第四章 邂逅の二日目 ⑤
僕と柊は、東ブロックから中央ブロックへ向けて歩いていた。
足利グループとの邂逅。そして、解答を無事三枚確保できたこと。
勢力図がおおよそ出揃った今、今後の方針を定めようと話し合うことにしたのだ。
流石に、朝から全力疾走だ。移動は休憩しつつでないと身が保たない。
「状況を整理するよ。まず、解答の持ち主について」
僕は、指を折りながら間違いの無いように数えていく。
「僕たちは、北、北東、東ブロックの三枚を持っている。そして足利グループは、北西、南西、中央の三つは確定。その上、南の未登録解答もおそらく持っている。これで四枚」
単純な勢力競争では、一歩遅れている。
二人対五人でこれは、善戦しているとは思うけど。
「で、無所属であろう残り二枚が、南東ブロックの佐藤健太郎と、西ブロックの織田紫音。佐藤は昨日桜崎と組もうとしていた奴で、織田は未知数だね。会ったことない」
彼らは、どちらに転ぶかわからない。
二人は実はもう組んでいるかもしれないし、足利とも通じている可能性だって否定できない。
だけど、彼らの存在は無視できない。仮に二人がこちら側につけば、足利との戦力差はほぼ同じ。
いや、ここまで来ると、人数よりも解答の枚数の方が重要だろう。
となると、こちらがやや有利だ。
「まずは、佐藤・織田との接触。話した感じ、足利との繋がりがなさそうなら、仲間に引き入れる。これは確定でいいと思う」
「そうね。話すまでもないことだわ」
柊は、ジャージのポケットに入れていたのか、小さいペットボトルからお茶を飲んでいた。
「問題は、その後だ」
僕もぬるくなった水道水をペットボトルから浴びるように飲み、続ける。
「足利グループとの交渉。これ、どんな手を想定してるの? 仲良しこよしで合格しましょう、なんてあの足利が容認するはずないし」
先ほども、面と向かって「潰す」と宣言された。
彼は確実に、柊と僕を不合格にした上での合格を狙っている。
となれば、交渉は当然難航するだろう。
「とは言っても、彼らだって私たちの解答がなければ合格はできないのだから、まったく聞く耳をもたないとも思えない。交渉、条件、共有方法。その辺りで、いかに相手を出し抜くか。そんな戦いになりそうね」
「……つまり、穏便にはすまない、ってことね」
その冷戦を有利に進めるためにも、佐藤と織田の囲い込みは重要だ。
まずは、彼らと顔を合わせないと。
「助けて〜! 助けてやぁ〜!」
ふと、切羽詰まっているのかふざけているのかよくわからない、間延びした声が飛んできた。
ざっと辺りを見回してみても、声の主らしき人の姿は確認できない。
「そっちちゃう〜! 君から見て右や〜!」
言われた通り、首を右に向ける。
「……あ」
いた。木々に阻まれて見落としていたけど、五〇メートルほど奥の方に人影が見えた。
……勘違いじゃなければ、樹から落ちそうになっている。
「柊! 助けなきゃ!」
「待って」
走り出そうとした僕の肩を掴んで、柊がうめくように続ける。
「メリットがないわ。罠の可能性だってある。ここはスルーすべきよ」
「罠じゃなかったらどうするんだ! 頭から落ちたら死んじゃうかもしれないだろ!」
僕は柊を振り切って、声の主へ向かって駆け出した。
「……ちょっと大袈裟じゃないかしら?」
柊が僕を追うように走りながらぶつぶつ言っている。
だって。死ぬっていうのは怖いことだ。
人間、いつ何時死ぬかわからないんだ。頭打ったら死ぬし、喉に詰まらせたら死ぬし、悪魔に出会っただけで死にかねない。
見て見ぬ振りなんかできなかった。
「おぉ! 勇者さま! ウチはここです!」
現場に到着すると、気の抜けたセリフと共に少女が幹からぶら下がっている。
太陽のように明るいクリーム色の短髪が印象的な少女だった。
高さは五メートルほどか。着地に失敗すれば普通に死ねる高さだ。
「大丈夫? 二人で頑張って受け止めるから、僕たちを信じて手を離して!」
言って、柊に目配せをする。彼女は嫌そうに眉を顰めながらも、僕と腕を重ねた。
多分受け止められはしないだろうけど、着地までにかなりの速度を殺せるはずだ。
「恩に切ります! ほな、行くで〜!」
軽い合図とともに、少女が落下してくる。
僕と柊は彼女のお尻を受け止め、
そして勢いに負けて思いっきり地面に叩きつけられた。
「いってぇぇぇ!!」
想像以上の衝撃だった。
こんな小柄な女の子でも、高いところから落ちればこんなにエネルギーを持つのか……
「いてて……あはは、お二人さん、おおきに」
少女はバツが悪そうに笑いながら、柊の手を取って立ち上がらせていた。
僕を含めて三人とも、怪我はなさそうだ。よかった。
柊は、ジャージが汚れてすごく嫌そうな顔をしているけど。
「あー、枝に引っかかってちょっと裾破けてしもた〜。恥ずかしいわぁ」
「……縫おうか? 購買に裁縫セットあったし」
「んあ? いや、ええわ。コテージ戻ったら替えのジャージあるし」
それもそうか。いらないことを言ってしまった。
「それにしても、こんな敵だらけの試験中に、言い争うこともなくさっと助けに来てくれてありがとうな。ぶっちゃけ、来てくれるとは思わへんかったわぁ」
「……え? ちょっと口論してたけど」
「えー? 全然聞こえへんかったわ。葉っぱのせいやろか」
「君の声はよく聞こえたけど」
「あー、ウチは声優目指して声鍛えてるからな〜」
少女はあっけらかんに笑うと、お尻についた砂をパンパンと払った。
「とにかく、無事で良かったよ。……もしかして、解答を探してた?」
「あー、そうやね。ヒントはわかったんやけど、どうやら先に見つけられたみたいでなぁ」
その少女は、悔しそうにスマホを開き……そして、柊をばっと見た。
「あんたかい! ひ、柊さん? 東ブロックの解答とったの!」
「ええ」
「うわ! 少年、あんたもよく見たら北東ブロックのカミシロくんやんか!」
「神代ね」
「うわああまじでか! えらいこっちゃ!」
なんだか騒がしい子だなぁ。
柊とは正反対だ。
「……じゃあ、もういいかしら。先を急ぐわ」
くるっと柊は踵を返し、そのまま逃げるように駆け出してしまった。
「あっ! ちょっと待ってや!」
慌てて柊を追った僕と並走するように、少女もついてきた。
「待たないわ。あなたと話していてもメリットがないもの」
「あるであるで! お二人さんに耳寄りの情報が!」
「結構よ」
「辛辣! もしかして疑ってる!?」
「当然でしょう」
「いやいや、ほんまにええ話なのよ!」
少女は、必死に柊の顔を覗き込み、
「ウチは、おでんちゃん……織田紫音の親友やねんから!」




