に止められるものではない。匂いも残る。


「ここまで来たら、シンプルに血痕を探せばいいわ」






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