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6 手合わせ

「わぁ、美味しそう。ありがとう、レノ」


目の前には消化に良さそうな、けれどほかほかとして美味しそうな朝ごはんが並んでいる。私はクッションを背もたれにして、ベッドの上に座っていた。

一晩して起きたらもうだいぶ熱は下がっていたのに、まだ微熱はあるからとレノがベッドからおりるのを許してくれなかったから。変なところで強情だ。


「いただきます」


手を合わせサイドテーブルからスプーンを手に取った。


「…………おいしい」


パン粥を一口食べて、思わず漏らす。

レノはずいぶん料理が上手くなった。ここに来た当初はおっかなびっくりのところもあったが、少しずつ一人で料理する機会を増やしていくと、どんどん成長していった。もともと手先が器用なようだ。

遊び半分で辞書と一緒にレシピ本を渡してみると、自分で解読してレパートリーを増やしたりしている。

最近は、夜ご飯はほぼ任せきりなくらいだ。


最後の一口を名残惜しく飲み込むと、レノが切り出した。


「昨日の話の続きを聞かせてくれ。尻尾を掴んだってどういうことだ?」


「んー……………昨日私が持ってたポシェット、持ってきてくれる?」


手榴弾を入れていた血まみれのものだ。レノが取ってきてくれたのを手に取る。ごそごそと中を漁って、閃光弾を取り出した。


「これは?」


「手榴弾、つまり爆弾だけど、いくつか特殊な効果があるの」


爆弾、のところでレノがびくりとして身を引いたが、これは殺傷力は低い。そのかわりの特殊効果だ。


「そのひとつが、マーキング」


「…………つまり?」


「昨日、これと同じものを例のオッドアイに投げた」


レノが目を見開く。

そう、つまり、これで行方を追えば巣の特定が可能だ。


「マーキングって、どうやって?」


「簡単に言えば魔力ね。発動するときに使う自分の魔力を標的に付着させるの。このピンが補助器具だから、これに従って自分の魔力の気配を追っていけばいい」


指にかけたピンをくるくる回してレノに見せる。昨日使った手榴弾のピンだ。よく見ると、輪っかの外側に細かく術式が刻まれている。

私は魔法があまり得意ではないので、補助なしで自分の魔力の気配を追うなんて、そんな細かい芸当ができない。お母さまなら出来ていたが。


「ただ、少しずつ魔力が薄れて行ってしまうから、悠長にはできないけど」


「それは何日くらい保てるんだ?」


多分、お母さまだったら三週間経っても辿れるだろう。

でも。


「……私だと十日が限度かな」


しかし、あのオッドアイのことだから、もう少し短く見積もっていた方がいい。

歯がゆい。もっと私に技量があれば選択肢が増えるのに。

ただ、十日でもまだ幸運だと言える。三日とかだったら、怪我から回復する前にタイムリミットだった。


「とにかく怪我が回復したらすぐ動かなくちゃ」


「いや待て、その怪我数日では治らないだろう」


「ああ」


そういえば、レノには言っていなかった。


「私、普通より怪我が治るのが早いのよ。お母さまがそういう魔法をかけてくれたから。寝込んでいる間、ここに文様が出てなかった?」


とんとんと左頬、目の下あたりを指さす。発動している間、つまり重度の怪我や病気の間だけ刺青のような文様が浮かぶのだ。今はある程度回復したから消えているはずだけど。

しかし、レノは目を見開いて固まったまま反応を返さない。


「おーい、大丈夫?」


「―――まさか、守護魔法か?」


「え、正解。でも何で分かったの?」


息を呑むレノに頷いて、聞き返す。

守護魔法はとても珍しい。王国の人は、守護魔法など知らない人がほとんどのはずだ。貴族でさえ知らない人も多いのだから、平民では皆無に等しい。


「…………前に、一度その言葉を聞いたことがあった。実際にはどんな効果があるんだ?」


「えっと、怪我をしたときに即死しにくくなる、怪我の治りが早くなる、あまり後遺症が残らなくなる、くらいだったと思う。でもどれもあまり強くはないものよ」


「そう、か」


少し安堵したように見えるレノに、首を傾げて問う前に、またレノが口を開いた。


「その守護魔法を使えるのは、フィリーネのお母さんだけか?」


「ええ、そうよ」


でも、とその先を言うか言わまいか少し迷って、口を開く。


「もう死んじゃったから、いないけどね」


「あ…………」


レノが目を瞠る。私はその反応を、俯いて布団を握りしめながら待つ。

