第五章 慟哭の三日目 ①
六時三〇分。起床。
常盤城高校入学試験、三日目の朝がやってきた。
隣で当たり前のように眠るフェリスを起こさないように、そっとスマホを開いた。
確認したのは『リスト』。佐藤と織田が所有していた、南東と西ブロックの解答についてだ。
「……やっぱり、か」
昨日、柊が予想した通り。
二つのブロックにあった『済』の赤文字が消失していた。
佐藤と織田は、足利グループによって試験から脱落させられたのだ。
――ウチとおでんちゃんは、一緒に声優目指してる幼馴染やねん!
昨日、そう言って太陽のように笑っていた小日向は、どうしているだろうか。
僕は、フェリスを通り抜けてベッドから起き上がる。
洗面所でばしゃばしゃと顔を洗い、頭を覚醒させる。
「……今日も、争奪戦か」
フィールドに戻された二つの解答。
西ブロックと南東ブロック。
コテージのある中央ブロックからは、ほとんど正反対だ。
僕たちが二人一組で行動している以上、両方獲得するのはほとんど不可能だろう。
今日が終われば、解答の所有者はおそらく、僕たちと足利グループだけになっている。
衝突は近い。
だけど、そこから逃げていたら、僕は死ぬ。
昨日はフェリスのことを少しだけ知れた。だからこそ、呪いについての真実味も増した。
やるしかないんだ。
『行ってらっしゃ〜い』
いつの間に起きていたのか、フェリスが気だるげに手を振る。
よく考えればこれもおかしいんだ。
僕の苦しむ姿を見ることが至上の喜びなら、多少の暑さなんか無視してついてくるはずなのに。
煮え切らない思いを飲み込んで、僕は玄関の扉を開ける。
集合場所は、昨日から決めてある。中央ブロックの、西側だ。
そして、少し開けただけの扉が、引っ張られるように勢いよく開いた。
「――おはようございます。今朝は寝られたましたか?」
ひゅおっ、と。喉から変な音が漏れた。
登ったばかりの朝日をバックにして、あの足利信臣が目の前に立っていたからだ。
「なっ、なんの用だよ」
「くははっ、虚勢が伝わりすぎて泣いてしまいそうです」
足利は、額に手を添えてわざとらしく笑う。
後ろにいたショートボブの少女・内海も憐れむように口を歪めていた。
「神代光輝さん、たった三枚しかなくてどうするおつもりなのですか?」
僕の上腕のあたりを掴んで引っ張りながら、毒蛇のような声でつぶやいてくる足利。
普通に怖かった。言葉だけ異様に丁寧な青髪の不良に凄まれたら怖いに決まってる。
彼に怖気ついて目が離せないでいると、足利は満足そうに笑う。
そして、信じられないことを言ってきた。
「ボクは明日、合格を確実なものにする策があります。乗る気はありませんか?」
確実な合格。
つまり、解答を七枚以上集めると言うことだ。
新たに森に放たれた解答は二枚。彼らは、それを手に入れても六枚にしかならないはず。
「……一体、どうやって? 方法は?」
「自身でお考えください」
「じゃあ、信用ならないよ」
きっと、こうやって桜崎や佐藤・織田を蹴落としてきたんだ。
この男の言葉に、耳を貸す理由が見当たらない。
「大体、そんな状況で僕を勧誘するってことは、僕がいないと合格できないんじゃないのか?」
「そんなことはありません。手間が省けるだけですよ。信じるかは自由ですがね」
しかし、心は僅かにも揺れない。
揺れるわけがなかった。
たった二日とは言え、足利と柊では信頼度が違う。
確かに優勢なのは足利グループだろうが、たったそれだけのことで柊を裏切るわけがない。
そんなこと、この男なら理解していそうなものだけど。
そして、一つの結論に思い当たる。
僕は、左手首の腕時計を確認する。
二つの針は、六時五七分を指し示していた。
――しまった。
足利の目的は、僕の足止めだ。
「とにかく、僕は君らとは組めない。それじゃ」
玄関の鍵を閉め、彼らを避けるように駆け出す。
しかし、足利の後ろに立っていた内海が、走り去ろうとする僕の腕を掴んできた。
華奢な肢体に似合わない、ものすごい握力だった。振り解けそうにない。
「なっ……なんだよ! 離せ!」
「くははっ、それでは」
足利は冷笑しながら、南東へ向かって走っていく。解答を回収する気だ。
「やめろよ! これは暴力じゃないのか!? ルール違反だぞ!」
「ふん。言ってみたらいいんじゃない? 女の子に腕を掴まれたのでこれは暴行です、ってさ」
だめだ。武道の心得でもあるのだろうか。腕にうまく力が入らない。
「くそ……このままじゃ……!」
言ったそばからだった。
西と南東の方から、ドドドドド、と地響きのような音が聞こえてきた。
七時になったのだ。復活した解答を求めて、受験生が一斉に駆け出したのだろう。
きっと昨日、桜崎の解答が復活していたことに気づいた受験生たちが、今日も同じことが起こるかもしれないとスタンバイしていたんだ。
北と南の解答もまだ端末上は見つけられていないが、今日まで三日間も見つかっていない解答より、一度誰かの手に渡った解答の方が難易度が低いと考えるのは自明の理だ。
「神代くんっ!」
聞き覚えのある声が耳に届く。西の方から、柊が走ってきたのだ。
「ごめんなさい! 甘く見ていたわ! まさか、コテージの前で張ってるなんて……合流してから、西側へ向かうべきだった……!」
柊は、僕とショートボブの少女の間に割り入る。
内海は楽しそうな笑顔で、降参したようにパッと両手をあげて南東へ走っていった。
「大幅なロスだけど……走るわよ!」
言って柊は、西へ向かって地面を蹴る。僕も後に続いた。
「……くそ、ごめん、柊。これが目的だったんだ」
僕と柊は、足利による脱落防止のため、二人行動を徹底している。それを逆手に取られた。
片方の動きを抑えてしまえば、僕たちは機能停止する。
おそらく、昨日は尾行されていた。
僕か柊、どちらかのコテージを割り出し、今日この瞬間に足止めするため。
まんまと術中にハマってしまった。
「大丈夫、小日向さんから解答の場所は聞いたでしょう? 金網沿いよ!」
本当に、嫌気が刺す。
僕は、柊の足を引っ張ってばかりいる。
記憶を失う前の僕なら、こんなことにはならなかったかもしれないと思うと、本当に惨めな気分になった。




