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9 生命

レノ視点です

茂みに隠れ、薄闇の中で木々の奥を睨む。

二十メートルほど先の地面、僅かな血痕を辿って来た先には、ぽっかりと空いた穴があった。

おそらくヴォーグの巣穴だ。


「でも、なんで入り口をふさいでいないのかしら」


フィリーネが小さな声でつぶやく。

確かに、あの魔法を使えば簡単なはずだ。


籠ってもどうにもならないと思っているのか、あの巣穴はダミーなのか、それとも誘っているのか。


「どうするんだ?」


「とりあえず、手榴弾を投げてみるわ。敵の出方を見る」


そのまま食らってくれればそれで良し、もし防ごうとしたり何らかの動きがあれば隠れている場所を炙り出せる、と言いながらフィリーネがポシェットの中から手榴弾を取り出す。

楕円体で、俺の手のひらにもおさまりそうな小さいものだ。


「木の陰に隠れて耳を塞いで」


背中を木に預けると、フィリーネはすぐに振りかぶって手榴弾を投げる。

密集した木々の中で、正確に隙間をすり抜けたそれは、ちょうど巣穴の上で爆発した。


日が沈みかけた森の中を一瞬光が照らし、一泊置いて爆音が響く。咄嗟に出た驚愕の声はかき消された。

爆風と煙が充満し、手榴弾の破片が高速で飛んで来る。手で耳を塞ぎ、反射的に頭を庇う。

そのときだ。


「!」


何かが感覚に引っかかった。

魔力だ。

見せてもらった手榴弾のピン、それに登録されていた魔力と同じもの。


でも、フィリーネではない。

フィリーネは反対側にいる。


なら、これは。

感知圏内に入ってから瞬きの間で接近してきているこれは。


がむしゃらに腰から剣を抜いて、その方向に振り上げる。

技なんてない。

とにかく、早く防いで――――――


がっ、と鈍い音がして剣が妨げられる。

当たった、と思った瞬間に、太い前脚で押し倒された。背中から勢いよく倒れ込み、息が詰まる。胸の中央に爪が食い込む。その毛むくじゃらの脚を掴んだものの、力が逆に強くなった。


「う、あ…………」


ますます息が吸えなくなり、うめき声が漏れる。

ヴォーグがその黄と青のオッドアイを眇める。さらに力が強くなり、胸骨がみしりときしむ。

何も反撃出来ない。


ああ。

同じだ。

妹を殺されたあの時と。

今度は、俺も殺されるかもしれない。


怖い。

死にたくない。


情けない。

こうなることも覚悟して、あの日森に入ったはずなのに。

死んでもいいって、そしたら妹のところに、シェナのところに行けると思ったのに。


足手まといにはなるまいと、そう決めていたのに助けを求めてしまう。


「フィ、リーネ」


ほとんど掠れた声で名前を呼ぶ。

突然、胸の圧迫感が消えた。

剣を振り切ったフィリーネの後ろ姿が見える。

その向こう側、攻撃が当たる前に飛び退いたらしいヴォーグが着地した。


「ぁ………」


「レノ、ちょっと待っていてね」


振り向かないまま静かにそう言って、フィリーネが腰を落とす。一呼吸置いて、小さな背中が飛び出していった。


瞬く間にヴォーグに接近したフィリーネが、腕を振るう。振り切ったあとに初めて分かった。振られたのは斧だ。その次は、剣。次は槍。

先ほどと同じように、手品のように次々と武器を持ち替えながら攻撃するフィリーネに対して、ヴォーグは素早い身のこなしで避けながら、魔法を放っていく。地面が変形し、岩の槍が何本も突き立つ。

幾重にも重なったそれを全て避けきったフィリーネは、次に来た牙を短剣で受け止め、ヴォーグの横っ面を蹴り飛ばした。

反撃の岩槍を、軽く後ろに飛んでかわす。


俺では目で追うのが精一杯だ。

あの手合わせで、フィリーネはかなり手加減をしてくれていたのだと痛感する。

やっぱり、俺は足手まといだ。


フィリーネは強い。


でも、一度あいつに負けている。

今だって表には出さないけれど、左肩の怪我はまだ治ったわけじゃない。

どれだけ俺との実力の差が大きくても、忘れてはいけない。

フィリーネは、俺の願いを叶えるために戦っている。


もしまたフィリーネが傷つきそうになったときは。

今度は、待っているだけで終わるものか。


それに、何か違和感がある。

オッドアイの動きだ。

何故爆弾を投げたあとに襲ってきた?

オッドアイの目的は巣を守ることなのに。


剣を手にとって、攻防の間に大分離れてしまったフィリーネのところに走りながら考える。


俺たちの場所が分からなかったから?

でも、あんなに近くにいたのだから、それはありえない。

爆発の光と音に紛れたかったから?

