エピローグ.出会い
浮上する意識とともに、ゆっくりと目を開いていく。途端に差し込む眩しい光に顔をしかめ、とっさに手を目にかざした。
ゆっくりと起き上がりながら、辺りを見回す。そこは風に吹かれてたなびく草花が青々と美しい、広大な草原だった。
――まさか!
わたしは勢いよく立ち上がると、興奮冷めやらぬ状態で辺りを見回した。
まったく覚えもない、見知らぬ土地。ふと見下ろす自分の姿は、今日着ていた好きなバンドのライブTシャツにデニムという酷く見慣れた装いだ。
「おいおい、マジかよ!こんなことマジであんのかよ!」
意識を失う直前の記憶は、暗闇の中突然飛び出してきた大型バイクが自分に向かってくるところだ。
出かけていた帰り道、もうすぐ家に着くという曲がり角からその黒い塊は現れた。
スマホを見ながら歩いていた自分は反応に遅れ、気づいた時にはもうどうすることもできないような状態だった。
恐らく、いやきっと、自分はあのバイクと衝突したのだろう。だが目覚めたら、見知らぬ大自然の中にいた。
「あの世…じゃないだろ?ってことはトリップだよな!?」
自分の感覚が、これまで生きてきた時となんら変わりがないことに、自分は死んでいないはずだと妙な確信があった。
正確には元いた場所の自分は死んでしまっているのかもしれないが、今この場にいる自分は間違いなく生身の人間のはずだ。
「どんな世界なんだ?魔法があったりすんのか?もしかしてモンスターが襲ってきたり…」
これまで散々読み漁ってきたトリップ小説たちが頭の中を駆け巡る。
この時のわたしは、見知らぬ土地への恐怖心よりも、小説のような心踊る展開に胸を高鳴らせていた。
今思い返してみれば、とにかく浅はかで、客観的に見た自分の言動は実に小っ恥ずかしい。
だがわたしはかつての自分の姿を、何の偽りもなくありのままに記そうと思う。それは正直、自分のいたたまれない言動の数々、いわゆる黒歴史をさらすことになるので、羞恥心でのたうち回りたくなるほど気が進まないのだが、これはわたしの贖罪であり、使命でもあると思っているので、心してかかりたい。
「可愛い女の子とかいたらいいな〜」
猫耳の子とか、と誰もいないという開放感から恥ずかしげもなく願望を口にする。とにかくこの時のわたしはファンタジー世界への憧れが強かった。どんなチートが自分に備わっているのか、わくわくと逞しい妄想を膨らませていく。
とりあえずこの場に留まっても何も起こりそうになかったので、あてもなく歩み始めた。草原の先には森らしき木々が茂った場所があり、その前には川が流れている。ひとまずはその川を目標にしよう、と草原を進んだ。
獣道もないその草原から、人通りはまずない場所なのだろうということが見てとれた。今のところ動物の姿すら見ていないが、鳥のさえずりは聞こえてくるので何かしらの生き物はいるはずだ。
川の向こう岸を見つめながら歩み続け、ふと木の合間に何かの影が横切ったような気がした。
注意深く目を凝らしながら、次第に強く脈打ち始める心臓に気持ちがはやる。握り締めた拳には汗が滲んでいた。
「人…か?それともモンスターだったらどうすっか…」
今現在、自分の体に特に変化は感じない。何か特別な力が宿っているような気もしないことから、ピンチに力が覚醒する系か?なんてますます期待に胸が高鳴った。
横切ったと思った影は、木々の合間に姿を現しじっとこちらを見つめている。
あれは間違いなく、人だ。それも女の子だ!
