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第六章 叛逆の四日目 ⑦

「……まさか、やられましたかね」

「え?」


 足利が目をつけたのは、玄関前の汚れ。

 コテージは小さな(ひさし)が付いているものの、降り込むような風向きのせいで雨に濡れている。

 それは、シャワーのように玄関先を水浸しにして洗い流す勢いだ。


 だから、これはおかしい。

 靴底の溝の形をした土が、その姿を保っているなど。


 当然だが、朝六時に足利は玄関を通って契約場所へ向かっている。

 その時、靴底から剥がれ落ちた砂の塊が玄関先にそのまま残っている、という線は考えにくい。

 横殴りの雨が降り始めてもう四時間だ。どう考えても、雨に飲まれて消え失せているはず。

 となると。


「誰かが侵入した形跡がありますね。……柊さんですか」


 足利が外出している間、空き巣に入られた、と言うことだろう。


「う、嘘でしょ。そこまでする? 第一、法に触れる行為は失格じゃ……」

「発覚すれば、ですよ。ピッキングに時間が掛かればそれも露呈するでしょうが……この試験ではすでに四人、玄関前で扉が開かないと喚いていた連中がいます。彼らより時間が掛からなければ、ピッキングかどうかなど監視カメラでは断定できないかもしれません。おまけに、この悪天候ですしね」


