『疑念という名の毒』
取り調べ室の壁は、どこまでも無機質だった。
灰色のコンクリート、蛍光灯の白すぎる光。
三浦浩一は、その中心に座っていた。
目の前には湯呑が置かれていたが、手を伸ばす気にもならなかった。
「彼女は……俺に、復讐したっていうのか?」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
——思い返せば、あの日。
篠原美智子を追い詰めたのは、自分だったのかもしれない。
過去の報告書。数字のわずかなミス。
そのたびに、彼女を呼び出し、周囲の前で詰めた。
「チームの足を引っ張るなよ」と言ったとき、自分は冗談のつもりだった。
でも——
「本当に……あれで、彼女の人生を壊したのか?」
声が震える。
あの頃は、パワハラなんてどこにでもあった。
誰も本気で怒らなかったし、笑い話のように流されていた。
彼女だって、いつも「気にしてません」と笑っていたじゃないか。
——あの笑顔は、嘘だったのか?
「俺は……殺してない。けど……」
思考が、途中で引っかかる。
自分の手にあった薬瓶。
彼女の差し出した茶碗。
鼻先に残る、濁った薬草茶の匂い。
全てが、絡みついて離れない。
——自分の罪は、“毒”を混入したことではない。
その“種”を、十年以上前に、彼女の心に植えてしまったことかもしれない。
「……あれが、最後の報復だったってわけか」
誰にともなく、つぶやく。
無実を証明できたとしても、
自分の中にこびりついた罪悪感は、きっと拭えない。
そして何より恐ろしいのは——
彼女が自ら命を絶った理由を、心のどこかで、理解してしまっている“自分”の存在だった。