「おーい!ちょっとききたいことがあるんだけど!」
わたしは喜びに頬を緩ませながら駆け出す。次第にはっきりとしてきたその姿は、白い服に身を包んだ少女だった。
「マジか…!めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
内心でガッツポーズを決めながら、小さな声で呟く。
じっとこちらを見つめている少女は、豊かな黒髪を背まで流し、化粧気のない、それでも艶やかで白く輝く肌を持っていた。手入れをしていないだろう凛々しい眉も、意志の強そうな目元も、きつく結ばれた型の良い唇も、すべてが完璧な配置でその顔に並んでいる。これまで出会ってきた中で、間違いなく一番美しいと言っても過言ではない可憐な乙女だった。
「僕、目が覚めたらここにいてさ!ここのこと何もわからないんだ!できたら色々と教えてほしいんだけど!」
川岸まで辿り着き、ごつごつとした石を踏みしめながらできる限り向こう岸に近いところまで進む。
何も言わず、表情も変えずにこちらを見ている少女に、もしかしたら言葉が通じないのではと気がついた。一見日本人に近しい容姿の彼女に、てっきり言葉が通じると思い込んでしまっていた。
「あー、えー、もしかして言葉、通じてない?マジか、どうすっかな」
途端に困り果ててしまったわたしは、ガシガシと頭を掻きながら必死に考えを巡らせる。
「英語か?ハロー!」
少女の変わらぬ様子にわたしはますます焦る。
「他はなんだ?えー、ニーハオ!…じゃあ、ボンジュール!…他は?なんかあったっけ?」
「…君は、どこからやって来た?」
突然聞こえた、耳を撫でるような心地良いソプラノの声。
見つめる少女は、先程までと何も変わっていない。だが間違いなくこの少女が自分に声をかけたはずだ。
「こ、言葉通じてる…!?」
「わかる。君の言葉は少し濁ってはいるけど、意味は通じてる」
少し気になるワードはあったが、とりあえず会話ができることにほっとする。
「良かったー!いやマジでちゃんとキーパーソンに会えてほっとしたわ。よし、これは幸先いいぞ…!」
今振り返ってみれば、自分の発言が痛くて仕方がない。だがこんな過去の自分さえも受け入れて、肯定できるようになったのは、間違いなく彼女との出会いのお陰だ。
「僕は伊崎大和!君は?」
「大和…?」
少女はこれまで変えることのなかった表情に、わずかに驚きの色を浮かべた。目を少し大きくして、こちらを凝視してくる。
その眼差しの強さに、わたしはたじろいだ。かつてこんなにも強い眼差しで自分を見てきた人はいない。表面的ではない、自分でもわからないのような奥底まで見透かされている、そんな気がした。
「ど、どうしたの?」
「君の名が大和なの?イザキというのは所属を表すもの…?それとも役割?」
「そ、そう、僕の名前が大和で、伊崎っていうのは苗字…えーと、伊崎家の人間ってことなんだけど…」
「イザキケ、というのは伊崎という同一の名を冠することでまとまった一族、というところ?」
「うーん、まぁそう、なのか…?家族は同じ苗字なのが一般的だけど…」
想定外の質問に、わたしは言葉を濁すしかなかった。苗字というものの概念を尋ねられても、これまであまりに当然のもので考えたこともなかったのだ。
「家族…ということは血族を表している…。なるほど、では大和、と呼ぶで問題なさそう。とても良い名、大和」
そう言った彼女は、ふわりと微笑んだ。その表情にわたしは惚けて言葉が出なかった。
とにかく美しかったのだ。それ以外にあの表情を表現する言葉が思い浮かばない。眼差しは温かく、まるで彼女自身が光輝いているかのように見えた。
きっと、この瞬間にわたしの心は奪われていたのだろう。
「わたしの名は――という」
「え、え?」
間抜けな顔をしていた自分がその言葉を聞き漏らしたのかと、その時は思った。
「――だ」
「え、ご、ごめん、もう一回」
「――」
彼女が何度、ゆっくりとその言葉を紡いでも、わたしの耳にその言葉を聞き取ることはできなかった。英語でも仏語でも露語でも、これまで耳にしてきたどんな音とも違う。同じように復唱することなど、到底できそうもない音だった。