やけに時間の進みが遅く感じられた。実際には、数秒だったのか、十数秒だったのか。


「……………そうか」


結局、レノは詰めていた息を抜くようにそういった。同時に、私もほっと息を吐き出す。

下手に同情されたり気を使われるより、こちらの方が気まずくなくていい。


「経験上、四日くらいで左腕以外は動くようになると思うわ」


自分の腕に視線を落とした。今は包帯にぐるぐる巻きにされ、三角巾につられている。それを見てレノが眉を寄せた。


「片腕動かなくて勝てるのか?」


「左も全く動かないわけじゃないし、多分」


今も痛みはあるが、身体強化の魔法を使えば多少は動かせるのだ。

普段ヴォーグとは精々一対一の遭遇戦のみで巣の襲撃はやったことがないが、あのオッドアイみたいなのが何頭もいなければ負けることはないだろう。

ということをかいつまんで話すと、レノはますます眉間のしわを深くした。


「二対一で負けたんだろ?多対一で本当に勝てるのか?」


「………あのときは、耳がきかなかったから」


言い訳とは分かっているが、目をそらしながらも反論する。

音が聞こえないと、途端に奇襲は防ぎにくくなる。

でも今回はこちらが奇襲を仕掛ける側だ。


「勝率は?」


もごもごと言い訳する私から、レノは目をそらさない。真っ直ぐに問われて、答えに詰まる。


「多分、五割かそれより少ないくらい、かな」


レノは無言のままだった。

沈黙が気まずすぎて、ひたすらうつむいたまま言い訳を紡ぐ。


「大丈夫、私、逃げるのは得意だから。前にもっと大怪我しながら戦ったこともあるし、負けたとしても死なないわよ、だから———」


ムギュ、と両頬を潰されて、思わず顔を上げる。

レノは真っ直ぐに目を合わせたまま言った。


「俺も行く」


「………え、だめ」


理解すると同時に即答で却下すると、今度は頬を引っ張られた。


「いだだだだっ、ちょ、前も言ったわよね、それ…………」


「俺が、フィリーネと同じくらい強ければいいんだろ?」


「う、あ…………」


「違うのか?」


それは、違わない。むしろ味方が増えるのは喜ばしいことだ。

でも。


「そんなこと、あるわけないもの」


「失礼だな」


「事実よ」


ずっと魔物相手に戦い続けている私とレノでは、どうあがいても実力に差がある。例えば私が怪我をしていたり、実はレノに実戦経験が豊富だったりしない限りは。


「でも、俺は()()フィリーネより強いって証明すればいいだけなんだろ?」


「………確かに」


怪我をしている今の私より強ければ、レノはこの襲撃で戦力になる。

でも、訓練で習うのと実戦で使うのは全く違う。仮に技量が私より上でも、命の取り合いで使い物になるかは分からない。むむむと眉を寄せると、レノが一つ提案を出した。


「なら、とりあえず手合わせさせてくれ。そこで勝ったら連れて行ってほしい」


「………まぁ、いいわ。ただし、連れて行くかどうかは勝敗ではなく私が決める」


それでいい、と頷いて、レノが食器を片付け始める。


「あ、それと」


トレイを持って背を向けかけたレノに声を掛ける。


「手合わせは明日ね。武器はあるから、何にするか決めておいて」


「いやいやいや待て待て待て、明日!? 本当にできるのか!? もっと後でもいいんじゃ…………」


「もしあなたを連れて行くとなったら、準備がいるからよ。目印があったとしても何日で巣を見つけられるか分からないから、早く動き始めたいし」


服や、必要なら武器も街に買い出しに行きたいし、時間的に見ると明日で済ませておきたい。


「ということで、明日までに武器選んでおいてね。ここにあるのは、剣、短剣、盾、槍、弓、斧、鞭…………」


まだ数個しか言っていないところで、レノからストップが入った。


「いや、そんなマイナーなものを言われても扱えないから。俺が使うのは剣だ。子供でも扱える少し小さめの剣があればそれでいい」


「ん、了解」


「ならもう休め。怪我が治るまではよく休まないとだめなんだろう?」


頷き返すと、レノは小さな声でおやすみ、と言ってくれた。

淡く微笑みながら返す。


「おやすみ」


◆◆◆


「———すごいな、これ」


「でしょう?」


翌日、思わずといったふうに感嘆をこぼしたレノに私は胸を張っていた。

場所は我が家の武器庫だ。カンテラをかざすと、周りにはずらりと多種多様な武器が並んでいる。実戦用のものもあるし、ちらほら訓練用に刃を潰していたり、木で作られたものもある。

