表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/37

第8話 父・レオポルト・バンダーム視点

父・レオポルト・バンダーム視点

(エリーゼと王家への想い)


書斎で、私は深いため息をついた。

今日という一日は、あまりにも目まぐるしかった。王都学園の卒業式――本来であれば、祝福に満ちた穏やかな一日となるはずだった。だが現実は違った。些細な恋愛沙汰から広がったスキャンダル、学生たちの動揺、大人たちの思惑の交錯。

我が娘エリーゼも、その渦中に巻き込まれた。


いや、巻き込まれたというより――

彼女は見事に、それを乗り越えたのだ。堂々と、誇り高く。


私は改めて、娘の成長を思う。

エリーゼは私に似て、感情をあまり顔に出さない。しかし、心の中ではきっといろいろな葛藤があっただろう。恋人と思っていた者に裏切られ、信じていた絆を踏みにじられ、それでもなお笑顔を浮かべていた。

強い娘だ。いや、強くあろうとしたのだろう。


――そんな彼女に、次なる試練が訪れた。


ウイリアム殿下からの結婚申し込み。

それも、ただの縁談ではない。バンダーム家を公爵家に引き上げるという、国家的な恩賞付きの政略結婚だ。


私は、書斎でエリーゼを待ちながら考えていた。

もし、彼女が「嫌だ」と言ったなら。

もし、彼女が「愛のない結婚は嫌だ」と涙ながらに訴えたなら――私は、どうしただろうか?


……わからない。

親として、貴族として、どちらを取るべきか。今も、答えは出ない。


扉がノックされ、エリーゼが顔を出した。

彼女は明るい顔をしていたが、内心の緊張は手に取るようにわかった。私は努めて柔らかい声で、彼女に告げた。


「ウイリアム王子から、結婚の申し込みが来ている」


その瞬間のエリーゼの顔――。

驚き、戸惑い、諦め、そして一瞬の覚悟。

すべてを悟った私は、苦笑を隠せなかった。彼女は、やはり賢い。状況を理解する速度が尋常ではない。


「断れますか?」


勇気を振り絞った問いだった。

だが私は、無情にも首を振った。陛下直々のお達し。貴族として、逆らうことはできない。


それでもエリーゼは、すぐに顔を上げた。

そして、すべてを飲み込んだ。


「いいでしょう。やってやりますよ。どうせなら、とびっきり華麗に!」


その言葉に、私は胸が熱くなった。

ああ、この娘は、私が想像していた以上に強い。柔らかく、そしてしなやかに。どんな嵐にも、折れることなく立ち向かう。


エリーゼ。

私の誇り、私の宝。


どれほど自慢の娘か――言葉では言い表せない。


**


一方で、ウイリアム殿下については、私は慎重な評価をしている。

あの若者は、間違いなく王族にふさわしい気品と才覚を持つ。

しかし、今日の卒業式での振る舞い――あれには少々、腑に落ちない部分があった。


浮気された被害者として、最初は同情を買う態度を取っていた。

だが、事態が落ち着くと、すぐに笑みを浮かべ始めた。あれは、演技だったのか?

それとも、打たれ強さの表れか?

どちらにしても、ただの「善良な王子様」ではない。


私は理解した。

ウイリアム殿下は、したたかだ。冷静で、計算高い。

感情で動くタイプではない。あくまで、国家と自らの利益を第一に考える男だ。


……まあ、それも悪くはない。

むしろ、そんな男だからこそ、国を背負う器になれるのだろう。

ただ――娘には、優しくしてほしい。

打算だけでは、エリーゼのような女性は、決して心を開かない。


ウイリアム殿下よ。

どうか、我が娘を大切にしてくれ。

彼女は強いが、同時に、誰よりも傷つきやすいのだから。


**


政略的に見れば、これ以上ない好機だ。

バンダーム家は一代で公爵家に列せられ、領地も財力も増す。

先祖代々、誇り高くあれと教えられてきた私たちの家にとって、これほどの栄光はない。

私は父として、家長として、この流れを受け入れるしかない。


だが、私はエリーゼの幸せを、ただ一つ願っている。

たとえそれが、政治の駒であろうと。

たとえ、それが、国を背負う重圧であろうと。


彼女には、笑っていてほしい。

誇りを失わず、胸を張って生きていてほしい。


私は、エリーゼを信じている。

どんな未来が待っていようとも、彼女はきっと乗り越える。

華やかに、堂々と――誰よりも美しく。


だから私は、静かに誓った。

この先、どんな困難があろうと、バンダーム家はエリーゼを支え続ける。

父として、家族として、ただ彼女のために。


たとえ、王家であろうと――娘の幸福を脅かす者は、私は許さない。


娘よ。

新たな物語を、存分に謳歌せよ。

私は、どこまでも、君の味方だ。


――バンダーム家当主、レオポルト・バンダーム

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