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第七章 試験終了、そして ①

 試験五日目。


 この日は、特に事件は起きなかった。

 起きようがない、とも言えるけど。


 昨夜、あのあと取引ルームで無事に解答を九つ手に入れた僕たちは何か行動に出る必要はないし、足利グループは、七つの解答を試験終了までに契約した受験生へ教えて回るので一杯一杯だ。

 面倒な解答の取り扱いルールのせいで、効率よく進んでいないらしい。


 契約者への共有に必要だと思って、僕たちが交換した解答六枚も、足利グループに返している。

 こちらとしては、解答の内容さえ見られればそれでいいし。


 もう、途中失格の心配もない。

 だから僕と柊はこの日、特に何も示し合わせてはいなかったけど、別行動をとっていた。

 

 柊は、失格にならないギリギリまでベルノを消費して何やら高級そうな食材を買い込んでいるのを見かけた。

 もしかして、あのカップ麺の量ですら、まだ我慢していたんだろうか。

 

 僕も僕で、節約しすぎていて栄養が足りていないのか、身体が重かった。

 フェリスとの約束もあるし、試験終了の一五時までコテージで腹を満たしては怠惰に過ごしていた。


 そして、試験終了の鐘が鳴る。

 ぞろぞろと、スタート地点の南西ブロックに集まる受験生たち。

 その顔に、不安の色は微塵もない。契約した受験生は、全員足利から解答を教わったようだ。


 不正防止のため私語を一切禁じられたままビオトープを出て、そのすぐ隣の建物に誘導される。

 そこがペーパーテストの試験会場だった。


 そのまま一五分でテストを終え、受験生は会場の外へ追いやられた。

 答案はすぐに採点され、この場ですぐに合否が言い渡されるそうだ。


「あ、柊」


 人だかりの中に、見慣れた銀髪の少女を見つけた。

 赤く染まった毛先は、全体の半分ほどの長さだ。

 心なしか光沢が鈍り、毛先がパサついて広がっているようにも見える。やはり、ダメージは隠せないみたいだ。


「神代くん。無事、終わったわね」

「まだ早いよ。ここで合格しても、まだ面談があるんだよね?」

「ええ、そうね。まぁ、よほどそこで落とされると言うことはないと思うけれど」


 どこもかしこも、僕たちみたいにわいわいと雑談しているようだ。

 その声色は、弾むようだった。誰も彼も、日本一の難関とも言われる試験をパスできたことで、高揚を抑えきれないのだろう。


「――お疲れ様でした、神代光輝さん」


 そんな喜色に満たされた空間に似つかわしい、低く冷たい声が僕を呼んだ。

 考えるまでもない。足利だ。


「柊雨凛さん、アナタもですよ。入学したら覚えておいてください。ボクは六万ベルノを残して全問正解――一位報酬で特待生入学です。一般入学のアナタたちなど、すぐに退学に追い込んでやりますからね」


 僕より頭半個分は高い位置から、殺し屋のような目つきで告げる。

 彼の後ろでは、小野寺や内海を含む四人の取り巻きまでもが、敵意に満ちた顔で睨んできていた。


『え、ええっ!? ちょっと待ってミツキ!? キミ、特待生合格はどうしたんだい!? このままだと死んでしまうよ!?』


 フェリスが慌てた様子で僕の肩を掴む。

 ちょうどその時、赤川先生が建物から出てくるのが横目で見えた。


「……結果が発表されるみたいだよ」


 赤川先生はマイクを持ち、ボンボン、と叩いて音量を確認した。


「受験生の皆さん、五日間お疲れ様でした。ではこれより、試験結果についてお伝えします」


 赤川先生は、片手で黒いバインダーを見ながら話す。


「総評については……まぁそんなことより合否が知りたいですよね。では早速、発表します」


 僕の隣で、足利が不敵に笑う。

 そして。




「一位。神代光輝。九点満点。残ベルノ、一万九六〇三」




 ざわっ! と空気が震えた。

 どよどよと不穏な声がこの場を満たす。

 大多数の受験生は足利と僕たちとの間で交わされた取引を知らないため、足利が七問正解で、残ベルノの差で特待生を掻っ攫うものだと思っていただろう。


 だから、この動揺は自然。

 異質なのは、すぐそばで呆然と佇む足利だった。


「――は?」


 魂が抜けたような顔だった。この結果を受け入れられていないのだろう。

 いや。それ以前に、理解ができていないのだ。

 僕が、六万ベルノ以上を残す彼自身を押しのけて、一位の座を射止めたことの。


「じ、神代さん、これはどういう――」

「二位」


 震える足利の声は、続けられた赤川先生の発表に遮られる。


「柊雨凛。九点満点。残ベルノ、七五〇。以上、()()()()()


