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筆者おすすめ短編集

苦労性な魔法の鏡は、今日もお嬢様の恋を見守ります

作者: 五条葵

 王都の端っこ。広くて古い、リーゼル伯爵家のお屋敷。その一室には私と10歳になるかならないかくらいの少女が1人。彼女は一心不乱に私のことを見つめていました。


 この国の冬特有の曇天。芸術品を集めたこの部屋は窓も少なく、光はあまり当たらない。少女の持つランプの明かりだけが私のことを映し出す。


 ーーそうして、彼女は厳かに口を開きました。


「鏡よ、鏡、鏡さん。この世で一番美しい女性はだれかしら?」


「これはまた難しい質問をしますね、エミリアお嬢様。考えても見てくださいよ。世界にはすごい数の人がいるんですよ。その中で一番だなんて……そもそも『美しい』の価値観自体人それぞれーー」

「もう! 相変わらず小難しいこと。さっさと教えなさいよ、魔法の鏡でしょう?」

「あ……はい。わかりました、わかりました」

「返事は1回で良い、って家庭教師に習ったわ」


 腰に手を当ててそんなことを言う少女に、私はちょっぴりため息をついてから、口を開きました。


「えーとですね……現在、世界で一番美しいのは……イーゼリア王国のティリア王女ですね」

「誰よそれ! というかイーゼリア王国ってどこよ」

「おや? ご存知ありませんか? 航海技術の発達でその存在が明らかになった神秘の土地。イーゼリアではありませんか。最近では貿易も始まったとかーー」

「つまり、遠い遠い国ね。ーー分かったわ質問を変えましょう。鏡よ、鏡、鏡さん。この国で一番美しい女性は誰かしら?」


 なるほどーーこの国で、に限定すれば勝ち目もでてきますものね。ただ、残念! 現在のところ我が国ディシェル王国で一番美しいのは!


「街道の要所、ラップリーのパン屋の娘、ローズさんです!」

「だから、誰よそれは!」

「だって、国中でっておっしゃるんから……ちなみにそこのパン屋さん、一押しはぶどうパンだそうです」

「豆知識どうもありがとう! そうねぇ……じゃあもう単刀直入に聞くわ。鏡よ鏡、鏡さん。私はこの国で何番目に美しいかしら?」


 おぉ! ついに核心を突いて来ましたね。まぁ、でもあんまりはっきり言うのもなんですしね、ここは……


「そうですね……100番以内には入るかと……」

「ひ、100番!?」

「そうおっしゃいますけどね、エミリアお嬢様? この国内だけに限っても相当な数の人がいるんですよ。100番以内なら頑張っているんではないですか?」

「そうだけど! そうだけどーー」


 そう言ってエミリアお嬢様は地団駄を踏みました。こうして見ると年相応に見えるんですよね。


「さっきも申し上げた通り、『美しさ』など好みですよ、好み。それよりどうしてお嬢様は急にそんなことを気にし始めたのですか?」

「だって……お父様とお母様が、そろそろ私の婚約者探しを始めるって……やっぱり社交界では美人から売れていくんでしょ? せっかくなら素敵な王子様に見初められたいもの……」


 そう言って夢見心地に頬を染めるお嬢様は、さっきと打って変わって少々大人びて見えます。


 そうそう! 随分と申し遅れました。わたくし、魔法の鏡です。そう! あの有名な。

 あの王妃様が亡くなったあと、あちこちの城やら屋敷やらを巡り、今はこのリーゼル伯爵家のコレクションとなっているのです。


 でもって、目の前の少女がエミリアお嬢様。リーゼル伯爵家の一人娘。ふわふわとしたブロンドに美しい青色の瞳。贔屓目なしにとても可愛いお嬢様です。


 そんなエミリアお嬢様、どうやら魔法の才があるらしく、私の声が聞こえるみたいなのですよね。お陰で昔から何かあると、この部屋で私に話しかけてきます。今日はきっと……突然の婚約者を探す宣言、に動揺したのでしょう。ここは年長者として、アドバイスといきましょうか。


「エミリアお嬢様……エミリアお嬢様!」

「な、何かしら!?」

「心ここにあらず、というご様子ですね。あなたに良いことを教えましょう。確かに外見の美しさは、人の魅力を決めるにおいて、とても大事な尺度です」


 初印象は見た目が8割とか言いますし……でもーー


「でも、人の魅力はそれだけじゃありません。むしろ大事なのは中身なのですよ」

「中身?」

「ええ、優しさ、強さ、賢さ。そういったものです」

「それを磨けば……王子様に見初められるかしら?」

「そ、それは……さすがに保証いたしかねますが、でもエミリアお嬢様でしたらきっと良縁を掴めるかと」


 国で100番には入る美貌。それに彼女は多少気が強いところはあれど、実は優しい気質の持ち主なのです。よりその魅力を磨けば、彼女に跪く男性は大勢いるでしょう。


「わ、分かったわ。……でもどうすれば良いのかしら?」

「そうですね、まずは手始めに本を読んでみられては? エミリアお嬢様はイーゼリアのことをご存知なかったでしょう? 世界を広げるのは大切ですよ」

「つまり……お勉強?」

「ええ、そうです。新しい知識を得るのは楽しいですよーーほら! お嬢様はお菓子がお好きでしょう? イーゼリアにはこちらと随分違うお菓子があるとか……何でも季節の草花を模したそれは美しく、美味しいお菓子だそうです」