「…そう、では、アマネ、これならどうだろう」
「わ、わかる!わかるよ!君はアマネ、だね!」
こくりと頷いた彼女に、心底ほっとした。
彼女の声は、この川越しであっても不思議なほどによく聞こえる。自分はかなり声を張って叫ぶに近い声で話しているのに、彼女は通常の会話と変わらぬ声音のようだった。
「えーと、アマネ、さん」
「アマネでいい」
「じゃ、じゃあアマネ、そっちに行ってもいいかな?色々と教えてほしいことがあって…」
その名を呼び捨てにすることに、胸が高鳴った。敬称がないことを許される間柄、それは特別な距離感を許されたに等しいと、青臭かった当時のわたしは思った。
そんな自分の気持ちの昂りを隠すように、わたしはアマネに問いかける。見たところそこまで深い川でもなさそうで、流れも穏やかだ。これならば問題ないだろうと、わたしはいそいそと靴を脱ぎ始めた。
「…いや、わたしがそちらに行こう」
アマネはそう言うと、軽やかに地を蹴り飛び上がった。そう、文字通り飛び上がったのだ。わたしにはそうとしか見えなかった。助走をつけることもなく、片足で地を蹴るだけでふわりと高く跳び、川のちょうど中間地点辺りにあった岩にちょいと片足をつけると、再び飛び上がってこちら側にやってきた。
着地も実に軽やかで、まるで風をまとっているかのようだった。アマネの白いワンピースのような装束が天女の羽衣のように舞い、裸足の足でほとんど音もなくわたしのそばに舞い降りた。まさしく舞い降りたという表現がぴったりだった。
涼しい表情のアマネは息一つ切らすこともなく、驚愕しているわたしを黙って見つめてくる。
「…す、すげぇ…」
人間離れしたその動きに、しばらく事態を飲み込めなかった。だが次第にわたしの中で興奮が高まり、鼻息荒くアマネに詰め寄る。
「今のなに!?魔法?それとも超能力とか?てかアマネは人間…だよな!?」
アマネは迫りくるわたしに少したじろいで身を引くと、ぱちくりとその目を瞬かせる。
アマネの瞳は黄色に近いような琥珀色だった。琥珀を陽にかざして透かし、そこに光を閉じ込めキラキラと輝いているような、そんな煌めく瞳。
「大和はできない?」
さも不思議だと言うようにアマネは首を傾げた。そうしてわたしの全身をさっと見渡すと、その顔をわずかにしかめる。
「…大和の身体は、ほとんど活かされていない。それ以前に、まったくと言っていいほど慈しんでいる様子がない」
「身体を慈しむ?…まぁ最近ちょっと夜更かしが多かったし運動はほぼしてないけど…」
少しバツが悪く、わたしは頭をかいた。見るからに健やかな身体を持っているだろうアマネを前に、自分のだらしない身体が恥ずかしくなる。
わたしの答えにアマネは静かに首を振った。
「わたしが言っているのはそういうことではない。大和の身体からは…何も伝わってこない。こんな状態のヒトは見たことがない」
「身体から伝わる…?何、僕の身体を透視できたりするの?」
「透視なんてしなくても感じることができる。だが大和からは何も感じない…まるで中身が空っぽみたい」
アマネは痛わしそうにわたしを見ていた。自分で自身の身体を見下ろし、そこに存在していることを確認する。心臓が脈打ち、温度があって、臓器がしっかりと詰まっているはずの自分の身体を。
「いやいやいやいや!僕ちゃんと生きた人間だからね!?怖いこと言わないでよ!」
「…これまで何を食べてきた?」
アマネは少し怖い顔をして、真っ直ぐにわたしの目を見つめた。アマネの眼差しは常に真っ直ぐで、わずかにも揺らぐことがない。それはわたしが長らく向き合ってこなかった真摯な眼差しで、思わず逃げるように目を逸らしてしまう。
「何って…普通に肉とか野菜とか…そういうこと?それともカップ麺とかの説明のがいいの?」
「ではその"かっぷめん"とやらについて説明してほしい」
アマネに請われ、わたしはその当時持ち得る限りの知識でしどろもどろながらもカップ麺について説明した。
アマネは神妙な顔つきでわたしの話を聞きながら、時折り簡潔な質問をしてくる。
