第五章 慟哭の三日目 ②
結局、西ブロックも南東ブロックのどちらの解答も、足利グループのメンバーが獲得してしまった。
他の受験生も殺到する中、きっちり二つとも確保するのは流石と言うべきか。
おそらく、彼らも織田や佐藤から解答の隠し場所を聞いていたのかもしれない。
これで解答の数は、三対六だ。ダブルスコアで負けている。
一枚もない受験生よりは、マシだろうけど。
あたりに、声にならない声が響く。
きっと、解答の復活という千載一遇のチャンスを活かしきれなかった受験生のすすり泣く音だろう。
……いや、違う。あれは。
「小日向……」
クリーム色の短髪の少女、小日向陽毬が金網に背を預けて空を仰いでいた。
「……あぁ、神代くんか。昨日ぶり〜」
彼女はひらひらと手を振るも、その顔には覇気がない。
理由は、想像に難くなかった。
「おでんちゃんさ〜、失格になってしもた。あはは、アホやんな〜、お二人と手ぇ組んどけば良かったわ〜」
「……足利が犯人だって、確信があるの?」
「そんなんないけど……ウチを体張って助けてくれたお二人が、そんな残酷なことするはずないやんか。……現に、解答は足利くんのグループの子に取られてしもたわ」
金網にもたれかかる小日向は、何かを諦めたような薄い笑みを貼り付ける。
そうか。
彼女は。
織田紫音と共に奪われた解答を、取り返しにここまで来たんだ。
「あーあ、仇もまともに討てへんなんて、何でウチはこんなにどんくさいんやろ」
「……、」
「いつも大事なことは、おでんちゃん任せやった。声優目指そうって言ったんも、養成所から声が掛からんかったウチのために常盤城受けようって言ってくれたんもおでんちゃんなんや」
小日向は、膝を抱えてうずくまる。
その小さな背中は、ますます華奢になったように見えた。
「もう、夢は見るな、ってことなんやろか……」
「……そんな、こと」
「おでんちゃんな。足利くんから解答を七枚教えられたら、お二人にもこっそり教えてやれってメッセージしてきてたんやで。あの子、情に厚い、優しい子やねん」
その声が、徐々に弱々しく掠れていく。
「それなのに、なんであの子が落とされなあかんねん……」
僕には、彼女にかける言葉が見つからなかった。
柊は、僕の背中を突いてアイコンタクトを送ってきた。
確かに、今は彼女を放っておいた方がいいだろう。一人になりたいかもしれない。
僕と柊は小日向を置いて、その場を去った。
「……ねぇ、柊」
「何かしら」
僕の隣でお茶を口に含む柊は、心なしか声が低い。
復活した解答は二つとも足利たちに取られた。
最悪に近い現状に対して、苦々しい感情を抱いているのだろう。
「僕らと足利のグループ、あとは脱落した三人。それらを除くと、五〇人、解答を持っていない受験生がいるってことだよね」
「そうね。それがどうかした?」
「その五〇人にお願いして、なんとか足利たちを失格にさせたりできないかな……」
柊は、呆れるようにため息を吐く。
「できると思う?」
「いや、僕はわかんないけど……柊なら、って……」
「あまり、情けないことばかり言わないでくれるかしら」
突き放すような、冷たい声だった。
「珍しく意見を出したと思ったら、結局他の受験生頼み。おまけに、肝心な部分は私任せ。『僕にはわからない』は言い訳よ。ただの、思考放棄」
「……っ」
「それでもやれることがあるとしたら、それこそ、他の受験生に惑わされないこと。いい?」
僕は、頷くことしかできなかった。
どこまでも柊の言う通りだったからだ。
特待生にならなければ死ぬのに。絶対に一位で合格しなければならないのに。
僕はまだ、都合の良い逃げ道を――戦わないで済む方法を求めている。
自分で自分が嫌いになりそうだ。
「……まぁ。安心はしていいわよ」
泥中に埋もれていった僕を掬い上げるように、柊は凛と言う。
「それさえ守ってくれれば、私には秘策がある。明日には勝負をつけられるから」
そう言って、彼女は中央ブロックへ向けて歩き出した。
『秘策って、何なんだろうね?』
「うわぁっ!?」
突然、フェリスが視界に入り込んできた。完全に意識外だった現象に、僕は反射的に声を上げてしまう。
「どうしたの? 神代くん」
「い、いや、ごめん……ちょっと急に視界に入ってきたから……」
嘘は吐いていない。
柊は怪訝そうに眉を顰めたが、不思議そうに頭を捻って再び歩き始める。
『やぁやぁ。探したよ光輝クン。まったく、ここは広いね』
『暑いからコテージにいるんじゃなかったの?』
『あのコテージ、居心地悪くてね』
『爆睡してただろ、フェリス』
『うるさいな。眠かったんだから仕方ないだろう』
なぜかフェリスは口を膨らませ、すいーっと宙を滑る。
暑そうに、手のひらで日差しを遮っていた。