家事を任せているのに何故レノが知らなかったかというと、ここが塔の中だからだ。家のそばに立つ、古く高い塔。


「しかし、この塔何のためのものなんだ?」


カンテラの光の届かない遥か上を見上げて、レノがこぼす。塔の内側にぴったりとくっついた螺旋状の階段は、終わりがどこにあるのかも見えない。


「ここは、昔の防衛拠点ね」


ちょっとついてきて、と言って階段を登り始める。普段滅多に掃除をしないため、積もるほこりは厚い。

百段以上もある階段を登りきると、木で蓋をされた穴が天井に開いている。んしょ、と右手だけで蓋をどけて屋上に出た。


「うわぁ…………」


初めに目に入ったのは、広く広がる青空、延々と続く森、それからここからでも見上げるような高さがある山脈。圧巻だ。

屋上は直径三メートルほどの円形で、子供の胸くらいまでの高さの壁の向こうに雄大な景色が広がっている。


「百年前まで、守り人は帝国の侵略から王国を守る役割を果たしていた。ここの塔は、敵がどう攻めてくるかを俯瞰するためのもの、ようは物見櫓(ものみやぐら)よ」


その分よく狙われ、ここも何度か建て直されていると聞いた。


「今は?」


「帝国相手の仕事は特にないわ。私の役目は専ら魔物の撃退ね」


ここもあまり使われなくなった。申し訳程度に一カ月おきに登ってみてはいるが、異常が見つかったことはない。今日もいつも通りだ。


「用は済んだから降りましょう。武器を選ばなきゃ」


木剣など引っ張り出すのはいつぶりか。まだお母さまに稽古をつけてもらっていた頃以来だから、二年ぶりか。


「んー、ここらへんに置いてたはずなんだけどな」


一階で十分ほど探し回った末、土と埃まみれの木剣を二本見つけた。あまりの汚さに塔を出て水洗いして、しっかり布で拭く。


「ちょうど丸く開けているところがあるから、あそこでやりましょう」


左腕の三角巾を取って、ぶらぶらと振りながら庭の真ん中に出る。ゆるくなら力は入るようだ。何だかいつもより回復が早い気がする。


「あ、そうだ、レノ」


「?」


首を傾げたレノに、今日はすべて下ろしている自分の髪を一房すくってみせる。


「髪、結ぶの手伝ってくれない?片手じゃ出来ないから………」


「いいけど」


ポケットから髪紐を取り出して、首の後ろにまわす。すると、私の手からするりとそれを抜き取ったレノが、慣れた手つきで紐を締めた。


「この辺でいいか?」


「あ、うん、手合わせに邪魔にならなければいいから」


そのままちょうちょ結びできゅっとくくられる。私は予想外にレノが器用なことに目を瞬かせていた。


「ありがとう。ずいぶん手慣れてるわね」


「ああ、妹のをよく結んでたからな」


「そっか」


それ以上は何も言わずに、剣を手に持つ。

お互い間合いの外に立った。


「ルールは一本勝負で、相手に一撃入れた方の勝ち。制限時間なし、魔法なし、大怪我するような攻撃なし。今日は立ち合いがいないから、投げたコインが落ちた瞬間に始め。いい?」


「ああ」


「では、構えて」


ポケットからコインを出す。レノが低く腰を落として注意深く見る中、ピィンと指でコインを弾いた。

回転しながら落ちていくコインの動きが、ゆっくりと遅くなっていくように見える。私も木剣を構える。



集中———



とん、とコインが地面に落ちる。

同時に踏み込んできたレノの右薙(みぎなぎ)にこちらの剣を合わせる。ガァンッ、と音が響いた。

なかなか思い切りよく踏み込んできた。剣にも手加減はなく、躊躇なく振った事が分かる。

レノは素早く剣を返して、今度は逆側へ、それも防げば次は上。細かく立ち位置を調整しながら無駄なく打ち込んでくる。

基礎的なことは及第点だ。

ただ。


「ふっ——」


両手で剣を握り、初めてこちらから踏み込む。剣の間合いよりさらに内側へ、レノが硬直している間に腕を掴んで投げ飛ばす。


「っ!?」


右手に剣を持ち直し、立て続けに剣を叩き込んだが、レノは素早い動きでそれを避けた。地に手をついて体勢を立て直し、下から切り上げるように反撃する。私は少し体を引いていなした。