 私の言葉にパッと目を輝かせるエミリアお嬢様。興味を引けたようで何よりです。


「遠い国ですからね。衣装も言葉も大きく違うようです。伯爵が今後貿易が盛んになるだろうから、と向こうのことについて記した旅行記を購入されてましたから、読んでみられてはいかがですか」

「分かったわ! お父様にお願いしてみる。ありがとうね鏡さん」


 エミリアお嬢様はそう言うと、パタパタと部屋を出ていきます。きっと早速伯爵のもとへ向かうのでしょう。とりあえずこれで一件落着、と私は胸を撫で下ろしたのでした。






「鏡よ鏡、鏡さん。お父様に借りた本を全部読んじゃったのだけど、もっと外国のことを知りたいの。どこに行けば良いかしら?」


 どうやらそうは問屋が降ろさなかったようで。10日程してエミリアお嬢様はまた、私の前へやってきました。


「おや、もう読んでしまわれたのですか?」

「ええ、とっても面白かったわ。それに他にもいくつか本を借りて……世界にはいろんな国があるのね」

「それはもう……広いですから。それでーーもっといろんな本を読みたいのでしたら王宮図書館に行ってみられては?」

「王宮図書館? あの城の東塔にある?」

「えぇ、あそこはこの大陸でも随一の蔵書数を誇ると言います。伯爵令嬢のあなたなら、簡単に入れますし、司書の方に聞けば、必要な本をおすすめしてもらえるでしょう」


 王城には何度か行ったことのあるエミリアお嬢様ですが、図書館にはまだ行ったことがないご様子。私の提案にお嬢様は目を白黒とさせた後、パチリと見開きました。


「図書館ね。分かったわ! お母様にお願いしてみるわ。侍女を連れていけばきっと許してくれるわよね」

「えぇ、きっと」


 エミリアお嬢様が急にお勉強に目覚めたことを、伯爵夫人が驚きつつも喜んでるのを知ってる私は、そう笑って彼女を見送ったのでした。






 それから、というものエミリアお嬢様は人が変わったように勉強に励むようになりました。


 最初は語学。そして他国のことを学ぶにはまず過去を知らなければ、と歴史。さらに外交に興味がでてきたから、と政治。


 それだけではありません。たくさんの人の話を聞きたいから、と社交界で必須のマナーに、これもまた大事なダンスも頑張ります。


 そうして、5年。社交界入りを目前に控えたエミリアお嬢様はすでに、「美しく聡明な伯爵令嬢」とあちこちで噂されていました。


 そんなある日、久しぶりに私はエミリアお嬢様がパタパタと廊下を走る音を聞きました。


「鏡よ鏡鏡さん。王宮図書館でいつも親切にしてくれる若い司書の方がいるんだけど、実は彼、王太子殿下だったらしいの。変装してよく図書館に来てたらしくて、よくお話してたんだけど……私を妃にしたいって!」


 あっーーついに疑問形ですらなくなりましたね。

 ……それはさておき。


 エミリアお嬢様が仲良くされている若い司書がいること。彼こそが彼女に勉学の道筋を教えた人物なことは知ってましたが、まさか王太子殿下だったとはーー正直驚きです。


 思い起こすと、我が国の第一王子ウィリアム殿下は絵本に出てくるような美丈夫ですが、それ以上に『本の虫』で有名です。


 自由時間はよく図書館に入り浸っている、という噂の彼はそこでエミリアお嬢様に出会い、見初められたのでしょう。


 彼女がしてきた勉強がある意味で『妃教育』だったことはこの際指摘しないことにして、私は努めて柔らかい声を出しました。


「とにかくエミリアお嬢様、落ち着いて。それは決定事項なのですか?」

「いえ、まだ殿下と私しか知らないわ。殿下がまずは私の答えを聞いて、それからお父様に話をするって」

「それは誠実ではありませんか。殿下なら外堀から埋めてしまうこともできるでしょうに」


 実際、この国の結婚はまだまだ親同士が決めるもの。王太子が、周囲の大人たちにこのことを漏らしてしまえば、すぐに2人の婚約は既成事実となってしまうでしょう。


「それでエミリアお嬢様はどうされるのですか? でも王子様に見初められるのが夢だったでしょう?」

「ええ、そうよ。でもお妃は殿下のことが好きっ、ていう気持ちだけでなれるものではないわ」


 そう言ってエミリアお嬢様は少し顔を伏せられます。なるほど……賢くなられたからこそ、少し自信を失っておられるのかもしれませんね。


「ですが、お嬢様も素晴らしいレディではありませんか」

「そうかしら……お世辞でも嬉しいわ」

「まさか!? 本心です。それに時間もあるのでしょう」

「えぇ、少なくとも私が18になるまでは待つつもりだって。その間に妃教育がなされる予定だそうだわ」


 なるほど、やはり殿下は誠実な方なようです。ある程度余裕を持って結婚が出来るように、早めに求婚されたのでしょうーーただ他の方に取られたくないだけかもしれませんが。


「お妃は生半可な気持ちではなれない。そのことがわかっていればとりあえずは充分ですよ。それより大事なのはエミリアお嬢様のお気持ちです。どうなのです? 殿下のことは」