なんとか説明を終えたわたしは、どこか誇らしい気持ちでアマネの反応をうかがっていた。カップ麺という、素晴らしい文明の産物は間違いなくこの世界に存在していないのだろう。
この後訪れるであろう展開に、わたしはただ期待していた。トリップものではこんなわたしの知識こそ、求められ、もてはやされるはずだと。
「…それは、食事ではない。そんな中身が空っぽのものを食べていれば、そんな風にもなるということか」
アマネの反応は、わたしが予想していたものとは真逆だった。どこか憂うような、悲壮感に満ちた目でわたしのことを見ている。
「えぇ?そりゃアマネには想像もできないものだろうけど…めちゃくちゃ美味しいし、簡単に作れるし、最高なんだって!今ここになくて食べさせてあげられないのが残念だな〜」
せめて旅行中で色々と荷物を持っているとか、買い物帰りだとか、そんな展開だったなら良かったのに。そんな風に、身にまとった衣服以外何も持っていなかった現状を酷く悔やんだ。
「…大和、君のいた地のことを教えてほしい」
「お!何が知りたい?学校のこと?それとも車とか!?」
わたしは待ってましたとばかりに俄然やる気になった。科学技術が発達し、文明の利器に溢れた世界を、誇らしげに語る。食に困ることもない豊かな世界、どこにいても小さな画面で繋がることのできる世界。そんな現代を、できる限り華やかに、夢を与えるように伝える。
その時わたしがそうして元いた世界を熱く語れば語るほど、アマネの顔が曇っていくことに気がついていなかった。途中からアマネは短い相槌を打ちながら、静かに目を閉じてどこかに思いを馳せていた。まさしく心ここに在らず、な状態だった。
そんなアマネの様子に、次第にわたしの中に面白くないという気持ちが芽生え出す。反応の良くないアマネに、こんなはずではないという自分勝手な感情が湧き上がってきたのだ。
「…聞いてる?アマネ」
あからさまに不満をはらんだ声にも、アマネは動じることはなかった。川辺の大きめの石に腰掛けて、じっと目を閉じている。
アマネから目を離せば、そこに彼女がいるのか、その気配を感じられなくなるほどに、その場に溶け込んでいた。呼吸の音すら聞こえないほど、その場に馴染んでいる、そんな言葉がぴったりだった。
「…大和」
しばらくの後、ゆっくりと目を開いたアマネは静かにわたしの名を読んだ。彼女のあの真っ直ぐな眼差しが、またわたしに突き刺さる。
「君は…わたしの、わたしたちの子孫なんだな」
「…は?」
アマネの目は嘘偽りなど微塵にも感じさせないほど、真摯で誠実な光を宿していた。その琥珀色の瞳に宿っていたのが、慈愛の念だと気づいたのはもっと後のことだ。
「大和のいた国、日本とは…日の本の国、すなわち日出ずる国…ここのことだ」
「え、いや、ちょ、ちょっと待って!こんな時代あったっけ…?え、いつ?」
アマネの導き出した答えに、わたしはたいそう戸惑い、慌てふためいた。まさか過去にトリップしたなどと、微塵も考えてはいなかったのだ。
「えーと?日本史はあんまり得意じゃないんだよな〜…なんとか京とかそういう頃?服装的には…もっと前か?邪馬台国とか?」
え、もしかして卑弥呼的な?と自身のひらめきにわたしは目を輝かせる。目の前の美しい人がそうだとしても、何ら不思議ではないと興奮を隠しきれなかった。
「おそらく君のいた頃からは5000年以上前になるだろう。君のわかる単位で言うならば」
「ご、ごせん!?それっていつ!?縄文とか?いや石器時代的な?マンモスとか獲ってた頃!?」
歴史に疎かった当時のわたしは、その途方もない数に度肝を抜かれた。
5000年以上前となると、縄文時代といわれている頃を指す。それは謎に包まれた、およそ1万年にもおよぶ、平和が続いた幻のような時代。
わたしたちはこの間のことを、ほぼ何も知らない。現代の学校で学ぶことは、ほんの数ページ、もしかしたらたったの数行かもしれない。だがアマネが生きたこの時代こそが、我々にとって学ばなければならない多くのことがある時代だったと、今ならば断言できる。
「マジかぁ…というかなんでそんなことわかるわけ?僕、歴史的な部分の話は全然してないけど」
