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第六章 叛逆の四日目 ④

 中央棟を通り抜け、さらに東へ。

 東側の森に入るか入らないかという位置で、人だかりができているのが見えた。


「ちょっと」


 人だかりへ飛び込もうとした僕達の前へ、少女が遮るように飛び出してきた。

 それは、昨日購買で話しかけてきた、ポニーテールの少女だった。


「アンタたちはダメよ。そういう約束になってんの」


 猫のような強気な瞳が、僕たちを刺し貫く。足止めを命じられているのだろうか。

 と思ったその瞬間。


「そうだ! 去れ!」「さっさと消えろ!」「誰だあいつらに伝えやがったやつ!」


 僕達に気がついた受験生たちが、一斉に暴言を浴びせてきた。

 彼らの姿は、ひどく醜悪で。魔女狩りにでも遭った心地だった。


「柊。これって」

「言うまでもなく、足利くんの仕業でしょうね」


 億劫そうにため息を吐く柊。

 こうしている間にも、彼らのボルテージは上がっていく。

 この群衆をかき分けてその中心にいるであろう足利まで到達するのは、容易ではなさそうだ。


「ふふふ。まぁ待ちなさい。ボクは何もそこまで言ってはいませんよ」


 救いの手を出してくれたのは、意外な人物だった。

 その一声を皮切りに、僕達の前の群衆がモーゼの如く割れた。

 その先で、足を組んで王の如く君臨していたのは、当然、彼だった。


 足利信臣。

 内海ともう二人、小野寺以外の側近を従えて、彼はしたり顔で笑っていた。


「ボクがアナタ方へ送ったメッセージは『北東の所有者・神代光輝と東の所有者・柊雨凛にはこの内容を知らせるな』という事だけ。来てしまったものは仕方ありません。どうぞこちらへ」


 僕と柊は、出来上がった道を警戒しながら進む。

 誰も彼も、罵声を投げつけてきたとは思えないほど、顔には不安と焦燥がべっとりと張り付いている。


 一体どういうことだ。

 何なんだ、この集まりは。


「一足遅かったですね。まだ完遂はしてませんが、仕込みはほぼ終わらせていただきました」

「……何をしたんだ」

「簡単なことですよ。……梨花、見せてあげなさい」

 

足利が合図すると、彼の傍に立っていた内海が、一歩前へ出る。

 

「一人で五〇枚以上書くの大変だったんだからね」

「昨夜はありがとうございました。一人で籠って作業させてしまって」

「……別に。あんたら全員字ぃ下手だし」

「おかげで昨夜は静かに眠れましたよ」

「うっさい、バカ」


 内海は、一枚の紙を突き出してきた。

 思わず、目を見開いた。柊と目を合わせると、彼女も血の気が失せている。

 それは。昨夜柊も用意していたもの。

 ある決まり事が記された書類――契約書だ。


「こちらを使って、ベルノを徴収していたところなのですよ」


 その内容は、とても信じられるものではなかった。

 端的に言えば、『試験終了時までに足利が解答を七つ教える代わりに、二万ベルノと入学後に支給される学内通貨の半分を足利へ渡す』というものだった。


「ボクは解答を七つ渡さなければ失格。その制約を抱えている以上、彼らはボクを信用します。ボクは危なげなく合格でき、尚且つ大量のベルノのおかげで特待生入学。入学後の金までいただけるオマケ付きです」


 足利は、契約書を内海からひったくると、ひらひらと弄ぶ。


「とは言っても、入学後の学内通貨なんてないかもしれませんがね。そうなればこの契約書は、『明日には消失するベルノと交換で入学の権利を買う』という破格の取引です。まぁ十中八九、何かしらあるとは思っていますが」

「……試験後の約束まで、守る義理はないんじゃないのか」

「未成年が独断で結んだ契約であろうと、それがお小遣いの範疇で払える金額なら取り消しはできません。ボクは家柄、そういうのに明るくてですね」


 足利は不敵に笑う。それについて、僕達は判断できない。

 だけど問題なのは、それが判断できないのは他の受験生たちも同じということだ。

 判断できない以上、支払いが発生する可能性も否定できない。

 にもかかわらず、ここに溜まっている受験生たちは、その契約を結んでいるということになる。


 一体、どうして。


「大体、そっちのグループは、まだ六枚しか解答はないはずだ。残りの一枚はどうするつもりなんだ。そんな条件、どうしてみんな飲むんだよ」

「……くはは。わかりませんか」


 足利は、侮蔑するような黒い笑みで僕を射抜く。

 背筋が冷たかった。鋭利な金属が添えられているみたいだった。


「何のために大量のベルノを巻き上げてると思っているのですか? こんな、入試でしか使えないチャチな通貨を」

「……、」

「特待生入学なら、三万を超えれば充分です。しかし、ボクの手元に集まるベルノは百万を超えます。――決まっているでしょう。解答を買うのですよ」


 息が止まる。

 身体中が、一気に冷えていくようだった。


「明らかに過剰なベルノ。ボクは初日に確認しましたよ。『注文で解答は買えるのか』と。――買えるそうです。一枚百万ベルノで」


 受験者は六〇人。支給された総額は一八〇万ベルノ。

 つまりこれは、学校側も想定していて。そして、一度だけ許された裏技だ。


 脱落した三人、そして僕と柊。

 五人を除いた全員から二万ずつ徴収すれば、一一〇万――指定された金額を踏み越える。


「ということで、解答は六つ集めた時点で実質勝利なのですよ。なのにアナタ方ときたら、三枚あれば安心だとでも思いましたか?」


 嘲る足利に、なにも返せない。

 彼が改めて『持ち主登録』をしたのも、自分たちのグループは解答を六枚持っていると証明するため。


「あとはアナタ方の預かり知らぬところでこの方法を全員へ伝達すれば良い。友達登録した受験者にメッセージを転送させ、昨日のうちにほぼ全員へ行き渡らせました。これがマジックのタネですよ。楽しんでいただけましたか?」


 足利は、スマホの画面を見せつけてくる。

 それは、『ベルノ』の画面。

 残高は――八四万ベルノ。あと何人かと契約を結ぶだけで、百万に到達する。


 この人だかりの中で、まだ契約をしていない人間もいるかもしれないし、まだ数人の受験生がこの場へやってきている。

 もう、止められない。


「アナタ方が今日行動を起こすとしたら、小野寺さんを起点にすると思っていましたよ。だから彼には、ボクが合図するまでコテージから出るなと指示がしてあります。まんまと釣られてくれて助かりました」


 もう満足だろうと言わんばかりに、足利は犬でも追い払うように手を振った。

 柊の顔をチラと見やる。

 彼女は、悔しそうに口を真一文字に締めていた。


 僕は、何も言い返さずにこの場を去る。


 だけどそれは。負けを認めたからでも、後悔に苛まれているからでもない。

 確かに、状況は絶望的だ。このまま何もせず手をこまねいていては、敗北は必至。


 でも。だけど。

 だから、どうしたと言うんだ。


 僕は、徐々に空に溜まり始めた鼠色の雲を睨みつけ、そして少しだけ笑った。



 ――さぁ、抗おう。


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