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わたし婚約破棄されました!ルマンド王国魔法学院の卒業式で婚約破棄されたエリーゼ・バンダームは、なぜか?イケメンきらきら王子に告白される?え?どういうことですの?  作者: 山田 バルス
第一章 エリーゼ婚約破棄からの結婚編

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第16話 ウイリアム様の疎水熱がすごすぎて、フラフラですわ。

結婚式から一週間。

 バンダーム家出身のエリーゼである私は、いまやきらり王子こと第三王子ウイリアム様と晴れて夫婦となり、王都の公爵家屋敷に滞在していた。


 日中、ウイリアム様は鉄道関連の仕事に没頭している。図面を広げたり、技術者たちと打ち合わせをしたり、毎日とても忙しそうだ。

 そして夜。夜は──当然ながら、きらり王子全開で、私に甘々モードで迫ってくるわけで。

 いや、甘々どころか、むしろ過剰供給ってやつ?

 おかげで私は、毎晩毎晩、キラキラした愛の洪水に溺れそうになりながら、なんとか新婚生活を送っていた。


 そんな折、ふと一通の手紙が届いた。

 領地にいる父からだ。


『今年は天候不順もあって、領地の収穫が危うい可能性がある。できれば王都で食糧を調達できないか、婿殿に相談してみてくれ』


 とのこと。

 うーん、さすがに父も切羽詰まってる感じだ。


 というわけで、その晩。

 私は、夕食の席で恐る恐る切り出すことにした。


「ウイリアム様、少しご相談が……」


 ワインを手にしていたウイリアム様は、にこっと柔らかく微笑んだ。

 ああ、だめだ、眩しい。今日も王子スマイル絶好調。


「なんだい、エリーゼ。君の頼みなら、どんなことでも聞くよ」


 そんな甘い台詞に、いちいち心拍数を上げながら、私は手紙の内容を説明する。

 食糧不足。王都での調達。可能なら支援してほしい──そんな話だ。


 すると、ウイリアム様の目が一気にきらりん☆と輝いた。

 え、なに、なんでそんなに嬉しそうなの?


「ちょうどいいタイミングだね!」


 そう言いながら、ウイリアム様は懐から地図を取り出した。

 どこから持ってきたの、それ。


 そして、テーブルにばさっと広げると、嬉しそうに一箇所を指差した。


「ここだよ、ここ!」


 指の先には、新しく拝領された土地の一角──広大な野原が広がっている。


「……ここに疎水を引くんだ!」


 ……疎水?


 ぽかんとする私を見て、ウイリアム様は得意げにふふんと笑った。


「聞いたことないかな? 日本三大疎水のひとつ、那須疎水ってやつを」


 いや、知らない。ていうか、今“日本”って言いました?

 私は一瞬、聞き間違えたかと思ったが、ウイリアム様は構わず続けた。


「那須疎水はね、明治時代に作られたすごい人工水路なんだよ。山から水を引っ張ってきて、乾いた土地を一面の肥沃な農地に変えたんだ。おかげで地域は大繁栄、みんなハッピーさ!」


 ……へえ。


 いや、へえ、じゃなくて。

 たしかにすごい話だけど、なんでいきなりそんな蘊蓄うんちくタイム?


「で、思ったんだ。僕たちの新しい領地も、これと同じことができるって!」


 ぱあっとウイリアム様は笑った。

 いや、嬉しそうなのはいいんだけど、私はついていけてません。

 だって、土地に水を引くって、そんな簡単にできるものなの?


「大丈夫だよ、エリーゼ! 論より証拠!」


 ──ドヤ顔で、ウイリアム様が言い放つ。


「まずは、新婚旅行を兼ねて、現地視察に行こう!」


 ……はい?


 わたしの思考が止まった。


 新婚旅行って、もっとこう、なんかロマンティックな場所を想像してたんだけど!?

 まさか、乾いた野っ原を見に行く旅だとは、誰が予想しただろうか。


「準備は任せて! すぐに手配するから!」


 王子スマイルとやる気全開の声を背に、私は内心でそっとため息をついた。


 ──ああ、きっとこれ、長くなりそうだ。


◇ ◇ ◇


 それから数日後。


 私たちは王都を出発し、馬車に揺られながら領地を目指していた。

 車内はふかふかのクッション付き、窓からは春の空が見える。──優雅といえば優雅だが、向かう先を思うとやっぱりちょっと憂鬱だ。


「エリーゼ、見てごらん!」


 はしゃぐウイリアム様が、外を指さす。

 広がる金色の野原。遠くには青々とした山脈。

 たしかに、景色は美しい。──けど、ここに疎水を?


「このあたり、川がないから農地にならなかったんだよね。でも、水さえあれば、ここ一帯が一大穀倉地帯になる!」


 少年みたいに目を輝かせながら語るウイリアム様。

 うん、その夢を追う姿勢は素敵だと思う。思うんだけど……


「……そんな簡単に、水って引けるものなんですか?」


 つい本音が漏れた。


 するとウイリアム様は、得意満面でこう答えた。


「できるよ!」


 即答。

 自信たっぷりすぎて、逆に不安になる。


 そして視察当日。


 現地に着くなり、ウイリアム様は地形を確認しながら、


「山のこっち側に大きな水源があるから、それを利用できるはず。あとはルートを選んで、堤防を築いて……」


 と、専門家顔負けの説明を始めた。

◇話が長すぎるためここではカットしますね。詳しい内容を知りたい方は、ページ最後にある解説をみてね。エリーゼより◇


 ちなみに私は、横でぽかんと聞くだけで精一杯だった。


(いや、ほんとに王子様って何者なんですか……)


 実は前々からうすうす感じていた。

 この人、絶対ただの「キラキラ王子」じゃない。


 鉄道だの、疎水だの、たまに出てくる「日本」だの──

 いったいこの知識、どこから仕入れてるの? 本当に王子なの? 隠しスキル持ちすぎでは?


