第22話 わたくし、おうまさんをお助けしたのですわ!
【エリーゼ視点:小さな命を救って】
◇ ◇ ◇
バンダー高原を歩いていると、遠くから可愛らしい鳴き声が聞こえた。
「……?」
私は足を止めた。
「どうした、エリーゼ?」
ウイリアム様も立ち止まる。
「今、何か……」
耳を澄ますと、もう一度──。
「ヒヒィン……!」
か細い、必死な叫び。
「馬の声?」
「……違う。子馬だ」
ウイリアム様が真剣な顔になった。
次の瞬間、私の手を取って、駆け出していた。
◇ ◇ ◇
鳴き声を頼りに、高原の奥へ進む。
そこは、白い柵で囲われた放牧場だった。
「あれ!」
私は叫んだ。
柵の間に、小さな栗毛の子馬が引っかかっていた。
どうやら、柵をくぐろうとして、途中で足を引っかけてしまったらしい。
「苦しそう……!」
子馬は必死にもがき、悲しげに鳴き続けている。
「エリーゼ、下がってろ」
ウイリアム様が言った。
◇ ◇ ◇
ウイリアム様は、静かに子馬に近づいた。
「よしよし……大丈夫だ」
優しく、低い声でなだめながら。
暴れたら余計に怪我をするかもしれない。
ウイリアム様は慎重に、子馬の様子をうかがった。
「柵に、蹄鉄が引っかかってる……少し持ち上げれば抜ける」
「私、手伝います!」
「ありがとう。君は子馬の頭を撫でて、落ち着かせてくれ」
「はい!」
私は恐る恐る、子馬の鼻先を撫でた。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
震える小さな身体を、そっと支える。
ウイリアム様は、力強く柵を押し広げた。
「──っ!」
子馬がひときわ大きく鳴き、そして──。
「抜けた!」
ぱたぱたと子馬が地面に降り立った。
まだ足元はおぼつかないけれど、もう泣き叫んではいなかった。
「よかった……!」
私は胸をなでおろした。
◇ ◇ ◇
そこへ、牧場主らしいおじさんが慌てて駆けてきた。
「子馬がいなくなったと思ったら……!
ああ、助けてくださったんですね!」
深く、深く頭を下げられた。
「ありがとうございます……!
柵の点検を怠っていました。私の責任です……!」
「気にするな。命が助かったなら、それでいい」
ウイリアム様は、さらりと言った。
その姿は、まるで絵本の騎士様みたいだった。
「……あんたら、すごいな」
牧場主のおじさんは、しみじみと言った。
「王族だろうと貴族だろうと、普通なら怖がって近づかねぇ。
子馬を助けるために、迷わず動いたあんたらは、本物だ」
その言葉が、心にあたたかくしみこんだ。
「本当に、ありがとうございました!」
◇ ◇ ◇
子馬は無事、母馬のもとに帰された。
私は、ほっと胸をなでおろす。
「エリーゼ」
ウイリアム様が、ふと私を呼んだ。
「はい?」
「怪我、してないか?」
優しく、手を取られる。
「だ、大丈夫です……!」
「よかった」
ウイリアム様は、ふっと笑った。
「……君は本当に、強いな」
「えっ?」
「小さな命を前に、怖がらずに支えた。
それは、誰にでもできることじゃない」
まっすぐに、私を見つめる瞳。
胸が、熱くなった。
「ウイリアム様こそ……私の誇りです」
そう言ったら、ウイリアム様は小さく笑って、
そっと、私の額に口づけた。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
高原の空は、茜色に染まっていた。
列車の時間まで、少しだけ時間がある。
私たちは並んで、丘の上に座った。
「きれい……」
茜色に照らされるバンダー高原。
山々は紫に染まり、白い牧場の柵も、赤く輝いて見えた。
「エリーゼ」
「はい」
ウイリアム様が、隣で小さく呟く。
「今日、改めて思ったんだ。
──俺たちは、支え合っていける」
「……はい!」
私は、迷いなく答えた。
「きっと、どんな困難があっても。
君となら、乗り越えられる」
「私も、ウイリアム様となら……!」
ふたり、手を取り合う。
赤く燃える空の下、永遠を誓うように。
◇ ◇ ◇
バンダー高原での小さな出来事。
それはきっと、私たちの絆を
もっと深く、強くしてくれた──。