 問題は、空き巣に入る動機だ。

 解答をコテージ内で保管している可能性に賭けた線も無くはないが、足利は持ち歩いているため空振り。

 視線誘導(ミスディレクション)による侵入を思いついている足利は、コテージ保管の安全性について信用していない。それが幸いとなった。


 しかし、彼女もそれついては考えが及んでいるはず。

 となれば、おそらくあれだろう。


「コテージへは家主を除き一日一人しかあげてはならない。あげた場合は、家主と二人目以降の入室者が失格……狙いはこれですね」


 ピッキングかどうかは判断つかないが、そいつがコテージに入ったという事実は流石に遠距離でも検知できる。

 となれば、ここで今から足利と梨花がコテージに入れば、二人ともルール違反で失格だ。


「……悪魔みたいな女ね」

「アナタの目の前にいる男の方が、よほど悪どいですよ」


 気になるのは、足利のコテージをどうやって特定したのか、だ。

 今朝の時点ではまだ知らなかったはず。

 でなければ、神代のコテージにいた小野寺をマークしていた説明がつかない。


 ……単純に、聞き込みでもした可能性が有力だ。

 昨日までとは違い、今では足利信臣の顔と名前をほぼ全ての受験生が把握している。

 となれば、たまたま見かけた『青髪の男が出入りしていたコテージ』を『足利信臣のコテージ』だと認識し直した受験生は少なからずいるはずだ。


 これが、柊雨凛の秘策。

 絶望的な状況から繰り出された、起死回生の一手。


「……面倒くさいですね」


 だが、それもあと一歩及ばずだった。


「というわけです。今日のところは帰りなさい、梨花」

「ウチのコテージに来れば?」

「向こうがピッキングの技術を持っている以上、家主以外の入室はどこでも危険です」

「なるほどね。じゃ、明日までのんびりくつろがせてもらうわ」


 言って、梨花は自分の傘を刺して、大雨の中コテージのある方向へ歩いて行った。

 足利は腕時計から鍵を取り出すと、鍵穴に差し込む。

 鍵は閉まっていた。当然だ。侵入しておいて鍵を開けっぱなしにしておけば、足利ともう一人を失格にする作戦など機能しない。


 足利は扉を開く。

 部屋の奥には、意外な人物が立っていた。


「やっぱりダメか。落ちてくれたら楽だったんだけど」


 薄暗い室内で音もなく佇んでいたのは、やや小柄な少年。

 今朝の時点で敗北が確定したはずの、神代光輝だった。


「当てが外れましたね。証拠を残すとは、アナタ方こそ詰めが甘い」

「未熟なのは痛感してるよ。今後は気をつけなくちゃ」


 足利は、小さな違和を感じ取る。

 神代光輝とは、それほど頭を使えず、想定外の状況や困難からはできる限り遠ざかろうとするタイプの人種だ。 

 それは、この三日間を見ていて手に取るようにわかる。

 こいつは、柊雨凛の手足。簡潔に言えば、小心者の指示待ち人間だ。

 ……そのはず、なのだが。


「まぁいいか。意趣返しがしたかったんだ。散々他人のコテージに上がり込んで受験者を蹴り落としてきた、君にね」


 その睨むような鋭い目つきからは、泥人形のような弱気が消え去っている。

 敗北の決定した負け犬がしていい表情ではなかった。


「……くだらない」


 しかし。それでも。

 足利は、その変化ごと全てを吐き捨てる。


「強がるだけで、思慮が足りていませんね。もし、昨晩から今朝にかけてボクのコテージに誰かが泊まっていたら、アナタは自滅でしたよ。ご自身が知らぬ間に綱を渡っていたこと、気づいてはいないでしょう?」

「何言ってるのさ。君が言っていたじゃないか」

「……何をでしょう」

「内海って女の子へ『おかげで昨夜は静かに眠れましたよ』って。つまり、君のコテージには誰も泊まっていなかった」


 足利は舌打ちをする。

 確かに今朝にかけて、足利のコテージには彼本人しかいなかった。


 そして足利たちは六時になった瞬間から、神代のコテージを避ける形で中央ブロックの東側へ向かい、非所有者との契約を始めて以降コテージには戻っていない。

 となれば神代は、自分が『コテージにあげられた二人目』である心配をしなくても良い。

 だから、何の憂いもなく空き巣に入ることができた。


「まぁどちらでも変わりませんよ。明らかなのは、アナタの策が失敗に終わったということ。これからどうしますか? 土下座して靴を舐めるというのなら、解答融通の話くらい聞いてやらないこともありませんが」

「死んでも御免だよ。君とは、取引をするつもりだからね」


 神代は、瞳の奥の攻撃性を崩さない。

 あくまで、負けを認めるつもりはないらしい。

 この後に及んで、このバカは何を言っているのか。


「始末に負えませんね。王と下民では土俵が違う。対等に取引がしたければ、同じ土俵まで登ってくることです。下民には敵わぬ夢ですがね」


 せせら笑い、足利は神代の背を押して出口へ追いやっていく。

 玄関を開け、豪雨が音を立てる外へ神代を押し出し、そして気がつく。


「……まったく。また来たのですか」


 玄関を開けた向こう側に、激しい雨に打たれながら一人の少女が立っていた。

 小日向陽毬。ついさっき食堂で絡んできた低脳だ。


「……あれ、神代くん。なんでこの人んとこにおるん? ……いや、いい。今はあんたに用はないんや」


 小日向は神代を避けて、足利へと一歩を踏み出してくる。

 万が一にもカミカゼの如くコテージの中に侵入してこないよう、足利は彼女の前に立ちはだかった。


「ボクの方は、アナタに用などないのですがね」

「勘違いせんで。別にウチは危害を加えたりしようと思ってるわけやない。……ただ、不安やってん」


 小日向は、不安そうに眉根を持ち上げながら、


「ごめんなさい。さっきあんたに絡んだのは、本当に解答を教えてもらえるのか分からんかったからなんや。……ウチのベルノ、二万渡す。やから、メッセージで回ってきた解答の件、ウチのもお願いさせて欲しい」

「要りませんよ」

「……え、はっ!?」

「何を驚いているのか理解できません。メッセージには書いてあったはずですよ。『明日の午前中にベルノを渡しに来い』と。もう必要なベルノは集まりました。今更気が変わったところで、それに応えてあげる義務も必要もどこにもないのですよ」


 突きつけるようにそれだけ言うと、足利は扉を乱暴に閉めた。

 これ以上会話を続けて、自棄になられてもメリットは一つもない。


『た、助けてくれへんの!? なぁ! お願い! ウチにも解答売ってや!』


 鬼気迫る声で、小日向は借金を取り立てに来たヤクザの如く扉を殴りつけてくる。

 足利は完全に無視して、濡れた靴を脱ぎ捨て、ベッドに転がった。


 外からは、情けない声が届き続ける。

 ここまで惨めだと逆にこちらが泣きそうだ。

 プライドも何もかなぐり捨てた愚図は、かくも醜いものか。


 大雨とドアを叩く雑音を無視して、足利は昼寝をすることにした。


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