第四章 邂逅の二日目 ⑨
今にも泣き出しそうな曇天だった。
太陽の光さえ覆い尽くす暗澹たる空は、昼間だと言うのに夜と見紛うほど。
それはまるで、私の心情を空へ投影したみたいだった。
「おうおう嬢ちゃん! お前がぶつかってきたせいで俺の腕時計がヒビ行っちまったじゃねえかよ! どうしてくれんだこれ、おい!」
レトロな絡み方をしてくるのは、スキンヘッドの強面男。
後ろでは、彼の仲間二人が「あんまりいじめてやんなよー」と軽薄に笑っている。
典型的な当たり屋だった。この後は修理代金などと称して金銭を要求してくるだろう。
お金なんか、持ってない。
カバンに入っているのは、お金にはならないけど、こんな人には渡せない、大事なものだ。
キッ、と男を睨む。
その拒絶の意が癪に触ったのか、強面の男は鼻息を荒くして私の抱えるカバンに手を伸ばし、私はそれを阻止すべく臨戦態勢をとった――
その、直前だった。
「ちょっと。そこまでですよ」
私の背後から、少年らしいクリアな声が発せられる。
「僕、本当にたまたま動画撮りながら歩いてたんですけど、二人がぶつかった瞬間、映ってましたよ」
少年は、私の隣に立つ。
その手には、スマホが握られていた。
「これ見てみると、右半身同士がぶつかってますよ? なのにどうして、左手にはめてる腕時計が壊れるんですか?」
「なんだお前うるせえな! ぶつかって転んだ時、腕時計が割れちまったんだよ!」
「そんな嘘、すぐバレるってわかんないんですか? 二秒後。あなた、よろけただけで膝すら地面についてないじゃないですか」
「うるせぇ! 大体てめぇ、本当に撮ってたのかよ!」
男が確認しようと彼へ詰め寄ろうとする。
そして、少年は何かに気がついたように、視線をチンピラの斜め後方に向けた。
チンピラたちの意識も、一瞬そちらへ向けられる。
次の瞬間。
「走って!」
少年は、持っていた傘を開いてチンピラの足元に投げつけると、私の手を取って一目散に逃げ始めた。
チンピラは傘のせいで数秒もたついている。即席の撒菱みたいだ。
私たちは、走る。
いつの間にか、雨が降り出していた。
だけど手は解かずに、二人してびちょびちょになりながら、夜みたいに暗い街の中を走りぬけた。
降り頻る雨と水溜りを踏みつける音だけが、私の耳を叩いた。
それはひどく乱雑で。だけどどこか、暖かい音にも聞こえた。
車のライトも。街の街灯も。遠くのビルの光も。
全部全部。私たち二人以外はぼやけていて。
玉のようにボケていて。
それは、泣きたくなるほどに美しくて、幻想的だった。
「……まったく。君みたいな子が、あんな人たちと戦おうとしちゃダメだよ。さっさと離れないと。死んじゃうでしょ」
どこかの線路の高架下で雨宿り。
そこで不敵に笑う彼は、私にとってのヒーローに見えた。




