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第13話 王妃視点 ……もう一度言ってちょうだい。ウイリアムが?

「きらり王子と私の、とんでもない結婚」

王妃視点

***


——その報告を聞いたとき、私は思わず、玉座の間で使者を二度見してしまった。


「……もう一度言ってちょうだい。ウイリアムが?」


「はっ、はい。第三王子ウイリアム殿下が、バンダーム家の令嬢エリーゼ様に……結婚を申し込まれました」


使者の顔は緊張で強張っていた。無理もない。

第三王子は、王宮一の問題児であり、同時に誰もが目を細める『きらり王子』。

彼の一挙手一投足は、国内外の話題をさらってしまうのだから。


「…………ふう」


小さくため息をついて、私はそっと背もたれに体を預けた。

視線を天井に向け、思考を巡らせる。


エリーゼ・バンダーム。

確か、あの家は古くから続く貴族で、最近は財政難が続いているはず。

とはいえ、血筋は悪くない。家格も十分。

問題があるとすれば——


「本当に……エリーゼ嬢でいいのかしら、あの子は」


そう、小さく呟いた。


私はかつて、一度だけ彼女を遠目に見たことがあった。

王都の舞踏会、まだ彼女が十代も半ばの頃。

おずおずと控えめに立ち、周囲の煌びやかな令嬢たちに押しやられるようにしていた、小さな少女。

——華やかさも、野心も、あの場には似つかわしくなかった。


(あの子が、ウイリアムの隣に?)


信じられない思いだった。

けれど、同時に思った。——だからこそ、ウイリアムは彼女を選んだのかもしれないと。


***


翌日。

正式な使者がバンダーム家に送られ、エリーゼ嬢との縁談はあっという間に決まった。

噂が広まるのも早かった。

「バンダーム家が復興の兆し」

「第三王子が平民令嬢に一目惚れ」

ありもしない尾ひれまでつけられ、王都はお祭り騒ぎだ。


私は、宮廷付きの侍女長と共に、すぐにエリーゼ嬢の素行調査を進めた。

出てきた報告は、驚くほど地味だった。


——派手な噂なし。

——友人関係は狭いが良好。

——奉仕活動にたびたび参加。

——学問も武芸も中の中。

——本人は目立つのが苦手で、控えめな性格。


私は報告書をパラリとめくりながら、口元に手を当てた。

目立たず、騒がず、己の立場をわきまえる。

確かに、王家の嫁には珍しい気質だ。


だが——


(この子が、ウイリアムに耐えられるかしら)


それだけが、不安だった。


あの子のような、繊細で控えめな娘が。

ウイリアムのきらきらとした光に、飲み込まれてしまわないだろうか。


私は母として、ウイリアムを誰よりも愛している。

同時に、彼の持つ危うさも、痛いほど知っている。

彼の「好き」は、きらめきと同時に、時に破滅をもたらす。


エリーゼ嬢の小さな背を思い浮かべ、私はそっと胸を押さえた。


(頼むから、どうか——)


***


そして迎えた結婚式当日。


私は玉座の後ろ、控えの席に座り、静かに式の始まりを見守っていた。


エリーゼ嬢は、白いドレスに身を包み、緊張に顔を強張らせながらも、まっすぐに祭壇へと進んでいった。

その姿は、どこか痛々しく、けれど同時に、凛として美しかった。


ウイリアムはと言えば——


「ふふ……」


私は思わず微笑んだ。

王子スマイル全開、完璧な輝きだ。

ああ、この子は本当に、愛しい。


神父が問う。

「病めるときも、健やかなるときも、この者を愛し、敬い、守ることを誓いますか?」


ウイリアムは、満面の笑みで答えた。


「誓います」


——迷いも、躊躇もない声だった。


そして、エリーゼ嬢の番。


彼女は一瞬だけ、ぎゅっと唇を引き結び、そして、はっきりと答えた。


「誓います」


ああ。

私は心の中で、そっと祈った。


(どうか、どうか、この子に、ウイリアムの光が優しく届きますように)


指輪の交換。

誓いの口づけ。

そして、拍手喝采。


式は滞りなく進み、彼らは正式に夫婦となった。


だが——その瞬間、私は見逃さなかった。


エリーゼ嬢の目の奥に、一瞬だけ、走った影を。


***


披露宴の間、私は遠目から二人を見つめ続けた。


ウイリアムは、常に彼女に気を配り、笑いかけ、優しく手を取る。

けれど、エリーゼ嬢は時折、戸惑うように視線を伏せる。

嬉しそうな笑顔の裏に、隠しきれない不安が滲んでいた。


(……そうでしょうね)


私はそっとワインを傾けた。


あまりにも完璧な光に囲まれれば、人は影に怯える。

ウイリアムの愛は、善意で満ちている。

けれど、それが時に重すぎることを、彼自身は知らない。


(エリーゼ嬢……あなたは、それでも歩み寄れるかしら)


ただ「好き」だけでは、到底支えきれない。

ただ「優しさ」だけでは、到底受け止めきれない。


ウイリアムは、強い。

けれど同時に、誰よりも不安定な子。


私はグラスの向こうに、そっと彼らを見つめた。


(あなたが、彼にとっての港になれるなら——)


(そして、彼も、あなたに寄り添えるなら——)


それは奇跡だろう。

でも、私は願わずにはいられなかった。


母として。

王妃として。

ただ一人の、ウイリアムの母として。


(どうか、あなたたちが、本当の意味で、互いを愛せますように)


***


披露宴が終わり、夜が深まる頃。

私はひとり、王宮のバルコニーに立っていた。


夜空には星が瞬き、遠くから、まだわずかに宴の音が聞こえてくる。


ふと、足音がして、侍女が近づいてきた。


「陛下、殿下とエリーゼ様は、新居にお移りになりました」


「そう……ありがとう」


そっと目を閉じ、私は夜空に祈った。


(ウイリアム、エリーゼ嬢)


(どうか——)


(光に焼かれず、影に呑まれず)


(二人で、二人だけの、小さな光を見つけて)


風が吹く。


私はそっとドレスの裾を押さえながら、夜の宮殿を後にした。


今夜は、きっと、世界でいちばん祝福に満ちた夜だ。

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