プロローグ
三日坊主な作者はどれだけ続けられるでしょうかチャレンジ
「―――そして、竜をたおした騎士はお姫様を救い出し、ふたりは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……」
「もう一回!もう一回読んで!」
ぱたん、と最後のページを閉じると、何度も読んだ話に無邪気にはしゃぐ娘に唇がほころぶ。ベッドの上で両手をぱたぱたしながら次をせがんでいるが、これはどこにでもあるような英雄譚だ。
「どうして、フィリーネはそんなにこの絵本が好きなの?」
「んーとね、きしさまが、お姫さまをすくいだすところ!」
娘が言ったのは当然物語のクライマックスだ。女の子は、騎士に守られるということに憧れるものだから、とそう思った。
「ふふ、そう。フィリーネはお姫さまになりたいの?」
「んー……………」
「?」
少し首を傾げて考えた後首を横に振る娘に、こちらも首を傾げる。
「そうじゃなくてね、フィリーネがなりたいのは、この竜をたおしたきしさま!」
「どうして?」
「そしたら、大好きなひとをまもれるもの! きしさまみたいな力があれば、竜にもかてるでしょう?」
予想外の言葉に目を瞬かせるが、娘は目を輝かせて力説している。
「えーと、だから、フィリーネがお母様のことまもってあげる!」
「ふふっ」
思わず漏れた笑いに、娘は目をぱちぱちさせている。別に馬鹿にしているわけではないのだけれど。
ただ、その小さな体で守ってくれようとしているのが微笑ましくて、そしてそれ以上に嬉しかった。
しかし、娘は笑われてしまったことが気に食わないらしい。横髪を耳にかけてやりながら、むくれてしまった頬をつついて、なだめるように言う。
「お母さまなら大丈夫よ。ほら、フィリーネより強いもの」
「それなら、すぐに強くなってみせるわ! すぐよ!」
ムキになって拳を握り、やる気満々の娘にまた笑いが漏れそうになる。この勇ましいところは私譲りだろうか。自然と上がりそうになる口角に力を込めながら、娘を抱き寄せる。子供らしく、細く柔らかい髪を手櫛で梳く。私とは違う、真っ直ぐストレートな髪の色は、淡いベージュのような枯れ色。
「なら、それまでは何があろうと絶対に、お母さまがフィリーネのこと守るから」
せめてもの罪滅ぼしに。
その言葉は胸に秘めて、耳元で囁くように言うと、また娘が頬を膨らませる。しかし、
「だから、守りたいもののために頑張りなさい」
「!」
ふしゅっと頬から空気を抜いた娘が勢いよく頷く。
「わかった、お母さまのために頑張るわ!」
「ええ、ありがとう。それに……」
ゆっくりと、きちんとフィリーネに分かってもらえるように言い聞かせる。
「これから先、フィリーネにはきっと守りたいものも、なくしたくないものも増えていくわ。お母さまだけじゃなくね」
「……?」
「だから、それらも守れるようになりなさい」
娘にはイマイチぴんと来ていなさそうだ。まだ今は、分からなくてもいいかもしれない。でも、いつかはフィリーネも自分と母だけの世界から出る。
「きっと、その時が来れば分かるわ」
「……… よく、わからない」
「ふふ、まあ大好きな人が増えるってことね」
「…………それは、きっととても幸せなことね」
「えぇ、そうよ」
少し自信なさげに口にする娘に肯定を返すと、娘は嬉しさをいっぱいに詰め込んだように、柔らかく笑った。それを見て、この子もこんな顔が出来るようになったのだな、と頬が緩む。
「そういえば、フィリーネは誰かに守ってほしい、とは考えなかったの?」
「えっと……その、わたしは、ただめそめそ泣いて助けてもらうのを待つお姫さまをするより、自分の力で誰かを助けられるゆうしゃさまのほうが、しょう、しょうが……」
「性に合う?」
「それ! 性に合ってると思うから!」
なかなか辛辣なお姫さまへの評価に、今度こそ遠慮なく笑ってしまった。本当に、この子は。
(勝気で、前向きで、優しくて)
胸を張って、この子が自分の子であると誇れる。
「あ! お母さま、さっきの、もう一回!」
「ああ、はいはい。…………昔むかし、あるところに、森の中に一人で住むお姫さまがいました――」