この時点では正直、アマネの話は半信半疑だった。アマネの話が真実ならば、遥か過去の人物であるはずのアマネに、そんなことがわかるはずもないのだから。
「見た」
「…見た?見たって何を?」
「君がいた地を。その間の時を、見た」
アマネの言っていることがまったく理解できなかった。そしてしばらく無い知恵を必死に絞り、わたしが導き出した答えは、ふた通り。
「あーなるほど?やっぱここは死後の世界でした的なやつ?天界とか?それとも僕が知らないだけで日本にこんな場所があっただけ?実はしばらく行けばどっかの市とかに出たりすんの?何県だ?」
この時のわたしは、酷く落胆していた。ここが死後の世界だというならば、話は変わってくる。自分にとって憧れだったファンタジーの世界が、遠のいていくように感じた。
「わたしは間違いなく生きているし、大和もここにいて、生きている。ここにはあんな不自然な場所は存在しない。どこにも」
アマネは少しの揺らぎもない、はっきりとした口調で述べた。わたしはアマネが何かを強く言い切る度、その言葉に圧倒される。確かに何か、圧のようなものが飛んでくるのだ、アマネの言葉とともに。
「じゃ、じゃあ見たって何?電子レンジって何かわかるわけ?」
アマネに挑むように問いかける。
この時のわたしは、自分にとって都合の悪いことは信じたくなかった。それほどまでに、幼い心を持っていた。
「でんしれんじ、とはどんなところにあるもの?」
「…台所だけど」
「だいどころ、とは何をするところ?」
「料理だよ!ご飯つくるとこ!」
「ふーん…」
アマネはくるりと目を回して、少し思案顔をする。
「そこには色々と…鉱物を変形して作ったようなものがある」
「鉱物を変形…って金属でできた器械のこと言ってる?」
「ひときわ目立つのは、中に食物などを入れている大きな箱」
「…それは、冷蔵庫、のことかな」
「それでないならば…水が出てくる筒のこと?」
「いやそれはたぶん、蛇口?」
そんな調子でアマネは、台所にあるものを片っ端からあげていっているようだった。まるで目の前にどこかの台所が見えているかのように、細かにその造形を説明していく。
「いや、そういうんじゃなくて…四角い箱で、扉がついてて、中に食べ物入れるやつ」
少し冷静になったわたしは、自分の質問の無謀さを知った。アマネに対して意地の悪いことをしてしまったことに、少しの罪悪感を覚え、助言を加える。
「何かを押すと、中が光るものを言っている?しばらく経って出てきたものは…熱を帯びてる。これは…命を奪う道具…?」
「いやいや、違うよ、冷めちゃったご飯をあっためて、できたてみたいに美味しくすんの!今はこれの中に冷凍のパスタとか入れたら、それだけですんげー美味しいもん食べれるんだよ!」
アマネは電子レンジの説明を聞きながら、眉をしかめて険しい顔をしていた。
この時、まだ5000年以上も過去にいるのだということは信じられていなかったが、アマネが何らかの特殊な能力を持っていることはほぼ信じていた。
「というかほんとに未来を見れるなら、それこそ超能力者じゃん!その力があれば、こんな時代あっという間に抜け出して、日本は世界一文明の進んだ国になれるってことだよな!すっげー!」
わたしは酷く興奮して、早口にまくし立てる。魔法はなくても超能力があるならば、それは十分に自分の夢見た世界だ。
「いつでもどこでも見られるの!?」
「いや…大和がいた地点だから見られた。想像もできない、何の繋がりもない地点を意図的に見ることはできない」
「ふーん?にしてもいいな〜その力。僕にもできたりしないかな」
トリップしたのだから、何か特別な力が備わっていてもおかしくはない。自分の未知なる力は何なのか、再びわたしの願望は加速した。
「大和にもできるはず」
「え!?マジで!?」
アマネはこくりと頷く。
「ただ、今の大和には難しい。本来ヒトには分け隔てなく与えられている力だから、誰にでもできる」
その言葉も、これまでと同様にその視線と同じで真っ直ぐだった。
わたしの中で気持ちが高ぶり、その輝かしい力への思いが一気に加速する。
「教えて!僕にもできるっていうなら!」
「かまわないが…とても、時間がかかると思う」