「……好きよ。だって殿下といると楽しいし、なんだかとっても居心地が良いの」

「でしたら……ね?」


 名言はしませんが、軽く背中を押すことにはします。エミリアお嬢様は聡明ですから、あとは自分の中で答えを見つけられるでしょう。それに、噂に聞く通りの殿下なら、きっとエミリアお嬢様を支えてくれるはずです。


「そうね。そうよねーー分かったわ。もう少しだけ考えてから、殿下に返事をするわ。ありがとう鏡さん」

「お安い御用で」


 私の返事にエミリアお嬢様はにっこり微笑み、それから部屋を出ていきます。その後ろ姿は昔に比べて、随分と大きくなっていて、私は少し寂しくなってしまうのでした。






 結局エミリアお嬢様は王太子殿下の求婚を受け入れられました。エミリアお嬢様の社交界デヴューと同時に発表された婚約。社交界が大騒ぎになったのは記憶に新しいところです。


 それから、というものエミリアお嬢様が私のもとに来る機会はぐっと減りました。


 もちろんたまにはいらっしゃって惚気や……たまには愚痴も零していかれます。


 エミリアお嬢様が読んだ小説のヒーローについて殿下に熱く語ったら、殿下の機嫌が急降下して、喧嘩になった、と聞いた時にはどんな顔をするか迷ったものですね。


 そんな話は一旦置いておいて、もとより忙しくされていたお嬢様はお妃教育に社交に、とさらに忙しくなりました。


 ーーただお嬢様が私のもとにいらっしゃらなくなった理由は別にあると思います。……きっと自分の心の内を打ち明けられる相手が出来たからでしょう。


 私のもとにお嬢様がいらっしゃるのは決まって、お嬢様が困った時、落ち込んだ時、怒った時。そんな時、私以外に頼る人が出来たのなら、こんなに嬉しいことはありません。


 えっ! 泣いてませんよ。……結露です。






 そうして数年。ある日とても晴れやかな顔をしたお嬢様が、私のもとへいらっしゃいました。


「鏡よ、鏡。鏡さん。あなたを王宮で開かれる結婚式に連れていきたいのだけど、どうかしら?」


 おや、ついに日取りが決まったのですね。それは伯爵家が慌ただしくなるはずですーーで、私を招待!?


「そうよ、だって鏡さんは大事な家族だもの」


 家族……そうですか、家族。あっ! でも駄目です、ストップ。


「気持ちはとても嬉しいのですが、残念ながら……私はここで留守番させていただきます」

「そう? やっぱりこの屋敷からは動けないの?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……ほら、そもそもエミリアお嬢様のように私と喋れる人は貴重でしょう? それでなくても万物を知る魔法の鏡、なんてものは使いようによっては危険なのです。あまり多くの人に教えるべきではありません」

「あっ……確かに……」


 まったく……。


 そうなのです。本来はとんでもない可能性を秘めた私の力。その力によって身を滅ぼした人も数知れずいます。


 が、このお嬢様ときたら私に聞くのは


『今度殿下に会う時はどんなドレスが良いかしら?』

『初めての誕生日に渡すプレゼントは何が良いと思う?』

『ケーキを作って差し上げたいから、レシピを教えて』


 ……何か間違っている気もします。


 とはいえ、そんな欲のないお嬢様だからこそ、私も安心してこの力を使えたのです。ようやく手に入れた安住の地。わざわざそれを乱すこともありません。


「ね、そうでしょう? なので私はこれからもこの屋敷にいます。まあ……お妃様だとそう簡単には実家にも帰れないでしょうが、たまには戻ってきて愚痴でも聞かせて下さい。そうすれば私も安心出来ます」

「……鏡さん。分かったわ! いっぱい惚気を聞かせてあげる」


 それじゃあ、予定が詰まっているから、と踵を返すエミリアお嬢様。


「ついにエミリアお嬢様が結婚か……」


 私は思わずそう零していたのでした。

 ーーだから泣いてませんよ。結露です!






 そんなこんなあって王太子殿下と結婚し、やがて王妃になったエミリアお嬢様。


 外交に注力し、各国の王族から信頼された2人は賢君として、王国のさらなる繁栄の礎を築きました。


 そしていつまでも幸せに暮らしました。


 一つだけ予想外だったこと、といえば、彼らの間に生まれた王子と姫。2人は共にエミリアお嬢様の能力を継ぎ、私と話すことが出来たのですよね。


 事あるごとに私のもとへやってきては、質問を重ねる兄妹。私にはまだまだ隠居生活はやってこないようです。

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