可能性はあるかもしれないが、それで目的を達成できなければ本末転倒だ。


それと、もう一つ違和感がある。

今フィリーネとオッドアイが戦っているのは、巣があったあたりだ。

でも、そこに巣穴は見当たらない。

爆発で埋まったとも考えられるが、あのオッドアイは狡猾だ。


考えられる可能性は二つ。

一つは、あの巣がダミーだった場合。この場合、オッドアイは巣に注意を払う必要はない。よって崩れている可能性はある。

もう一つは、あの巣は本物で、オッドアイが爆発の直前に地魔法で守った場合。


ダミーだったなら何も問題はない。

でも、もし本物だったら。

中に健在のヴォーグが居て、不意打ちを狙っていたら。

挟み打ちにされたら、フィリーネが危ないかもしれない。


ただ、塞いだ穴をもとに戻すときには地魔法を使わなければならない。フィリーネは今まで、地魔法を全て避けている。かなり魔力探知の能力が高いのだろう。

なら、今回も察知して避けられるはず。


俺はあまり出番無さそうだ、と結論づけたところで、フィリーネがまた攻撃に出た。地魔法を交わしきって短剣を持ち替え、剣を振りかぶる。ヴォーグが飛び退きながら、何事か魔法を使ったのが分かった。

でも、何だか今までと魔力の流れが違う。


どこからか魔力を抜き取っていくような。


「あ………」


そうか。巣穴を塞ぐ土壁を支える魔力さえ抜き取れば、あとは勝手に崩れる。

オッドアイは、フィリーネをそこに誘導するように逃げていく。

でもフィリーネなら魔力の流れに気づくはず………って、あれ?

フィリーネは、ちょうど脆くなっていたそこを見事に踏み抜いた。


「!?」


「………ん!?」


フィリーネが穴に足を取られて体勢を崩す。

驚愕の声を上げたこちらに対し、オッドアイは一声短く吠えた。

立ち上がろうとするフィリーネの足に、巣穴から顔を出したもう一匹のヴォーグが噛み付いて引き倒す。


「っ!」


「フィリーネ!」


え、何で罠にかかってんの、まさか気付かなかったのか、何で。

混乱する頭の中でも、はっきり分かっていることがひとつ。


まずい。


オッドアイはもうフィリーネの目の前に迫っている。フィリーネは膝をついてまだ立ち上がれていない。その足が、オッドアイの地魔法で固定されるのが見えた。


まずいまずいまずい、どうする、どうすればいい、俺は―――


「う、ああああ!」


思考がまとまる前に、体が動いた。叫んだのは、多分躊躇いと震えを振り払うためだ。こちらを捉えていないオッドアイの目を狙って、突きを放つ。

今まで稽古で何百回もやってきた技。

しかし、強く握りしめすぎた剣の先がずれて、突きはオッドアイの頬に食い込んだ。

しまった、とは思ったものの頭は新しい命令を出す余裕がなく、そのまま力を込める。先ほどとは違い、ずぷりと刃が通った。

しかし、仕留めきれていない。ここからどうすればいい。

俺が焦りを浮かべたのと同時に、フィリーネが静かに剣を後ろに引いた。


無駄なく、真っ直ぐ、オッドアイの首筋をめがけて剣閃が走る。


一拍置いて、首の半分を絶たれたオッドアイの血が地面を染めた。


「ぁ………」


どしゃりと、力の抜けた身体が落ちる。それに引っ張られて、俺も地面に座り込んだ。


「はあっ、はぁ」


今まで息を止めていたみたいに、呼吸が乱れる。

俺は今、生き物を殺すのに加担した。

紛れもなく今、俺の肩に一つ背負うべき生命(いのち)がのせられた。

ずんと息が苦しくなる。

相手は妹の仇だ。

でも、初めて何かを殺した震えは収まらなくて。

それでいて、殺せたことへの安堵もあって。

殺せたと分かっていても、また襲われるんじゃないかという不安で、オッドアイから目が離せない。


「大丈夫、もう死んでいるから」


足に組み付いていたヴォーグに止めを刺したフィリーネが立ち上がる。発動者が死んだ地魔法は、ボロボロと崩れ去っていた。


「レノ、大丈夫?」


のろのろと顔を上げる。身体からは妙に力が抜けているのに、剣を握る手だけは縫い付けられたように動かなかった。


「胸の傷、骨は折れてない?」


「………たぶん、大丈夫だ。あんまり、血も出ていない」


まだあまり回らない頭でたどたどしく答える。


「フィリーネ、その足は……」


「これは問題ないわ」


血がにじむ足で地面を踏みしめながら近づいてきたフィリーネが、側にしゃがむ。


「大丈夫。もう大丈夫だから」


剣を握りしめすぎていた手を、上からぎゅっと包むように握られる。小さな温かい手が、冷え切った指先に少しずつ感覚を取り戻させてくれる。


「助けてくれてありがとう、レノ」


「………!」


その言葉に、なぜだか無性に泣きたくなる。とん、とん、と背中を撫でてくれる手に、少し心が落ち着く。先ほどまで、尋常でなく緊張していたらしい。促されるままに深呼吸を繰り返す。

やっと力が抜けた手から、するりとフィリーネが剣を抜き取る。布で血を拭ってから鞘に戻してくれた。


「今回はちょっと危なかったわ」


何でもないことのように笑いながら、フィリーネが言う。


「この子もかわいそう。あれだけ工夫して、抗って、巣を守ろうとしたのに。あともう少しで私を殺せたかもしれないのにね」


「フィリーネ………?」


死んだオッドアイを見下ろすフィリーネの瞳に浮かぶ色に、思わず名前を呼ぶ。

オッドアイの願望が叶わなかったのを本当に残念に思うような声だ。

しかし、フィリーネはすぐにその色を隠して声を上げる。


「もう大分暗くなってきたわね。早く探しましょう」


「あ、ああ」



ここまで読んでくださった方へ

私の作品を読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけていますか?

もしよかったら、感想もどんどん受け付けています。ここがよかった、この展開はちょっと不自然だった、その他誤字脱字や、ほんのちょっとのことでもいいので、送ってくださると励みになります。

まだまだ駆け出しの身ですので、もしお時間がありましたらお願いいたします!

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