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第四章 邂逅の二日目 ③

「……最悪だ」


 思わず、純粋な気持ちが(まろ)び出る。

 そして。


「そうでもないわよ」


 凛とした声で言ったのは、柊だった。

 彼女は、まだ樹の上にいる小野寺へ向けて、刺すように言った。


「小野寺くん。残念だけど、これは私のものよ。だから、私がこのまま去ろうが問題ないわ」

「はっ! 何言ってんだお前! そいつの『持ち主登録』をしたのは俺だぞ!」

「いいえ、違うわ」


 彼女は、スマホを水戸黄門の印籠のように小野寺へ見せつける。

 それは、東ブロックのヒントが書かれていた画面。『持ち主登録』がされれば、その所有者の顔と名前が表示されるはずの画面だ。


 そこには本来、『小野寺陸』の名前が刻まれているべきで。

『柊雨凛』の名が記されているのは、どう考えても異常な事態だった。


「わかるかしら。この解答の『持ち主』は私。これは、機械が判定した、揺るぎない事実よ」

「なんだと!?」


 小野寺が、ようやく地面まで降りてくる。

 焦燥を更に浮かべ、彼が持つスマホで再確認していた。

 すぐ後、柊を射殺さんばかりの目で睨んでくる。


「お前……どう言うことだ、これは」

「さぁね。わからないわ。多分だけど、どこかで私とあなたのスマホが入れ替わってしまっていたみたいね」


 柊がおどけるように言って、僕は気がついた。

 つい先ほど。小野寺は柊に伏せさせられた時、スマホを落としていた。


 あの時だ。

 柊は自分のスマホを地面に捨て、そして彼を組み伏せた時の一瞬の隙をついて、小野寺のホルダーからスマホを抜き取ったのだ。

 あそこなら、いくら監視カメラがあると言っても、スリの瞬間は僕たちの体や草むらが死角になって見えなかっただろう。


 そして、落ちていた柊のスマホを、ホルダーが空だという理由で小野寺へ渡す。

 つまり柊は、最初から小野寺が裏切った時の対策を立てていたのだ。


「残念だったわね。でも、()()()()()()()()、誰が持っていようと関係ないはずよね?」

「……ぐっ」

「さて、じゃあ、スマホをお互いに返しましょうか」


 柊が、ずいと体を前に出す。

 小野寺は、少しだけ逡巡した後、何かに気づいたように口元に笑みを浮かべた。


「わかった。スマホは返してやらぁ」

「いい子ね」

「だが、交換条件だ! 柊雨凛、お前は未登録の解答を持ってんな? でないと、所有者である神代光輝とつるんでる理由がわからねぇ」


 小野寺は、人差し指を柊の足元へ向けると、


「未登録の解答を、そこに捨てろ。俺は『偶然』それを拾う。そうして初めて、スマホを返してやらぁ」

「応じる必要がないわね」


 柊は、冷たく言い放つ。


「いいや、あるぜぇ? お前が応じないってんなら、俺はこのスマホで、三万ベルノ以上の『注文』をしてやる。そうすれば柊雨凛、お前は今夜ゲームオーバーだ」

「何を言っているの?」


 柊は、単純な計算問題を間違えた子供に呆れるように、ため息を吐く。


「そのスマホで注文をしたら、私のコテージに商品が届けられるわよね? あなたが返してくれないのなら、その時私が持っているのは、あなたのスマホよ。そこで代金を支払えば、金欠で失格になるのは、あなた」


 柊の反論は、どうしようもなくその通りだった。

 つまり、彼の脅しは、脅しになっていない。


「だっ、だったら、俺は今すぐ購買へ行って、使い切るまで――」

「あなたが買い物するより、私がこのスマホからベルノを抜き取る方が早いわ。知ってる? 『ベルノ』の画面には、『ベルノ送信』と『ベルノ受信』がある。つまり、受験生同士でベルノのやり取りができるのよ」


 もはや、小野寺の劣勢は決定的だった。

 スマホのすり替えトリック――それを許してしまった時点で、小野寺の勝ち筋は潰えている。


「同じ理由で、あなたのボスに助けを求める時間もないわ。大体、ソレは横領の部類に入るんじゃないかしら? 私の方は、正当防衛が成り立つ可能性があるけれど」

「……っ!」

「はっきり言うわ。二択よ。大人しくスマホを渡すか……ここで死ぬか」


 凍てつくような声だった。 

 情けが入り込む余地もない、非情な温度。


「あぁ、時間稼ぎって手もあるわね。のろのろしていたら、お仲間が助けに来ちゃうかもしれない。……五秒よ。決めなさい。五、四、三……」

「わ、分かった! 返すよ、返せばいいんだろ!」


 小野寺は投げやりに言うと、彼が持つ柊のスマホを放り捨てた。

 柊も応じるように、小野寺のスマホを二人の間にそっと投げ捨てる。

 そして二人は、お互いの捨てられたスマホを同時に拾い、返却は完了した。


「くそがっ!」


 小野寺は忌々しげに悪態をつき、どこかへ去っていった。


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