あれを避けるとは。


そのまま繰り出される連撃を、全て受け流して凌ぐ。綺麗な剣筋だ。だが、読みやすい。


お母さまの剣はもっと読みにくかった。もっと速かった。

それを求めるのは酷だと分かっているが。


右手だけで受け続けたせいで、手が痛い。少しずつ握力が弱くなってきている。身体強化なしではレノの方が力は上だ。そろそろ終わらせなければならない。

適当に腹に一発入れて———


「はっ——!」


短く息を吐いたのはレノだ。

直後、全力で三連撃が撃ち込まれる。今までより、動きが速い。少しの違いだが、いなしが僅かに間に合わず剣が跳ね上げられた。

四撃目、右手に握っていた剣が弾き飛ばされる。ゆっくりと動く視界の中で、レノが剣を握り直すのが見えた。判断は一瞬。


体を回転させ、腰を捻って、レノの手を狙った後ろ回し蹴り。私と同じようにレノの剣が上に弾き飛ばされる。

レノが剣を目で追っている間に、動きを止めずにもう一回転、今度は姿勢を低くして足払いをかけた。

体勢を崩して派手に転んだレノの首に、とん、と手刀を当てる。


「……………」


「私の勝ちね」


レノの胸を押さえつけていた膝をどけて立ち上がる。


「……………くっそ。剣を奪った時点で勝ったと思ったのに」


「あら、実戦ではたとえ剣をなくしても戦いは続くもの」


「反論のしようもない…………くそ」


余程悔しかったのか、地面に転がったまま空を仰ぐレノに手を差し伸べる。


「ほら、立って。試験は合格なんだから落ち込むことないわよ」


「……………え?」


きょとんとするレノにもう一度繰り返す。


「試験は合格。ヴォーグ捜索への同行を許可するわ。嬉しくないの?」


「いや、うれしいけど、なんで………?」


自信なさげにレノが聞き返す。

なんでと言われても、理由はレノが強かったからだ。

最後の詰めは甘かったが、それ以外は予想以上だった。そもそも木剣を奪われるつもりなんてなかったのに、手加減していなかったのに破られた。普通の立ち合いならあの時点で負けだ。

それでも負けたから同行不可と叩き落すこともできたが。


「……………私の子供っぽい意地よ」


想定外にやられたからと癇癪を起して却下したと思われるのは絶対に嫌だったから。もしレノにそう思われなくても、私がそう思った時点で私はレノに負けたのだ。


「……………何?」


何だかさらにぽかんとしているレノがぽつりとこぼした。


「いや、フィリーネもちゃんと十歳なんだなって……………」


「ますます分からないわ」


眉を寄せると、レノが上体を起こして言葉を探し始める。


「ええと………、フィリーネは大体俺よりも年上みたいな発言するから、年相応なの珍しいなって」


「なっ!?」


その言葉にむっつりとすねていることを指摘されたようで、羞恥がこみあげる。


「っ、それより!私はいつまでこの体勢でいればいいの?」


「ああ、ごめん」


ずっと差し伸べられていた手をようやく取ったレノが立ち上がった。


「よし、なら準備を始めなきゃね。まずは、本物の武器を………あ」


「? どうしたんだ?」


先程からなんとなく痛みを感じていた肩に目を留めて、思わず声を上げる。服に鮮やかな赤色が小さく染みを作っていた。


「ううん。何でもないよ、大丈――」


「見せて」


「う……」


咄嗟に隠そうとしたのだが、その仕草で逆にレノに悟られてしまった。真っ直ぐにこちらを見る目に、渋々服をめくって血の滲んだ包帯をみせる。


「だから言ったのに、まだ早いって」


「大丈夫よ、傷が開いたくらい。血もすぐ止まるわ」


「駄目だ」


すぐに飛んできた否定の言葉に、目を瞬かせる。

私の方が怪我に詳しいはずなのに。


「今日はもうフィリーネはベッドで安静にしてろ。絶対だ」


「え、大丈夫よ、そんなにしなくても」


「フィリーネの大丈夫は当てにならない」


「ええ……」


私が大丈夫だと言ってるのなら大丈夫なのに。

そう言いたげなのを私の顔から察したのか、レノが私の右手を取って言う。


「無茶されるとこっちがはらはらするんだ」


「別に無茶じゃないのに」


「なら言い方を変える」


私の手を引いて家に戻りながら、


「俺に引け目を感じさせたくないなら、ベッドでゆっくりしてろ」


そう言われると何も言えない。されるがままにレノについていく。


私は別に大丈夫なんだけどなぁ。

こんな仕事だから怪我はしょっちゅうだし、痛みにもにも慣れている。一人で暮らしていると、料理とか自分のことは自分でしないといけないから、熱が出ていたりしても多少は無理して動く。忍耐はきく方だ。

だから、こんな風に扱われると、まるでお母さまがいた頃みたいで。


「あ、明日はちゃんと街に行くからね」


「分かってる。そのためにも今日はゆっくりしてろ」


自分でもよく分からない対抗心から言ったが、きれいにあしらわれてむっとする。頬を膨らませると笑われた。

解せぬ。








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