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第6話:愚かな姫の愚かな策

第6話:愚かな姫の愚かな策


「いました。ダリウス様です」


 アリスがひそひそ声で言いながら、物陰から顔を覗かせる。

 俺は肩をすくめ、アリスの視線を追うように中庭へと目を向けた。


 そこには、ダリウスが品の良いドレスをまとった貴族令嬢と談笑している姿があった。彼は微笑みながら彼女の手を取り、その指先に優雅な口づけを落とす。


 まさしく、女たらしの典型だ。

 しかも隣にいるのはまた別の女のようだ。


「……今のお気に入りはあの子みたいだな」


 冷静に言うと、隣でアリスがぎりぎりと歯を食いしばる音がした。


「……」


「ちなみに、君は“狭量”って言葉の意味は分かるか?」


「なんですそれ?」


「少しの浮気を許してやるのも、淑女の狭量という。それにほら、英雄色を好むとは言うからな……」


「あなたもそうなんですか?」


 アリスがぎろりと睨む。


「いや……俺のことはいいだろ」


 彼女からそっと目を逸らした。女遊びはするが、別に婚約者がいるわけではないし、そもそもダリウスほど節操がないわけではない。だが、今はそんな話をしている場合ではない。


「君が嫉妬に身をやつしているだけでは、兄上から“うっとうしい”と思われるだけだ。彼の気を引きたいなら、少し冷静になれ」


「冷静になんてなれるわけない……!」


 アリスはぷんぷんと頬を膨らませ、地面を蹴りつける。

 ……やっぱりコイツを諭すのは無理があるな。


 するとアリスは突然「はっ!」と何かを思いついたように顔を輝かせた。


「私も別の殿方と仲の良いところを見せつけたら、ダリウス様も悔しがってくれるんじゃないかしら?」


「……は?」


 俺が眉をひそめる間もなく、アリスは思い立ったが吉日とばかりに、俺の手を勢いよく掴んだ。


「ちょ、おい!?」

「手っ取り早いわ! あなたを使います!」

「待て待て待て待て!」


 ゼッヘルが慌てて手を引こうとするが、アリスは有無を言わせずぐいっと彼を引っ張る。


「おい触るな!」

「あなたが女好きなのは知ってます。こうされて嫌なわけではないでしょ?」

「俺にだって選ぶ権利ぐらいあるだろ。お前はその……馬鹿がうつる!」

「なんですって!?」


 怒りに燃えるアリスの目がぎらりと光る。

 まずい……やっちまったか?

 一瞬後悔したが、時すでに遅し。


「絶対に離さないから!」


 アリスの怒りはさらなる力となり、腕を引っ張る勢いが増す。こうなってしまっては、もう逃げられない。


(……くそ、なんで俺がこんな目に)


 心の中で天を仰ぎながらも、ずるずるとアリスに引きずられていくのを受け入れるしかなかった。



 中庭に悠々と佇むダリウスと、その隣にいる令嬢。

 そこへ、何やら妙な雰囲気を纏ったアリスと俺が颯爽と(というか、ほぼ強引に)現れたわけだが。


「ダリウス様!」


 アリスが高らかに声を上げる。

 ダリウスは眉をひそめ、怪訝そうに俺とアリスを流し見た。


「な、なんだお前」


 (これは絶対にロクなことにならない)と確信しつつも、すでに引き返せない状況に陥っていることを悟る。


「私、ゼッヘル様と手をつないでおります!」

「……は? だからどうした」


 ダリウスが呆れたように眉をひそめる。


「だから……っ、悔しくないんですの!?」


 ダリウスは一瞬沈黙した後、くつくつと喉を鳴らして笑い出した。


「はははは! お前、何を言っているんだ?」

「な、なぜ笑うんですの!? 私が他の殿方と親しげにしていたら、少しぐらいは……!」

「いや、別に?」


 ダリウスは涼しい顔で肩をすくめた。


「俺が誰と話そうが、お前が誰といようが関係ないだろう」


 アリスの顔がさっと青ざめる。


「関係……ない……?」


 その言葉が、まるでナイフのように彼女の胸に突き刺さっているのが、第三者の俺にも伝わってきた。

 やばい。このままではまた、この女のメンタルが面倒なことになるぞ。


「あー兄上……? たしかこちらのアリスさんとはまだ婚約中ではあるんだよな?」

「あ? そうだったか?」


 おい、やめろ。

 お前が失言するたびに隣のこいつが万力みたいに俺の手を思い切り握りしめるんだよ。


「事実、伯爵家との間で交わされた婚約だったはずだ。そう簡単に何度もとっかえひっかえできるものじゃないと思うけど」


 そう説明して、ダリウスもようやく顎に手を触れて考え込むようなしぐさを見せた。


 アリスは俺の手を握りしめながら今か今かとダリウスの言葉を待っている。きっとダリウスが「自分を手放すはずがない」とまだ信じていたのだろう。しかしなぁ、これはどう見ても、ダグラスの気持ちはもう離れているだろ。

 そもそも自分の姉をあっけなく手放したこの男にアリスは何を期待することができるのだろう。

 どう考えても前向きな言葉が彼の口から出てくるとは――


「そうか、そうだったな。すまないアリス」


 考えられない。そう覚悟していた矢先のことだ。

 ダリウスは隣の令嬢に目配せすると、彼女は深々とお辞儀をし、この場から退いていった。


「ほら、これでどうだアリス。他の女をよそにやったぞ」


どういうつもりだ兄上。

意図を探ろうとダリウスの表情を伺うが、彼は意味深にほくそ笑むだけだった。


「ああっ……ダリウス様、アリスは信じていました!」


痛っ! こいつ、俺の手を振り払いやがった。

ダリウスに駆け寄り、心の底から感激するアリス。

しかしそこに、何やら不穏な気配を感じるのだが。


「アリスのわがままに巻き込んでしまったようだな、ゼッペル。あとで詫びをさせてくれ」


そういって笑うダリウスの口角は不気味なほど吊り上がっている。

兄上、邪な考えがにじみ出ているぞ。

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