第2話:ゼッペル・レジンス
ゲームやアニメ、映画に演劇、旅行、ギャンブル。
かつて俺がいた世界は娯楽にあふれていた。
それに比べれば、ここは退屈に蝕まれている。
そのせいか、王宮内では些細なスキャンダルが各所にあっとゆうまに広まっていく。
ある日、社交界でエリシアの婚約破棄が噂になっているのを耳にした。
「聞いたか? アシュレイ伯爵家の長女、ついに家を追い出されたらしい」
「まったく、哀れなものだな。第二皇子の妃になるはずだったのに」
俺はその話を聞きながら、ぼんやりとエリシアのことを思い出した。
エリシア・アシュレイ。
俺にとっては、社交界で時折言葉を交わす程度の知り合いだったが、他の令嬢たちとは少し違っていた。彼女は決して甘言を弄して男に取り入ることはせず、聡明で、落ち着きがあり、貴族の女としての品格を持っていた。
「惜しいな」
俺は、ふとそう思った。
もちろん、エリシアが好きだったわけではない。ただ、あの愚かなダリウスに見合う女ではなかったことは確かだ。
聖王国を去ったエリシアは、例えば隣国の王子に見初められ、徐々にその地位を盤石なものにしていくのだろうか。 そしていずれは、かつて自分を虐げた母国へと戻り、反旗を翻す―― ここまでが、よくある「ざまぁ系」の筋書きになるんだろうか。
そんな妄想にふける俺は、エリシアとは多少なり交流のあった第三皇子ゼッペル・レジンスだ。
なぜそんな俺が「ざまぁ系」なんて言葉を知っているのかと言えば、まあ察しのいい人ならわかるだろ?
異世界転生ってやつだ。
ある日、命を失った俺が、気づいたら聖王国の王子様になっていた件について。
だからまあ、詳細は省いてもいいだろ。
これでも王家の血を引いている。とはいえ、俺は第三皇子という立場に甘んじるだけの皇族かぶれだ。第一皇子である一番上の兄上は次期国王としての道を進み、第二皇子であるダリウスは、王家の中枢に食い込もうと貴族社会に積極的に関わっている。一方で俺は、特に期待されることもなく、後継のしがらみからも自由だった。
まあ、何も義務を負わずに生きていけるというのは、悪くない立場だ。
容姿にだけは恵まれているらしく、庭を歩けば、俺を目にした若い貴族令嬢たちが黄色い声を送ってくれる。
「ゼッペル様だわ」
「素敵だわ……」
こういわれて、悪い気はしない。気まぐれに話し相手となり、寵愛を施せば、彼女らは何かに憑りつかれたかのように熱いまなざしを向けてくる。俺にとって彼女たちは、退屈な日常を彩る綺麗な鳥や花のようなものだった。
その翌日、ダリウスとアリスの正式な婚約が発表された。
王宮の廊下を歩いていると、ちょうどダリウスに呼び止められた。
「ゼッペル、紹介しよう。俺の婚約者となるアリス・アシュレイだ」
ダリウスの隣には、金色の巻き毛を揺らした少女が立っていた。彼女は俺を一瞥すると、興味なさそうに鼻を鳴らした。
「ふーん、第三皇子殿下って、意外と普通なのね」
俺はその言葉に少しだけ驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。 特に不快に思いはしない。むしろ、他の令嬢たちより見る目があるとさえ思ったぐらいだ。
「ふふ、そうか、俺は普通か。なかなか豪胆なお姫様のようだね」
「まぁ、お姫様だなんて、そんな風に言われると照れますわ」
ささやかな言葉で、頬を赤らめるアリス。おだてたつもりなど無かったのだが、彼女はそう受け取ったようだ。
俺の言葉に喜ぶアリスに、ダリウスは唇を引き締め、ほんのわずかに表情を曇らせた。俺は慌てて付け足す。
「兄上は平凡な俺とは違って魅力的な人だろう?」
俺は肩をすくめ、適当に微笑んでみせる。
心にもないことを言うのは、ほとほと疲れるな。
「ええ! 殿下は素敵なんですもの! いつも優しくしてくださるし、すごく立派な方だし!」
アリスが頬を染めてダリウスを見上げる。ダリウスはそんな彼女の態度に満足したようで、上機嫌に笑った。
「ふはは! そうだろう、アリス。お前は見る目があるな!」
まるで子供のように褒められて喜ぶダリウスと、それを見て満足げなアリス。
俺は、それをただ取るに足らないものとし、笑って二人の婚約を祝った。
その場を離れた後、廊下を歩きながら、俺は使用人たちの小声の噂話を耳にした。
「本当に第二皇子はあの娘を妃にする気なのか?」
「彼女が王族の妃としての器かどうか……」
俺はその言葉に小さく笑う。
「本格的によくある追放令嬢もののパターンだな」
さて、どうなることやら。