「いい!いいよ!どれぐらいかわかんないけど、別に仕事もなんもないし!」
ここでは自分を縛る制約は何もない。アマネが許してくれるのならば、その教えを請いたい。切実に。
「ならばまず、その空っぽの身体を命で満たさないと」
そうしてすっくと立ち上がったアマネの後に続き、わたしは意気揚々と歩きだした。
これがわたしと、わたしの運命を大きく変えることとなった祖先、アマネとの出会いだった。
ここからわたしは、アマネと長い時をともに過ごす。その間彼女から学んだことの多くは、わたしに計り知れないほどの恩恵を与えてくれた。そのお陰で間違いなくわたしの人生は、信じられないほど豊かなものとなったのだ。
アマネから学んだことのすべてを、わたしは現代に生きる多くの人々に伝えなくてはいけない。これはわたしの使命だ。
今はまだ、わたしの中でアマネの話を理解し切れていないものも多い。だが現代で得た知識でわかった部分も多々ある。わたしなりの解釈を添えて、できるだけ多くの人がアマネの話を理解できるように記していきたい。
執筆などこれまでしたことがなかったが、上手い下手は置いておいて、この文を書くことは不思議と苦ではなかった。まるでアマネが導いてくれるかのように、わたしの手はどんどんと動くのだ。
現代に戻ったわたしは今もなお、そうしてアマネと繋がっているのだと、折々で感じる。
取り急ぎ、アマネからこの時代に生きる人々に伝えてほしいと言われたことがある。
「今、深い闇に心が沈み、孤独や絶望を感じているのなら、君は独りではないのだと思い出してほしい。例え君と血肉を分けた両親が君を愛していなくても、君へと命を繋いできた我々は、君を愛している。わたしの命を、わたしたちの命を継ぐ愛しい子どもたちよ、わたしは君の誕生を喜び、この命が繋がっていることに至高の喜びを感じている。わたしたちは繋がっている。君の中で。果てしない数の命の奇跡で繋がっている。どの瞬間もともに在り、悲しみ、喜びを分かち合っている。忘れないで、君は独りではない。わたしが、わたしたちが常にともに在り、君を愛している。…愛している、わたしの宝、君という魂を」
そして、わたしからも伝えたい。ファンタジーを夢見て、異世界に夢を馳せる同志たちに。
わたしたちのこの逞しい妄想力こそ、無限の力を秘めた、可能性の宝庫!今この時代を、世界を平和へと導くために必要な力!
なぜわたしがこの場を公開の場として選んだのか、それは君たちにこそこの話を伝えたいと思ったからだ。かつてのわたしと同じようにファンタジー世界に心躍らせ、目に見えない力に憧れを抱いた君たちにこそ伝えたい。
わたしもまだすべてを理解し、その力を得られたわけではないが、着々とかつて理想とした自分に近づきつつある。
今のわたしには動物と心通わせ、虫と共生し、草花から力を得る力がある。そして時に、未来を夢に見る。
これは何も特別なことではない。君たちにも備わっているはずの力だ。
かつて無知で何もできなかったわたしが、アマネから多くのことを教わりここまで変わることができたのだから、君たちにできないはずなんてない。
その術は何も難しいことではなく、どれもこれも至ってシンプルだ。
ただ我々は思い出していくだけでいい。かつて自然と共生し、長きに渡る平和の世を過ごした記憶を。アマネたち偉大なる祖先から引き継がれている、和を尊ぶ気持ちを。すべては君の中に、すでにある力なのだから。
わかるはずだ、君ならば。これから綴る数々の話が、嘘偽りのない真実だと。心のどこかに疑う気持ちがあっても、奥底の深いところで、すとんと腑に落ちる経験を多々するだろう。
それは決して君が騙されやすいわけでも、現実が見えていない痛い人間なわけでもない。君の中の眠っていた記憶が蘇っているだけだ。
ただ、その時芽生える興奮は、落ち着くまで留めておくことをおすすめする。興奮のままに誰かに語ることは、あまり良い結果を生まない。…これはわたしの経験談だ。
じっくりとその気持ちを君の中で吟味すること、それが大切。そうしてじわじわとその感覚が自然に満ちる頃には、君の意識も、見える世界も変わっていることだろう。