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第六章 叛逆の四日目 ⑧

 足利は目を覚ました。

 窓を見ると、相変わらずの暴風雨だった。三日目までに降らなくて助かった。

 作戦は問題なく遂行できただろうが、雨に降られて泥だらけで走り回るのは、将来人を使う立場となる者の行動ではない。


 左手首に嵌めた腕時計を確認。

 時刻は一五時半。そんなに寝た気はしないが、二時間近くも眠っていたらしい。


「あーあー、かわいそうなことですね」


 玄関の外では、まだ哀れな人間が必死で救済を求めている。

 声がガラガラだ。まったく返事のなくなった足利に聞こえるように、命を削って頑張っていたのだろう。

 降り頻る雨に打たれながらも、諦めず。健気に、救いを求めて。


 だから何だ、という話だが。


 目下一番の問題は、時間潰しだ。

 このコテージは、人間が過ごす上で最低限のものは揃っているが、逆に言えばそれだけしかない。

 私物は取り上げられているし、昼寝をするにも限度がある。


「……チッ」


 スマホで内海へメッセージを送信するも、うまくいかない。

 大雨のせいで、電波が通らないのかもしれない。

 ベルノの授受は端末同士のやり取りであるため、注文した解答の購入には支障はないはずだが。


 本当に何もすることがない、という状況は久々だ。

 やはりコレは、退屈だ。自分を高めるわけでも、娯楽に興じるわけでもないこの時間は本当に無意味。

 投げ出したくなる。


 だが、それも二度と訪れない。

 試験が終わり、常盤城へ入学してしまえば、これまで以上に退屈しない時間を過ごせるだろう。

 無論、卒業した後も、だ。


 結局足利はその後も軽い筋トレをした以外はベッドで過ごした。

 一九時になったあたりで夕食を終え、その時を待つ。


 二〇時。

 合格に必要な最後のピースが届けられる、その瞬間を。


「……え、誰あんた。うわ、もう八時か……! あかん、帰らな……また、明日も、来るでな……諦め、へんからな……!」


 腕時計の針が一九時五〇分を指した頃、掠れた声で最後に宣言して、ドアの向こうの小日向がようやく帰っていったようだ。

 結局、一三時過ぎから七時間弱、ずっと大雨の中叫び続けていた。

 できれば、体調を崩してこのままリタイアしておいて欲しいものだ。


 束の間の静寂。雨粒が屋根を叩く連続的な音だけが部屋にこだまする。

 そして、その時が訪れた。

 安っぽい音のチャイムが、ようやく鳴らされたのだ。


 おそらく、小日向はその人影を遠くに見てコテージへ戻ったのだろう。

 腕時計を見て、眉を顰めた。


(まだ二〇時まで数分ありますね……)