 そんな疑念を抱きつつも、私はとりあえず頷いた。


「わかりました。……ええと、つまり?」


「つまり、ここを耕して、王国最大の穀倉地帯を作るんだ! 食糧問題も、領地の発展も、全部解決だよ!」


 きらっ☆


 ウイリアム様は、完璧なスマイルでそう言い切った。


 ──ああもう、眩しい。

 そして、私は確信した。


(この人についていけば、まあ、たぶん、なんとかなる……気がする)


 いや、たぶん。たぶんね?


 かくして、新婚旅行は「疎水視察ツアー」という珍妙な形で始まり、

 私は再び、ウイリアム様のきらめく未来設計図に巻き込まれていくのであった──。



    ◇   ◇


【ウイリアムによる「那須疎水」解説】


「ふふん、聞きたいかね? それなら、教えてあげよう!」

 ウイリアム様は、どこか誇らしげな笑みを浮かべると、食後のテーブルに広げた地図を指で叩きながら、語り始めた。


疎水そすいっていうのはな、簡単に言えば『水を引くための水路』のことだ。自然の川や湖から、農地や町に水を運ぶために作られるんだが、これがまぁ、簡単な仕事じゃない。ほんの少しでも傾斜を間違えれば、水は流れず、逆流するか、溢れ出してしまう。特に、長距離になると、その誤差は致命的なんだよ」


 わたしが思わず「へえ」と頷くと、ウイリアム様は満足そうに続けた。


「さて、那須疎水だ。これはな、日本三大疎水のひとつに数えられている、明治時代の大事業なんだ。舞台は、今の栃木県、那須野ヶ原。もともと、そこはとんでもない不毛の荒野だった。草もろくに生えない、まさに『死の大地』だったんだ。理由は簡単、水がなかったからだ」


 わたしは目を丸くした。荒野に変えるのも、水の有無次第なのだと、初めて知った。


「水さえあれば、草も生え、作物も実る。だが、どれだけ肥沃な土地でも、雨だけじゃどうにもならない。そこで、那珂川っていう大きな川から、わざわざ水を引こうという話になった。でもな、これがまた、大変だったんだ」


 ウイリアム様は、持っていたスプーンをぐるぐる回しながら、楽しそうに話を続けた。


「まず、那須野ヶ原と那珂川の間には、標高差があった。普通なら、低いほうに水は自然に流れるだろ? だが、そこは逆。那須野ヶ原の方が高かったんだ。つまり、単純に水を引くだけじゃダメ。きちんと計算して、絶妙な角度で、川から流れ出す水をだましだまし運ばないといけなかった」


 わたしは、想像して目を回しそうになった。そんな難しいことを、どうやって?


「そこに現れたのが、矢板武やいたたけしっていう男だ。栃木県矢板市の出身で、当時まだ三十代の若者だよ。だが、こいつがすごかった。山を越え、谷を渡り、自分の足で歩いて測量し、地形を調べ上げた。そしてついに、那珂川から、那須野ヶ原まで水を引くルートを見つけたんだ」


 ウイリアム様の声が、どこか誇らしげに響いた。


「長さ、ざっと16キロメートル。分水路まで入れれば、総延長332キロ以上だ。しかもな、トンネルも掘ったし、堤防も作ったし、すべて、人力だ。この国のような魔法なんてない。くわとスコップで、しかもたった5か月で本幹工事を終わられたんだ。最終的には4300haもの地域が農地となって生まれ変わったのだよ」


「まるで、英雄譚みたい……」

 思わず口にすると、ウイリアム様は満足そうに笑った。


「その通りだ。これは、日本近代史に残る偉業だよ。1885年——明治18年、ついに那須疎水が完成する。乾いた那須野ヶ原に、水が流れ始めた瞬間、人々は泣いた。緑が芽吹き、米や麦、野菜が育った。死の大地が、生命の楽園に変わったんだ」


 わたしも、その光景を想像して、胸が熱くなるのを感じた。


「さらにな」

 ウイリアム様は指を一本立てた。


「この成功は、農業だけじゃなかったんだ。那須はその後、政財界の大物たち——例えば、大山巌、松方正義、三島通庸みたいな連中が、別荘を建て始めるきっかけになった。涼しい気候、豊かな自然、きれいな水。それらを求めて、那須高原はリゾート地としても発展した。今や、皇族の御用邸まであるくらいだ」


「じゃあ……」

 わたしは恐る恐る聞いてみた。


「わたしたちの領地も、疎水を引ければ……那須疎水みたいに、変わる?」


「もちろんだ!」

 ウイリアム様は力強くうなずいた。


「ここに川があるだろう? 距離はあるが、地形をうまく使えば、十分水を引ける。問題は、最初にどう工事するかと、途中の土地にどれだけ手間がかかるかだが……できる。間違いない!」


 わたしは、その自信満々な笑顔に、思わず見とれてしまった。


「だけど、簡単じゃないんでしょう? たくさんの人が必要で、何年もかかるかも……」


「その通りだ」

 ウイリアム様は頷き、椅子に深くもたれた。


「最初の工事は、途方もない苦労になる。技術者も、資材も、人手もいる。だが、これが成功すれば、未来永劫、領地に恵みをもたらす。作物は増え、人口は増え、商売も栄える。軍事的にも、補給地として強くなる。百年後にも、千年後にも、誇れる仕事になる」


 静かな口調だった。けれど、ウイリアム様の言葉には、燃えるような情熱がこもっていた。

 








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