第14話 王太子の視点から見たウイリアムの結婚
「きらめく弟と、不安げな花嫁」
王宮の高窓から、静かに外を眺めていた。
澄み渡る空、眩しい日差し、そして教会に向かう馬車の列。
弟、ウイリアム。
あの自由奔放なきらめきの塊が、今日、正式に婚姻を結ぶ。
「まさか、ウイリアムが、ね……」
私は、ひとり呟いた。
自ら望み、求め、そして即決した結婚だという。
相手は、伯爵家バンダーム家の令嬢、エリーゼ嬢。
何度か晩餐会などで見かけたことはある。
派手な家柄でもなければ、特筆すべき功績があるわけでもない。
だが、彼女の柔らかい微笑みと、肩まで伸びる淡いピンク色の髪は、静かに周囲を和ませる不思議な力を持っていた。
ウイリアムが一目で気に入った、というのも、分からなくはない。
しかし——。
「早すぎる」
私は思う。
結婚とは、政治だ。
特に、王族に生まれた者にとって、それは避けられない宿命だった。
個人の感情よりも、国益を優先しなければならない場面が、必ず訪れる。
だというのに。
ウイリアムは、そうした重圧を、まるで感じていないかのようだった。
私は机に置かれた一通の書状に視線を落とした。
「バンダーム家との縁組を心より喜びます」と書かれた、多くの貴族たちからの祝辞。
表向きは祝福の嵐だ。
だが、心の奥底では——不安も渦巻いているのだろう。
「ウイリアムが、国を背負うことはない」
それが、彼らの本音だ。
第三王子。
王位継承権は低く、自由人としての立場に甘んじることが許される位置。
だからこそ、ウイリアムは、"好きにしてもいい"存在であり続けた。
しかし——。
「彼は、あまりにも無垢すぎる」
私は深く息を吐いた。
ウイリアムの周囲には、いつも人が集まる。
その明るさ、屈託のなさ、そして輝くような微笑み。
彼自身が意識しないまま、無数の人々を惹きつけてしまう。
だからこそ、心配だった。
彼の隣に立つエリーゼ嬢。
今日、彼女を初めて、正式な花嫁衣装で目にしたとき——私は、心の中に一抹の痛みを覚えた。
真っ白なドレスに身を包んだ彼女は、確かに美しかった。
しかし、その微笑みの奥には、隠しきれない不安と戸惑いが滲んでいた。
「……無理もない」
あの速度で、結婚を決められて。
王家の一員となる重圧を、いきなり背負わされて。
心が追いつくはずがない。
ウイリアムは、そのことに気づいているのだろうか。
いや、きっと——彼なりに気づいているのだ。
ただ、その「埋め方」を、知らないだけだ。
「何でも願いを叶えてあげる」
そんな言葉を、ウイリアムが彼女にかけていると聞いた。
らしい、と思う。
だが、間違っている。
エリーゼ嬢が求めているのは、贅沢でも、贈り物でもない。
ただ、普通の愛情——心からの「理解」だ。
私はそっと目を閉じた。
式は、滞りなく進んでいる。
神父の声、誓いの言葉、指輪の交換。
ウイリアムの、「ボクの姫になってくれてありがとう」という声が、遠くから聞こえた気がした。
完璧だ。
完璧すぎる。
なのに、何故か胸に、ひやりとしたものが残る。
***
披露宴の場。
煌びやかな宮殿の大広間で、ウイリアムとエリーゼは並んで座っていた。
賓客たちが次々と祝辞を述べ、贈り物を差し出していく。
エリーゼ嬢は、健気に笑顔を保っていた。
ウイリアムは、隣で誇らしげに、彼女を見つめていた。
「……ウイリアム」
私は心の中で弟の名を呼んだ。
彼は、まだ知らない。
結婚はゴールではない。
ここからが、本当の始まりなのだ。
そして、王家に連なる者の人生には、必ず「試練」が訪れる。
——愛する者を、試される瞬間が。
エリーゼ嬢は、きっと耐えられる。
彼女は強い。
しかし、問題はウイリアムの方だ。
彼は、彼女の「普通でいたい」という願いを、守れるのだろうか。
彼女の涙に、ちゃんと気づけるのだろうか。
私は静かに、祝杯のワインを口に含んだ。
——そして、決めた。
「何かあったら、オレが守ろう」
弟が選んだ未来だ。
ならば、私もまた、見届ける義務がある。
ウイリアムを、エリーゼを——守らなければならない。
華やかな祝宴の中、ふたりだけが小さな島のように、孤独に見えた。
私は、そっと目を細めた。
きらきらと輝くウイリアム。
それを見上げる、ピンクの髪のエリーゼ。
ふたりの未来は、きっと——。
いや、願わくば、幸せであれ。
そう心から願いながら、私は、ふたりの姿をじっと見守り続けた。