 ほんの一瞬。しぃん……と時間が止まった。

 そして次の瞬間には、五〇人分の絶望が噴出した。

 声にならない喚声。崩れ落ちる者、泣き喚く者、赤川先生へ殺到する者、怒りに任せて足利の名を叫ぶ者。阿鼻叫喚の嵐だった。


「このムシケラッ! 何をしたのですッ!」


 足利が、僕の胸ぐらをガッと掴む。血走ったその目は、殺気だけで人を殺してしまいそうだ。

 彼の元へ数人の受験者が怒りの形相で詰め寄る。 

 契約違反だなんだと彼を責め立てるが、彼は「黙れ!」とそれを一蹴。ただならぬ様子の足利に、彼らは一歩引いた。


「どうしてボクが不合格なんです。どうしてアナタたちだけが合格している!」

「本当は、気づいてるんでしょ?」


 あの聡明な足利が、僕と柊だけが合格すると言う不可解極まりない状況に対して、なんの推論も浮かんでいないとは思えない。

 頭のどこかでありえないと切り捨てながらも、一つの可能性に及んでいるはずだ。

 そして多分、それは正解だ。


「昨日の夜。君たちに渡した三枚の解答は――偽物なんだよ」

「ふざけるな。そんなことあるわけがありません。あの解答は他と同じく手書きでしたが校印は捺してありました。あれが偽物なはずが――」


 言うと同時、僕の胸ぐらを掴んでいた足利の手から力が抜ける。

 解放された襟元を振るようにして、僕はジャージのズレを直す。


「……まさか、偽造(つく)ったのですか」

「御名答」


 間に入ってきた柊が、ソレを足利へ見せつける。

 その、消しゴムを削って造った、簡易的な判子を。


「まともな刃物がなくて苦労したけれど……受験生を騙す程度の精度のものなら、容易に作れるわ」


 そう、柊には昨日の時点で、もう一つ仕事を頼んでいた。

 それが、問題文は同じで答えだけが異なる、偽の解答を作製すること。

 そのために必要な、判子の偽造から、全部。朱肉を注文して持っていたのは幸いだった。


 つまり、昨日の足利との取引が成立し、渡したのは偽の解答。

 騙されたことに気づかないまま足利グループが受験生に解答を七つばら撒いたのが、この惨状の原因だ。


「文書の偽造は、法に触れるでしょう……」

「そうね。不正行為(イカサマ)として発覚したら、泣いたのは私たちだったでしょうね。――でも、そうはならなかった。これが全てよ」


 柊は「大体、」と呆れるように続ける。


「どうして、あなたからベルノを巻き上げた後、わざわざ『購入者の変更』なんて面倒な手続きをしたのか、疑問に思わなかった? ベルノをあなたにそっくりそのまま返した方が、双方共に手間が減るはずなのに」


 柊の発言に、足利の目がギンと見開いた。

 そのまま、幽霊でも見たような顔で呟く。


「本物の解答が、ボクに渡るのを防ぐため……」

「そういうことよ」


 言って柊は、ジャージの中から折り畳まれた白い紙と茶封筒を取り出した。

 その数は、四つ。僕たちが元々持っていた本物の解答の紙三つと、昨夜購入者を変更したことで新たに手に入れた茶封筒の解答一つだ。


「本当は、解答を一つ偽物にするだけにしようと思ってたんだ。僕は、特待生になれさえすればそれで良かったからね。――だけど、やっぱり君には落ちてもらおうと思って」


 自分より背の高い足利を、だけど見下ろすように、冷たく言い放つ。


「僕は、仲間を探しててさ。学校生活を、その後の人生を一緒に戦ってくれる、背中を預けられるような信頼できる仲間をさ」


 それこそが、僕の入学後の目標。

 正体のわからない謎の組織を迎え撃つための布陣を整えること。


「でも、君だとそれは無理だよね。確実に、僕の前に立ちはだかってくるよね。君はすごく頭が良い。統率力もある。それは面倒だ――だから、摘んだ」


 足利の後ろで、小野寺が膝から崩れ落ちた。

 取り巻きも、足利自身も、一言も言葉を発せないでいる。


「僕たちは全力で戦った。それで、君は負けたんだ。()()()()()()()()()()()()、許して欲しい」


 あれだけ荒れていた一帯は、水を打ったように静まり返っていた。

 場が収まったのを確認してか、赤川先生がマイク越しに報告を再開した。


「あー、試験結果について、個別に対応は致しかねますのでご了承ください。残念ながら不合格となってしまった方も、この経験を活かして、それぞれの道での活躍することをお祈り申し上げますね。では、合格者のお二人は、最後の面談をしますので、私についてきてください」


 僕は、柊と目を合わせると、軽く頷いた。

 そして、暴力的なまでの悪意の視線を浴びながら、その場を後にした。


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