第四章 邂逅の二日目 ⑦
「……それでな、おでんちゃんはすごいねん。あの子、有名な声優の養成所からスカウト来てるんやで。高校通いながら来てくれー、って。ウチも負けてられへんわぁ〜。ま、常盤城に入学したら行かれへんけどな! ここ『監獄』やし!」
小日向のマシンガントークにやや辟易としながらも、僕たちは中央棟に到着した。
「おーい、おでんちゃーん! 来たで〜!」
「おでんちゃんはやめてって言うとるやろ?」
食堂に入った僕たちを出迎えたのは、冷たい叱責だった。
織田紫音。丸メガネをかけた、大人っぽい雰囲気の少女。
艶のある黒髪を肩のあたりまで伸ばした、どこか影のある表情が印象的だった。
「かんにんや〜。信長さま〜」
「しばくで」
「なんや、ノリ悪いなぁ。せっかく解答持っとるお二人に来てもらったのに」
織田のキツい目つきもどこ吹く風といった小日向。
「お二人さん、この子が織田紫音ちゃんや。まぁ、リストで顔は知っとるか。んで紫音ちゃん、このお二人がさっき言ってた子らや。北東の神代君と、東の柊さん。ウチらと手ぇ組みたいんやって」
「いや、まだ手を組むとは……」
勝手に話を進めていく小日向を諌めるも、それより先に織田が口を挟んだ。
「奇遇やね。あたしも解答持っとる子らと仲良くなってん」
嫌な予感が背中を駆け抜ける。
柊も、ソレの意味為すところを理解したらしい。
ここにいる僕、柊、織田。それ以外の所有者たちとなると、彼らしか残っていない。
「――おや。アナタたち、親愛なる織田紫音さんに何の御用でしょうか?」
どこまでも冷たい、鉄のように感情を感じさせない声がした。
織田の後ろから不遜な笑みでやってきたのは、敵対する青髪の少年――足利信臣だった。
そしてその後ろのテーブルには、小野寺を含む足利の側近二人と、昨日桜崎と話していたメガネ男子の佐藤も席についていた。……遅かったか。
「あら、ここはもう知り合いやったん?」
「いえいえ、知り合いなどではありませんよ織田さん。そうですね……有り体な言い方をすれば、反逆者でしょうか。このゲームの王たる我々に牙を向ける逆賊ですよ」
足利の口に浮かぶのは、侮蔑的な笑み。
優位を確信した余裕の表情だ。
「織田さん。残念ですが、ボク達は彼らと手を組むことはできません。彼らはいついかなる時も寝首を掻こうとしています。ボクの予想では、昨夜桜崎さんを失格させたのも彼らですからね。もし彼らとも共闘するのであれば、ボク達はアナタとも組めません」
「え、それは困るんやけど……」
「それほどまでに、彼らは信用できないのです」
足利は、無機質な瞳を向けてくる。
そのあまりにも感情の読み取れない顔は、薄気味悪ささえ覚えた。
彼と真正面から相対するだけで……怖い。
身が竦みそうだ。
「勝手なことばかり言わないでくれるかしら」
強気に反論したのは、柊だ。
「信用できないのはそちらでしょう。私はそこの小野寺くんに言い寄られて、危うく解答を横取りされるところだったんだから」
足利の奥のテーブルの席に座る、坊主頭の小野寺を指して、柊は鋭く続ける。
「初めから私たちを騙す気で近づいてきていたあなた達の方が、よほど信用されない生き方をしていると私は思うわ」
「それは、証明できるのですか?」
池に石を投げ入れるように。
静謐な声で足利が返答する。
「できませんよね。となればこれは水掛け論。ボクは初めからアナタなどに意見は聞いていないんですよ。問題は、親愛なる織田さんがどちらに付くのか……ということ」
足利は、織田の肩に手をかけ、柔和な笑みを顔に貼り付ける。
「ボクは朝、織田さんがコテージから出た時に偶然目の前を通りがかっていましてね、少しお話ししてたんです。その時は保留されたのですが、つい先ほど、良い返事をもらえましたよ」
「……まぁ、せやな。あの時は確認できんかったけど、足利くんの仲間達で解答を三枚も持っているって分かったし、組むことにメリットしかないやろ」
「ところで、神代光輝さんと柊雨凛さん、アナタ方は、解答を何枚持っているのでしょうか?」
僕は言い淀む。
数では絶対的に負けている。
柊が北ブロックの解答を隠し持っていることを伝えてもいいけど、それでも三枚だ。
足利達が実際は四枚持っていることを明かされれば負ける。
そうでなくとも、隠していたことを足利に突かれれば織田の信用を損ねるかもしれない。
僕たちに、選択権はなかった。
「な、何でなん!?」
重苦しい静寂を破ったのは、小日向だった。
「みんなで協力したらええやん! ここにいるみんなで六枚あるんやろ!? そうすればみんな合格まであと一歩やん! 何でいがみ合わなあかんの!?」
「そう単純な話ではないのですよ、織田さんのご友人。このまま解答をそろえてハッピーエンドなどまずあり得ません。必ず彼らは我々を裏切ります。なので、彼らの持つ二枚に頼らずとも合格できる道を模索するべきなのですよ」
僕たちが本当は三枚の解答を持っていると知っているくせに、足利はいけしゃあしゃあと言ってのける。
このままでは彼らも合格できない。
だからどこかで必ず、僕らに刃を向けてくるはずだ。
その算段を既に立てているだろうに、どこまでも面の皮が厚い男だ。
「どうしますか? 織田さん。ご友人は二の足を踏んでいるようですが」
「……分かっとる。あたしが説得する」
織田は、今にも泣きそうな小日向へ優しい笑みを向けた。
「陽毬。あたしら、声優になるんやろ? そのために、あれだけ色々練習してきたやん。常盤城卒業して、二人でダブルヒロインの作品に出演るって約束したやん。……だから、割り切って。悲しいやろうけど、元々受験ていうのはそういうもんなんや」
「だ、だって……この二人、ウチを助けてくれたんやで……?」
「……そっか。それなら、それは感謝すべきやな。でも、だからってこの二人に味方するのはちゃうんやないか。気持ちは分かるけど、足利くん達はもう解答を三枚持っとる。この人たちに付かんと、合格できへん。情より、利をとるべきなのはわかるやろ」
小日向は、ボロボロと涙をこぼしていた。
目元を真っ赤にして、嗚咽を漏らしながら僕と柊を見やる。
「……ごべん、ごべんなぁ、二人とも。ウチ、お二人とは一緒におられへんみたいやわ、ずび、助けてもらっといて、こんな仕打ちするウチを、許じで、ごべん、ごめん……」
ひっくひっくと泣きじゃくりながら、小日向は織田に肩を抱かれて僕たちから離れていった。
足利も、彼女らを追い立てるように去っていった。
僕たちを一瞥し、冷たい笑みを置いていきながら。




