第1話 もしかしてウイリアム様は浮気しているのかしら?
◆ 甘い冷たい驚き、そして銅のロマン ◆
【エリーゼ視点】
王都に戻ってからというもの、ウイリアム様――いえ、きらり王子こと我が夫、第三王子ウイリアム=ルマンド=グランフォード様の様子が、どうにもおかしいのです。
「また今週も出張かい?」
「そうなんです、奥様。ウイリアム様は週末までにはお戻りになると……」
屋敷の執事が申し訳なさそうに頭を下げるのを見ながら、私はお茶を濁すしかありませんでした。
でも……これで三週連続ですよ!?
月曜から金曜までは不在、戻ってくるのは週末だけ。そして、日曜の夜にはまた「重要な公務でね」と言って屋敷を後にする。
おかしい。これは絶対におかしい!
まさか、まさか、まさか……!
「ま、まさか、浮気……?」
思わず口にしてしまった言葉に、鳥肌が立ちました。
いやいや、いくらウイリアム様がナルシストで、女子にきらんと微笑んで悩殺する技を持っているとはいえ……結婚したばかりの私を差し置いて!? そんなわけ、ないよね……?
「でも、でも、最近全然、きらんってしてくれない……」
「ソフトクリームも、二人で食べてない……」
思い出が甘いほど、現実の塩味がきつくなるってやつですね……。
そんなある日、私は思い切って、執事のカーヴィルに聞いてみたのです。
「ねえ、カーヴィル……ウイリアム様って、本当に“出張”してるのよね?」
彼は少し目を泳がせながら、口を開きました。
「は……はあ……まぁ、確かに“出て”はおられます。王都を……」
「で?」
「……坑道の調査に出ておられます」
「……坑道? って、まさか、それって……化石探しとか?」
「いえ、鉱山です」
「鉱山!?」
それってつまり、山を掘ってるってこと!? 王子様が!? 貴族街の噂にならないの!?
「ええと……なにかの間違いでは?」
「いえ……」
カーヴィルは、真面目な顔で頷きました。
「公爵領の西部にある、ラルデン山の地下で……新しい鉱脈が見つかったのだそうです」
「鉱脈って……金とか銀とか……?」
「銅です」
「……銅?」
一瞬だけ、気が抜けました。
金でも銀でもなく、銅。
なんか、地味じゃない?
「ですが、その銅がただの銅ではないそうで……。いや、私も詳しいことはわかりませんが……その、“特別な鉱石”だとか」
そこへ通りかかったメイドのナナルカが、すっと顔を近づけてきて、ヒソヒソ声で言いました。
「奥様……それ、たぶん愛人ですよ」
「は?」
「“鉱山”っていうのは、隠語です。私、読んだことあります。“側室候補を隠してる山の別荘”が舞台の、禁断のロマンス小説……」
「ちょ、待って。ラルデン山って、そんなところなの!?」
「はい、“男たちの逃避行”の名所です」
がーん。
私は白目をむきかけた。
まさか……銅山に見せかけた恋の巣だったらどうしよう……!
◆ ◆ ◆
いてもたってもいられなくなった私は、こっそり王都を抜け出し、ラルデン山の坑道へと向かった。
馬車に揺られ、森を抜け、山を登る。
すると──
「おお、エリーゼ!? なぜここに!?」
そこにいたのは、ランタンの明かりに照らされた、土と汗まみれのウイリアム様!
金髪がうっすらと煤けて、でも相変わらずのイケメンスマイルを浮かべている……!
「こ、これはどういうことですか!? 王子なのに……つるはし持ってるじゃないですか!」
「いや、それはまあ……うん、鉱脈がね!」
「側室候補は!? 秘密の愛人は!?」
「そんなのいないよ!!」
ばーん! と坑道の奥から爆音が響いた。
作業員たちが「やったぞー!」と叫び、何やら鉱石を持って走ってくる。
「ご覧、これがその銅なんだ」
ウイリアム様が手渡してきた鉱石は、確かにただの銅ではなかった。
深緑色の表面がキラリと光り、まるで宝石のよう。
「これは……?」
「クロマイト銅鉱。高純度の銅と、極めて少量の希少金属が含まれている。王国の新しい資源になるかもしれない」
「それって、すごく……」
「すごく、ロマンがあるだろう?」
彼がにっこり笑う。
その笑顔が、坑道のランタンよりずっと眩しかった。
「なんで私に、黙ってたんですか……」
私がぷくっと頬をふくらませると、ウイリアム様は肩をすくめた。
「君を巻き込みたくなかったんだ。坑道は危険が多いし、まだ公にはできない探索でもある。……それに、誤解されたくなかった」
「……してたけどね。ばっちり誤解してたけどね!」
「ははっ、それはすまない」
彼が差し出した手を、私は少しだけためらってから、ぎゅっと握った。
「もう……びっくりしましたよ。浮気だとか、側室だとか、散々悩んだんですから!」
「安心してくれ。君以外の人間に、あの“きらん”は向けないと誓ってる」
きらん。
本当にやりやがった、この人は!
でも──
「……バカ。でも、そういうとこ好き」
「ふふ、ありがとう、エリーゼ」
坑道の奥から、また新しい爆音が響く。
でも、私の心はもう、ぐらつかない。
だって、ちゃんと聞けたから。
ちゃんと信じられたから。
それに、ウイリアム様が掘っているのは──
ただの銅じゃなくて、未来だった。
◆ ◆ ◆
帰り道、坑道のそばにある小さな山小屋で、作業員たちがくれた“坑道アイス”を食べながら、私はふと思った。
「……このアイスも、いつか王都で食べられるようになるのかな?」
「なるさ。いまは小さなスコップでも、いつかは山を動かす力になる」
きらん、と、彼が笑った。
私は、つい笑ってしまった。
「じゃあ、私は……あなたの“ツルハシ第一号”ってことでいいですか?」
「もちろん。世界一、可愛いツルハシだ」
──坑道の奥で見つけた、甘くて、ちょっと冷たい、そしてロマンに満ちた驚き。
それは、王子とお姫様の恋物語に、また一つ、新しいページを加えたのでした。
【第二部 開幕──銅と恋と、ちょっぴりスコップ】




