第2話 ウイリアムの新しい産業
◆山小屋と削岩機と、未来の話◆
【エリーゼ視点】
ラルデン山の坑道近くに建つ小さな山小屋。木の壁には鉱山の道具がずらりと並び、どこか懐かしい、でもワクワクするような空気が漂っていた。
私は、その真ん中で、湯気の立つマグカップを握りながら──目の前にいる王子様に、ぽつりと尋ねた。
「……ねえ、ウイリアム様。本当の目的って、やっぱり銅山のことなんですか?」
彼は火の灯るストーブのそばに座っていて、顔を少しだけこっちに向けた。
「半分は、ね。もう半分は──もっと先の話だよ」
「先の話……?」
彼は、革のケースから何かを取り出した。手のひらほどの金属の機械。ごつごつしていて、何だか工具っぽい。先端にはドリルのような刃がついていた。
「これさ、小型の削岩機なんだ」
「削岩機……?」
私は思わず目を細めた。
「つまり、岩を……削るやつ?」
「そう。こういう道具を使って、坑道を掘ったり、鉱石を取り出したりする。だけど──このタイプの削岩機は、全部海外製なんだよ」
「へえ……そうなんですね。じゃあ、これは輸入品?」
「そう。で、問題はそこから先なんだ」
ウイリアム様は機械をくるりと回しながら、ぐっと真剣な顔になる。
「こういう機械って、壊れる。結構な頻度で。だけど、修理部品も説明書も全部外国語。それに、専門の修理士がいないと使えなくなる」
「じゃあ、使い捨てってことですか?」
「本来は違う。でも、修理できないから捨てるしかない。──だから、修理できる人が必要なんだ」
彼の目が、ぴかっと光った。
「エリーゼ、日本に“三大銅山”っていうのがあったの知ってる?」
「え、日本? 日本の銅山……?」
不意に出てきた異国の名前に、私はまばたきをした。
「足尾銅山、別子銅山、そして日立銅山。この三つが、日本の産業の柱になったんだ。中でも日立銅山では、削岩機のコレクションが150台以上集められてて、ほとんどが海外製だった」
「えっ、そんなに……!?」
「驚くだろ? でもすごいのはそこから。その道具を直すために、会社の中に“修理専門の部署”を作ったんだ」
「修理専門の……部署……?」
「うん。そしてね。そこが発展して……“日〇製作所”っていう、世界的な大企業になったんだよ」
「えっ!? 修理係が、そんな大きな会社に!?」
「そう」
ウイリアム様は、にっこりと笑った。
「つまりね。鉱山を掘るだけが目的じゃない。僕が本当にやりたいのは──この公爵領で、それと同じような流れをつくることなんだ」
私は、その言葉の重さに少しだけ息を呑んだ。
「……まさか、それって、削岩機の修理から?」
「そう。ここには山がある、鉱脈もある、労働者もいる。でも、機械を直す人はいない。だから、そこに“最初の一人”を置く」
「最初の一人……」
「削岩機を直せる修理士。メンバーゼロだよ。でも、そこから広げていく。教育する。技術を渡す。いつか修理屋は製造屋になって、新しい機械を生み出す会社になる」
「……まるで、未来を掘るみたいですね」
私がぽつりとこぼすと、ウイリアム様はふっと笑った。
「うん。まさにそれ」
「じゃあ、ここで始まるのって、ただの銅山じゃなくて……産業のはじまり?」
「そう。将来、この山が“技術者のふるさと”って呼ばれるようになったらいいなって思ってる」
彼は、ぽん、と削岩機を机の上に置いた。
金属の光が、暖炉の火にきらりと反射する。
「一つの削岩機から始めた修理屋が、国の未来をつくる。そういう夢を、本気で見てる」
「……素敵です」
思わず言葉がこぼれた。
「でも、大変ですよね。お金も、人も、技術も足りないのに……」
「うん、足りない。だからこそ、最初の一歩が一番大事なんだ。僕がそのために動く。それが、王子としてじゃなく、一人の開拓者としての覚悟なんだよ」
ウイリアム様の目は、どこまでもまっすぐで──
その瞳の奥に、確かに未来が見えた気がした。
◆ ◆ ◆
「──でも、まずはその修理士、どうやって見つけるつもりなんですか?」
私の問いに、ウイリアム様は小さく肩をすくめた。
「それが難題なんだよね。実は、王都の技術院にも相談したけど“そんな地味なことやってられない”って言われてさ」
「失礼ですねっ! 修理って、ものすごく重要なのに!」
「そう。だから僕は、“ものの大切さ”を理解してくれる人を集めたい。泥にまみれても、直すことに誇りを持てる人。そういう人が、この国を支えるんだ」
「……私も、そう思います」
私は小さく頷いた。
「それで、私にできること、ありますか?」
ウイリアム様は、少し驚いたように目を見開いて、それから、やわらかく笑った。
「君がここにいることが、もう一番の支えだよ」
──ずるい。
そんな風に言われたら、私だって──
「……じゃあ、私、この山の広報担当になります!」
「広報担当?」
「“銅山のプリンセス”として、みんなにラルデン山の魅力を伝えます! 特製ソフトクリームを作って、坑道アイスを売って……あと、かわいい作業服もデザインして!」
「すごいな、君。どこからその発想が……」
「ふふーん♪ 広報は顔と勢いが命なんです。ね、王子様?」
ウイリアム様は、笑って首を横に振った。
「やっぱり、君と一緒だと何でもうまくいきそうな気がするな」
「当たり前です。だって私は──王子様の“夢を磨くツルハシ”ですから!」
そう言うと、ウイリアム様が手のひらを差し出した。
私は、迷わずその手を取った。
──ここから始まる、新しい産業。
小さな削岩機が刻む音が、未来の鼓動に聞こえた。