 足利は玄関のドアスコープから来訪者の姿を確認する。

 暗くてよく見えないが、帽子を深く被ってジャージを着て、確かにこれまで注文した品を届けにきた人間と姿形は一致する。

 流石に、これが受験生の誰かということはないだろう。

 だとしたら作戦がくだらなさすぎる。


 足利はドアを開け、その男と対峙した。

 これまでの注文の時と同じように、その男はスマホを差し出してくる。

 その画面は、『ベルノ受信』。ここで指定の金額を払えば、注文の品を手渡してくるのが流れだが――


「あー、結局濡れてしまいましたね」


 玄関は向かい風になっており、雨が吹き込んでくる。

 わずかにある(ひさし)も、これでは意味を成さない。


「こんな天気にも関わらず配達なんて、ご苦労なことですね、係の方」


 見下すように言って、足利はスマホを操作。

 しかし、その動きは緩慢なものだった。


「おや? 全然反応しませんね。『ベルノ』を押したのに、『メッセージ』が開いてしまいました。ははは、これだから機械というのは困りますねぇ」


 やけに悠長な動きを見せる足利に苛立ったのか、配達の男はスマホをさらに突き出し、


「ベルノを支払ってください」


 低い声でそう言った。


「はいはい。やっていますよ。おやおや、水のせいか、うまく反応しませんね」

「ベルノを支払ってください」

「……さて」


 足利は、ドスの効いた瞳で男を睨みつけると、


「なにをそんなに急いでいるのですか」


 勢いよく、彼の帽子をはたき落とした。


「ねぇ、神代光輝さん!」


 姿を現したそのやや童顔な男は、丸い瞳を濃い絶望の色に染め上げて立ち尽くす。


「まさかとは思いますが、こんな方法でベルノを奪うつもりだったのですか? 確かに、ボクがベルノを奪われたら失格濃厚ですからね。……お粗末すぎて、涙を禁じ得ません」


 足利は、茫然自失といった神代の腕を掴み、そして嗤った。


「もう一、二分で門限です。アナタに帰らせる時間は与えません。今ここで死になさい」

「――! は、離せ!」

「五月蝿い。目障りなんですよ。もうすぐ解答を持ってくる教師が現れます。ついでに引き取られてください」


 足利は、足先を玄関の中に入れておきながら腕時計を確認する。

 足先さえコテージに入っておけばいいのは実証済みだ。

 でなければ、二〇時以降の注文品の受け取りがスムーズに行えない。


「三、二、一、……終了です」


 足利は、神代の腕を押すように離す。

 べちゃ、と水溜りに沈むように尻餅をついた神代からは、一切の生気が失われていた。

 土砂降りの雨が、その存在を洗い流すように彼に降り注ぐ。


「……惨めな男ですね」


 憐れみすら生ぬるいと感じる醜い様を見下ろしていると、雨音の中に、ザッザッという足音が混ざってきているのを知覚した。


 顔を悟らせないよう深く被った帽子からはみ出ている赤い毛先

 何度か注文したときに現れた姿と同じだ。

 間違いなく、例の赤川とかいう教師が、傘を差して歩いてきた。


「ベルノを支払ってください」


 死体のような神代を無視して、その女はあくまで事務的にスマホを差し出す。

 声も何回か聞いた赤川のものだ。間違いない。


 神代の作戦は、本当に稚拙だった。

 そもそも、門限が二〇時に設定されていて、注文した品が二〇時以降にしか届かないことの意味をまるで理解していない。

 これは、学校側の配慮。受験生が全員コテージに入った時間に受け渡しを行うことで、その情報の漏洩がされないように決められているルールと考えるのが妥当だ。


 つまり、何があってもその前に注文の品を届けに来ることはない。

 そこの前提を理解していなかった、神代の落ち度だ。


 彼にとっては、ベルノを騙し取ったあと、自分のコテージまで逃げ帰る時間が必要だった為この時間になったのだろうが、致命的に頭が悪かった。


 無様に放心する神代を尻目に、足利は『ベルノ送信』で百万ベルノを赤川へ送る。

 これで完了だ。


「残念でしたね、神代光輝さん。アナタが喉から手が出るほど欲しがった解答は、今七枚揃ってしまいました」


 神代は何も反応しない。

 心が折れている。面白くない。どうでもいいが。


「……で、解答はどこに? まさか、口頭ではありませんよね。他の解答と同じく校印の捺してある書類形式でないと、契約者たちが納得しません。早く寄越してください」


 足利は手を差し出す。しかし、目の前の赤川は何も動かない。

 ただ、その口元に歪んだ笑みが顕現していき、




「いいえ。拒否するわ。だってこのベルノは、足利くんが勝手にくれただけだもの」




 声が、変わった。

 どこか丸みを帯びた赤川のものから、冷たい芯の通った、あの女の声へ。

 その女は、笑みを絶やさぬまま、自身の帽子を投げ捨てた。


「ごきげんよう、足利くん。素敵なプレゼントをありがとう」


 柊雨凛。

 長い銀髪の毛先半分を赤く染め上げた、敵対してきた少女が正体を現したのだ。


「なっ、な……っ!?」


 あまりの驚きに、声すら紡げない。

 一方の柊は、細い指先を喉に当てて、苦しそうに軽く咳き込んでいた。


「けほっ……ふぅ、声帯模写は久しぶりね……変なクセが付いちゃいそう」

「アナタ、二〇時以降は外出禁止ですよ……何を、一体……何が……」

「ふふふ、まだ気がついていないのね」


 妖艶な笑みを浮かべる柊は、左手で雨が降る空を指した。


()()()()()()()()()()


 その手首には、試験開始時に支給された腕時計。

 そこで、足利は気がついた。


 午後になって、手持ちの腕時計でしか時刻を確認できていないこと。

 コテージに入る前、柊に左腕を掴まれたこと。

 そして、彼女はスマホを難なくスるほどの技術を持ち合わせていること。


「ボクの腕時計の……時刻を弄ったのですか。あの一瞬で」


「その通り。私はあの時、あなたの腕時計の針を一時間早めた。本当の時間は、ようやく一九時を回ったところよ。だから私は、何もルールに違反してはいない」

「……アナタの悪巧みも、ここまで来ましたか……」


 あまりの屈辱感に、奥歯が割れそうなほど噛み締める。

 一方の柊は、なんてことないように目を瞬かせると、


「いえ、この作戦を考えたのは、神代くんよ」


 無様に横たわっているはずの雑魚を指さした。

 足利は、指先から冷えていくような感覚を覚えた。


 雨に、空気に、そしてこの場に満ちる嫌な感覚に体温が奪われていく。

 死体のように座り込むその身体が、ゆらぁ、と起き上がる。

 その横顔から覗いたのは、冷たく、そして邪悪な笑み。

 それは、今までの神代光輝からは決して考えられない、捕食者の表情だった。


「……君は、人を見下す傾向があるからね」


 立ち上がった神代は、大雨に打たれながら話し続ける。


「自尊心を満たしてやれば、警戒が薄れると思ってたよ」


 ぞっとする目だった。

 それは確実に、目覚めてはいけない光だった。


 なんだこいつは。

 これは、絶対に神代光輝ではない。

 アレは、一体何だ?


「――まんまと、騙されてくれたね」


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