第2話 まあー、お城に連行されるわけですわ。
王城なんて、そうそう入れる場所じゃありませんよ。しかもこの国の王城の会議室に潜入です。壁に飾られた絵はどれも高そうだし、窓辺のカーテンはきっと絹。椅子もふかふか。正直、緊張するどころか、なんだか観光気分で座ってしまった私、エリーゼです。
え? 誰かって? ルマンド王国の魔法学院を今日、卒業したばかりの新米魔導士にして、さっき婚約を破棄された女ですよ。あっはっは。笑ってるけど内心ちょっと泣いてます。いや、泣いてません。泣いてなんかいませんってば!
さて、その会議室には、問題の当事者が揃っております。赤髪筋肉男レンブランド。私の元婚約者にして、唐突に爆弾を投下した張本人です。そしてその腕に寄り添ってるのが、隣国アルフォート王国からの留学生の第四王女、セザンヌ姫。いやもう、びっくりですよ。なんで姫君が、よりにもよってこんな男に……って思わないでもないけど、まあ恋ってのは理屈じゃないんでしょうね。
で、さらに忘れちゃいけないのが、ナルシストの鏡、我らが第三王子ウイリアム様。金髪のふわふわヘアーをかき上げる仕草は今日も健在。きらん、と笑って女子たちを悩殺するのも日常茶飯事。でも今回はちょっと冴えない顔。そりゃそうだ、婚約者に浮気されたわけですから。
そして一番冷静な人、それが第一王子のヘンリー様。全員をぴしっと座らせて、すでに机の上には書類が整然と並んでます。なんか、ものすごくお仕事できる感が漂ってて、ちょっとドキドキ。
「それでは、状況を整理しましょう」
ヘンリー様の低い声が響くと、まるで裁判のように空気がぴんと張り詰めます。いやもう、卒業式どころじゃありません。事件です事件。王家と貴族のスキャンダル劇場です。どうぞご覧くださいって感じですよ。
「まず、レンブランド伯爵令息。あなたはエリーゼ嬢との婚約を一方的に破棄し、セザンヌ姫との関係を公にしました。その上、姫が懐妊していると――事実ですか?」
「はい、すべて真実です」
筋肉男が胸を張って答えるもんだから、なんかもうイラッときます。でもここは我慢。我慢我慢。笑顔で切り抜けるのがエリーゼ流です。
「姫、あなたも同意されたのですね?」
「はい……レンブランド様と過ごすうちに、心が惹かれてしまい……」
頬を染めてうつむくセザンヌ姫。かわいい。正直、敵わないなってちょっと思っちゃう。王女ってだけでも凄いのに、そのうえ恋に生きるタイプときた。私の婚約者を奪ったこと以外は好感持てそうなのが悔しい。
「ウイリアム、君はこの件についてどう考える?」
そう尋ねられたウイリアム王子、軽く息を吐いて、でも意外と真面目な顔。
「正直に言おう。傷ついたよ。でも……セザンヌが幸せなら、それでいい」
なんと、ここに来てイケメン対応。ちょっと株上がったじゃないですか王子。あれ? これ私が一番損してる立場なのに、なんでみんな格好いいコメントで締めてるの?
そんな私の心のつぶやきをよそに、ヘンリー様が私に視線を向けます。
「そして、エリーゼ嬢。あなたはこの事態をどう受け止めていますか?」
全員の視線が私に集中。きた、主役の時間。よし、やってやろうじゃない。
「ええ、私は……すっきりしました」
言ってやりました。ふふん、と笑ってみせると、全員がぽかん顔。
「正直、レンブランド様との婚約は親の決めたものでしたし、これでようやく自分の人生が始まる気がします。ですので、お二人には……」
ちょっとだけタメを作って、満面の笑みで言い放つ。
「お幸せに、って言っておきます!」
その場が一瞬静まり返った後、ウイリアム王子が拍手をし始め、ヘンリー様もうっすら微笑んで頷きました。セザンヌ姫も目を潤ませて「ありがとうございます」と言ってくれたし、レンブランドに至っては……うん、何か複雑そうな顔してました。
ああ、でも私、ちょっとスカッとしたかも。あのモヤモヤしてた気持ち、ぜんぶ吹き飛んだ気がする。これからは自分の足で未来を歩いていくって、そう決めたの。
それにしても、まさか卒業式がこんな劇的な一日になるとは思わなかったな。泣いたり笑ったり、怒ったり呆れたり。でもまあ、これも人生ってやつなんでしょう。
会議室を出るとき、ウイリアム王子がこっそり耳打ちしてきました。
「ねえ、エリーゼ。君みたいな子、嫌いじゃないよ」
ちょっ……何言ってるの、この人!?
卒業式は波乱の幕を閉じたけど、私の新しい物語は、今ここから始まるのでした。