第1話 え! こ、婚約破棄されるのですわ?
桃色の髪が特徴のちょっとおちゃめなわたし、エリーゼ・バンダームは、ルマンド王国魔法学院の卒業式に出席していた。
まぶしい陽光の差し込む講堂には、今日という特別な日を祝うため、多くの来賓が詰めかけている。学院の友人たちと
「ついに卒業だね」
「また会おうね」
なんて涙ぐむ場面もある、感動的なイベント――になるはずだった。
だというのに。
「……あの人、なんで壇上に……?」
遠く壇上に、見慣れた赤髪の巨体が現れた瞬間、わたしの背筋にぞわりと嫌な予感が走った。
筋肉もりもり、頭はちょっとアレ。まさか、いや、でも、あの目のギラつき方、絶対なんか言い出すじゃないの。
案の定だった。
「エリーゼ、お前との婚約を破棄する!」
はい、いただきました。婚約破棄宣言です。
思わず「やっぱり来たか」と心の中でつぶやきつつも、わたしは笑顔を保った。慌てたら負け。修羅場の基本です。
その声に場内がざわめいた。学長先生が何事かと目を見開いているのが、遠目にもわかった。
「しかも、壇上から言う? みんな見てるのよ? あなた、空気読めないにもほどがあるでしょ」
と、わたしが心の中でツッコんでいたその瞬間。
「セザンヌ、ここにおいで!」
え、ちょっと待って? 名前呼んだ? セザンヌって、まさか、あの……。
会場の奥から、金糸のような髪を編み上げ、淡い藤色のドレスを身にまとった少女が立ち上がる。
その瞬間、わたしの頭の中に警報が鳴り響いた。
《警告、修羅場が加速しています! 繰り返します、修羅場が加速しています!》
彼女の名は、セザンヌ・アルフォード。お隣のアルフォード王国の第四王女にして、ウイリアム王子――わたしたちルマンド王国の第三王子の婚約者。はい、めちゃくちゃ国際的な重要人物です。
そのセザンヌ王女が壇上に上がり、わたしを見つめた。
「エリーゼさん、ごめんなさい」
わたしはその一言で、なんとなくオチが読めてしまった。いや、願わくば予想外の展開であってくれと、期待した自分が愚かだった。
「わたくし、レンブランド様を愛してしまったの」
ふーん、そうですか。で?
「わたくしのお腹には彼の子がいますの」
ぶはっ。
さすがに表情を保てず、咳き込んでしまった。いや、ちょっと待って。卒業式ですよ? 人生の門出の場で、なんでそんな週刊誌みたいな暴露されるの? こっちはただの巻き添えなんですけど!
会場内はもう蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。教員たちが右往左往し、貴族の父兄たちはざわめき、一般の観客たちは口を押えて仰天している。
でも、ほんとうにやばいのはここから。
「セザンヌ、それは誠なのか?」
壇上に上がったのは、わたしたちの国、ルマンド王国の第三王子、ウイリアム・ルマンド様。前髪をパサッと決めて登場。きらりと光る歯がまぶしいです、はい。ナルシスト臭がすごい。会場の女子から「きゃー!」って黄色い声が上がってるけど、わたしにはちょっとキモいです、ごめんなさい。
「セザンヌ姫、彼の話は本当なのかい? お腹に彼の子がいるってことは」
その問いかけに、セザンヌ姫は恥ずかしそうに、こくりと頷く。
「はい……彼の子が、います」
どよめき、悲鳴、嗚咽、いろんな感情が混ざった声が飛び交う。
いやいやいやいや、これマジで国際問題では!? 王族の婚約者が、他国の貴族と浮気して子供できてたって、どこの戦争の火種ですかって話ですよ!
その場にいる全員が、どう収拾をつければいいのか分からず凍りついていた。けれど、次の瞬間、その混沌をぴしゃりと切り裂く声が響いた。
「……卒業式は一時中止だ」
声の主は、ウイリアム王子の兄、ルマンド王国の第一王子にして王太子、シャルル・ルマンド殿下。
その姿は凛々しく、怒気を含んだ瞳が壇上を鋭く射抜いていた。やっぱり、王族ってオーラが違うのね……。
「壇上の男――レンブランド、それにセザンヌ姫。エリーゼ嬢とウイリアムもだ。会議室に移動してもらおう」
有無を言わせぬ指示。
すぐさま護衛の騎士たちが現れ、周囲を囲みながら、わたしたち四人を導いていく。ドナドナですね。
――こうして、ルマンド王国魔法学院の卒業式は突如、修羅場と化し、主役の座はすっかり恋愛スキャンダルに奪われたのでした。
ああ、静かに卒業したかったなぁ……。
でも、こんなの序章に過ぎなかったのです。
このあと、王族たちの怒りと、外交の火種と、浮気男の言い訳と、そして、わたくしエリーゼの反撃が始まるのでした――たぶん。