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11 妹

ようやく話がついたので、元の目的である妹の形見と遺体の捜索に戻る。


「ねぇ、それってどんなもの?」


「これくらいのペンダントだ。真ん中に青い魔石がついてる」


1センチ程の大きさを指で表しながらキョロキョロと辺りを見回す。巣の中は所々に落ち葉が積もっているが、それ以外はのっぺりした土の壁で、特に何もない。手分けしてざっと探すだけならすぐに終わったが、ペンダントは見つからなかった。

見落としそうな落ち葉の下をもう一度探すが、やはり無い。

ざわりと胸が騒ぐ。


ここまで来たのに、無い?

フィリーネに怪我させてヴォーグたちを殺して、ここまでしたのに、見つからない?


胸に湧き上がってくるこの感じは、嫌な予感と言える類のもの。何とかそれを振り払いたくて、意味もなく落ち葉をかき分ける。

どうか、見つかってくれ。どこか、どこかに無いのか。


「……レノ、外に出ましょう」


「…え?」


とんとん、と肩をつついて言われた言葉。俺が目を白黒させている間に、フィリーネはさっさと立ち上がる。


「え、ちょっと待て、何で?」


「ここには多分無いからよ」


「??」


何が? ペンダントか?

何でここに無いと言える?

どういうことだ?

混乱しながらもとにかくフィリーネの後を追う。


「巣穴の中、動物の骨や食べ残しが無かった。多分獲物はここに持ち込まれていない」


肉が腐ると不潔だしね、とフィリーネが付け足す。

恐らく親がここで吐き戻して子供に餌を与えていたのだろう。親が獲物を食べていた場所は恐らく別のところだ。


「じゃあどこに…………」


「分からない。とにかく近くを探してみるしかないわ」


巣を出ると日はすっかり落ちていて、残り火のオレンジが少し空を染めていた。暗い地面をカンテラの灯りを頼りに探す。


「動物の骨とかがあると場所が分かりやすいのだけど………」


「毎回同じ場所で食べてるとは限らないんじゃないか?」


「確かにその可能性はあるわね………」


広範囲を探すならばらけた方が効率がいい。くれぐれも離れすぎないように、と注意を受けながら二人で散らばって探すことになった。


さて、フィリーネがちょっと離れたなら試したいことがある。


まずは、魔力感知。

先程オッドアイを感知した時と同様、全身の魔孔を開いて、空気中の魔力の流れから魔石を探す。


しかし、この森は魔物が多いからか魔力がごちゃごちゃしていて探しにくい。特に魔石から漏れ出る魔力は微々たるものなのだ。これで探すのは無理がある。

なら、次は―――


「レノ、どう?」


「うわっ!?」


「っ?」


音もなく近づいて来たらしいフィリーネに、驚いて思わず声を上げる。フィリーネは驚いた俺に驚いて肩をビクリと跳ねさせた。


「ど、どうしたの?」


「いや、何でもない、ごめん」


びっくりした、超びっくりした。心臓に悪い。

魔力を使ったこと、バレてないよな……?

いや、まだ感知だけだから大丈夫なはず、大丈夫。

忙しく音を立てる心臓を押さえて、平静を装う。


「フィリーネの方は?」


「まだ全然。でももうそろそろ真っ暗になるし、さっきより近くで探しましょう。魔物に襲われると危ないから」


「分かった」


それだけ伝えてまた離れていったフィリーネを見送って、はぁ、と安堵の息をつく。

ほんとに寿命が縮むかと思った。

再びしゃがみ込んで草をかき分けるふりをする。がさがさと音を立てて探しているふうにしながら考える。


しかし、どうしよう。身の安全を取って大人しくしておくか?

もし魔力があると気付かれたら、間違いなく面倒事になる。

それだけで、フィリーネは気付くかもしれないから。


でも、それだとペンダントは見つからない。

こんな森の中で小さなペンダントを見つけるなんてほぼ無理だ。

フィリーネは手伝ってくれているが、多分それを分かっている。分かっていても、時間を割いてくれている。

ペンダントが見つかるか、俺が気持ちに折り合いをつけられるまで。



折り合いをつけられるのか、俺は?



あれは、母上が唯一俺たちに残してくれたものだ。他のものは全て、あの時の混乱で置いてきてしまった。父上も、母上も、ディーン兄上も、家も、俺とシェナの生まれ育った場所も。

全部全部大切な、俺たちの宝物だった。

大好きだった。

失うなんて考えたことも無かった。


そんな思い込みに気付いたのは、全部が叩き潰されたあとで。何も出来ずにいる間に、俺たちだけは逃された。

何も分からない隣国に妹と二人だけで放り出されて、助けてくれる人は誰もいなくて、それでも何とか心が折れずにすんだのは、自暴自棄にならなかったのは、シェナがいたから。あのペンダントがあったから。


考えてみれば呆気ないほど簡単に答えが出た。

無理だ。俺には折り合いをつけられない。


つけられないからあの時森に入ったし、つけられないからフィリーネを巻き込んだ。


なら、決まりだ。やるしかない。


ふー、と息を吐いて目を閉じる。

全身の魔孔を開いて、周りの空間に薄く薄く魔力を広げていく。慎重に、フィリーネに出来るだけ気づかれないように。少しだけ空気に魔力を溶かすように。


魔力探知。

周りの魔力を解析する感知とは違い、自ら魔力を放出してものを探す。今回はフィリーネに気付かれないようにしなければならない。集中して、限界まで魔力の密度を下げて放出し続ける。


半径五メートルほどに広がったところで、一旦止めて土や木が含む魔力を吟味する。染み付いていたのは知らない魔力が多いが、ヴォーグのものも混ざっている。そして、もう一つ。


シェナの魔力がかすかに残っていた。

ところどころに、点々と。


恐らく血に含まれていた魔力だ。ということは、少なくともヴォーグはこの辺りまでシェナの遺体を運んできていることが確定した。

あとは、ここまでヴォーグを追ってきたのと同じ要領で魔力の跡を追っていく。


さらに範囲を広げると、他にも魔力の跡がある。特に、数メートル先に集中して。


フィリーネの目を気にしながらこそこそと移動する。あちらからは普通に地面を探してるように見えるはず。魔力探知の魔力も多分バレていない。ちらりと見ると、少し遠くで地面を探してくれていた。申し訳なく思いながら、自分の作業に戻る。


目視では目を凝らしても分からないが、魔力探知の反応は近づくほどに強くなった。痕跡が多いところを集中的に探す。草をかき分けてみたり、石を退かしてみたり色々したが、それらしきものはない。

ここではないのか?

でも、この近くにはここまで痕跡が集まってる場所はなかった。


「あとここ、なんか変なにおいするんだよな」


良い匂いではないけど、なんかいろいろ混ざった感じがする。今まで嗅いだことない匂いで、上手く表現できない。

強いて言うなら———



何かが腐ったような、そんな匂い。




「………あ!」


もしかして。

良い予感か悪い予感かどちらか分からないけど、その直感に従って魔力探知を下に向ける。

小さな砂粒や石の間にしみこませるように、地中へ。


空気中とは違い魔力を広げるのに時間がかかるが、その感覚は比較的早くやってきた。


今までと比べてとても大きいシェナの魔力の気配と、そのすぐ近くにペンダントの魔石から滲み出す母上の魔力。




みつけた




思いのほか柔らかい土に爪を立てる。ヴォーグが埋めてそのままらしく、素手でもあまり苦労せずに掘れた。魔力で探知したその場所へ近づくたび、匂いが少しずつひどくなる。

そして。


「あ………」


先に目についたのは、薄暗い中で鈍く輝く青色。

覚悟していたものではなくて、少しだけほっとする。土の中に半分埋もれたペンダントを、震える指先で拾い上げた。


「………っ」


青い魔石がついたそのペンダントは、鎖が千切れてトップだけになっていて、簡素な装飾のところどころに血や土がこびりついていた。

微かに喉が鳴る。鼻の奥が熱い。

あの時、ヴォーグに襲われたときの妹の顔がフラッシュバックして、思わずぎゅっとペンダントを握りしめた。


「レノ?」


「………っ!?」


突然かけられた声への驚きで、出かけた涙が一瞬引っ込んだ。


「フィリーネ………」


「見つかったの?」


「あ、ああ」


歯切れの悪い俺の言葉に少し目を細めたフィリーネは、穴に目を向けて、それから匂いのことに気づいた。慮るような目を俺に向けて、


「……もう少し掘ってもいい?」


「………」


ペンダントをぎゅっと握りしめてこくりと頷く。

フィリーネが、慎重な手つきで土を少しよけた。それでは足りず、もう一度。


「……………」


少しだけ、見えた。血に濡れた布の切れ端と、それから。

見ていられずに、下を向いて目を瞑る。そのまま顔を上げることができない。

動けないでいる俺に、フィリーネが少し迷って、土に汚れていないほうの手を差し出した。


「一旦、家に戻りましょう。何か入れるものを持ってこなきゃ。ね?」


「……………」


「レノ」


フィリーネが、胸元に握りしめた手に触れる。


「………大丈夫?」


「…………」


辛うじて頷く。大丈夫か聞かれたら大丈夫と返すのは、いつもの条件反射。

フィリーネはへにゃりと眉を下げて、数秒逡巡してから、俺とそれの間を遮るように立ちあがった。


「立てる?」


差し出された手にされるがままに立ち上がり、家の方へ歩き出す。


「……………ぁの、フィリーネ、」


「大丈夫。あとで妹さんとヴォーグたちは連れて帰るから」


「……………うん」


フィリーネが、繋いでいる手に入る力を強くした。

何となく口にする。


「………シャノンっていうんだ」


「え?」


「妹の、名前………」


「………そっか。鈴みたいで、きれいな名前ね」


シャラシャラと軽やかに鳴る、鈴のような名前。

何不自由なく貴族として育てられたのに、いざというときには強くて、辛くても前を向いて俺を支えてくれた、笑顔を忘れなかった妹にぴったりだ。


「………はは、そうだな」


ぼろぼろと涙がこぼれる。嗚咽をこらえようとして、でもできなくて、フィリーネはしっかりと手をつないだまま、見ないふりをしてくれた。



会いたいよ。



そう口に出しかけて、やめた。

もっともっと辛くなる気がしたから。

代わりに、何度も心の中で名前を呼んだ。


フィリーネは、ずっとただ手を握っていてくれた。









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