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第四章 邂逅の二日目 ②

 東ブロックに来たのは初めてだ。

 北東ブロックに比べると、木の種類が微妙に異なるように思えた。

 北東ブロックは、天を支える柱のような大樹が多かった印象だが、ここ東ブロックは、枝分かれした木が多い。


 頭上で、三次元的に太い枝が入り組んで緑色のドームを形成している。

 きっと、日光を取り合って隙間なく空間を埋め尽くそうとした結果だろう。


「柊、ヒントはわかった?」


 僕は早々に諦めている。

 北東ブロックと同様に、何を示しているのか毛ほども理解できなかったからだ。

 柊が解読さえしてくれれば、僕は探す方に全力を注げば良い。


「……あなたは、考えたの?」

「か、考えたよ。ちょっとは」


 僕は、スマホに表示されたヒントへ改めて視線を落とす。


【蜂の巣と振袖を残さず食べたので褒められました】という文章が書かれた絵日記だ。

 褒められたのであろう女の子は、キラキラしたものが好きなのか、真珠のネックレスやイヤリングを装着した絵が描かれている。

 かなりシュールな内容だ。日本語を間違えているんじゃないだろうか?


「……まぁ、いいわ。これは――」


柊が口を開こうとした、その時だった。


「おーっすご両人。もしかして、東ブロックの解答探しちゃってる?」


 木々の向こう側からだった。ゆっくりと近づいてくる影が、軽い口調で声をかけてくる。


「……あいつは」


 柊とも目が合う。間違いなかった。

 彼は、小野寺(おのでら)(りく)。『リスト』に載っていた、北西ブロックの解答所有者だ。

 すらっとした長身に、野球少年のような坊主頭。

 捲った袖から覗く前腕筋はたくましく、かなり身体能力は高そうに見える。


 そして、彼は。

 昨日、柊と売店で揉めていた、あの青髪の男の取り巻きだ。

 試験開始前の待機室。あそこで、青髪の男を含むグループの中に、その顔を見た。


「警戒を怠らないで」

「わかってる」


 徐々に距離を詰めてきた小野寺は、ついに僕たちの目の前までやってきた。


「実は俺もそうなんだよぉ。ここはひとつ、一緒に探しちゃわない?」


 どこまでも軽い態度で、彼は飄々と笑う。


「論外ね。今すぐに消えてくれない?」

「うわっ、キツいなー彼女。いいじゃんかよ。お前ら、俺がやかましいグループにいたからって警戒してんだろ。安心してくれ」


 小野寺は、あっけらかんとした態度で、


「俺ぁ、あのチームを抜けてきたんだよ」


 瞬間、僕と柊は目を見合わせる。彼女は、ごく小さく首を振った。


 ――こいつは、嘘をついている。


 となれば、目的は想像に難くない。

 取り入って解答を掠め取るか、僕たちの足止めだ。


「ずっと足蹴にされてムカついてたからよぉ。解答持って逃げてきちまった」

「……そうだったのね」


 柊の長いまつ毛が、その目元に(かす)かな影を落とす。

 まるで、同情しているような顔だった。


「なら、一緒に行動しましょうか」


 信じられないことを言って、柊は自身の髪をかきあげる。

 一瞬狼狽してしまったけど、これは演技だと気づいて平静を保つ。

 きっと、ここで疑ったり拒否したりする方が時間の無駄になる。そう考えたのだろう。


「このヒントは簡単。『蜂の巣(ハチノス)』も『振袖(フリソデ)』も、どちらも肉の部位……正確に言えば、牛の第二胃と、鶏の肩辺りの部位よ。……となると、豚はどうなの、ってことになる」

「なるほど……羊とか馬とかの可能性も捨てきれないけど、まぁ豚だろぉな」

「じゃあ豚のなんなのか……て話になるけど、女の子が真珠のアクセサリーをつけているわね」

「豚に真珠ってこと?」

「いや、それだとヒントにならない。きっとこれは、豚に関する諺がヒントになるよ、ということを指しているんだと思うわ。となると、『褒められた』ともあるし、まぁひとつでしょうね」


 彼女は、スマホをホルダーにしまいながら目を伏せる。

 言われてみれば、単純なヒントだった。

 相応の知識量は必要になるけど、それさえあれば、解くのは比較的容易だ。


「豚もおだてりゃ木に登る……ってことは、樹の上に解答が「伏せて!」


 僕が言い切る前に、僕と小野寺は柊に頭を掴まれて地に伏せられる。

 ちょうど、腰くらいの高さの植物に隠れる形だ。


「な、なんだよ彼女ぉ〜」

「しっ。静かに」


 彼女の視線の先では、一人の受験生らしき少年が、顔を不安色に染めながらキョロキョロと視線を泳がせている。

 きっと、ヒントがわからぬまま、あてもなく探し歩いているのだろう。


「……わざわざヒントになるようなことを教えてあげることもないわ。くれぐれも、上を指差したりしないでちょうだい」


 ほんの十秒ほどで、彼の姿は見えなくなる。

 それを確認してから、柊は息を吐いた。


「……あれ。ごめんなさい、誰かのスマホを落としてしまったみたいね」


 柊は、草むらに落ちていたスマホを拾う。

 僕のも柊のも、腰のホルダーに入っている。と言うことは、小野寺のものだろう。


「あー、俺のだなぁ、さんきゅ」


 小野寺は柊からスマホを受け取ると、ホルダーにしまった。


「……さて、木の上だね、柊」


 と言っても、ここ東ブロックは三次元的に枝が入り組んだ天然のジャングルジムだ。

 樹上に絞ったとしても、探す範囲はかなり広い。


「一番低い枝が二メートル以下になければ、その樹は切り捨てていいと考えてるわ。注視してみると、登れる樹はそれほど多くないわ」

「なるほど……」


 確かに、頭上で枝が交差しているとは言っても、その大元の幹の部分はある程度まっすぐ伸びている樹が多い。

 まずは、登れそうな樹を探して、その枝を辿っていけば……


「……あれ、あいつは?」


 気がつくと、小野寺がいなかった。

 ふと嫌な予感が頭を駆け抜け、僕はばっと頭上を見上げる。

 彼は、猿のような身のこなしで、瞬く間に大樹をかけ登っていた。


 その視線は、一点に熱く注がれている。 

 その先には――茶色い封筒。解答だ。


「ひ、柊!」


 彼女は、顎に手を当てがい、歯噛みする。

 まさか、彼女も出し抜かれたと言うのか。


「くそっ!」


 僕は一縷の望みにかけて、足元の小石を解答へ投げつけ――ようとするも、手が止まってしまう。

 はるか頭上から小野寺が悪意の乗った視線を向けてきていたからだ。


「きゃははっ! あっつー間に横取りされちまったなぁ神代光輝!」


 そうこうしている間に、小野寺が解答を手にしてしまった。

 まずい。彼がQRコードを読み取って『持ち主登録』をしてしまうまでは、あの解答は誰のものでもない。

 悪あがきと分かっていながらも、追い詰められた僕は無様に小石を投げつけた。


 そして。

 奇跡が起こった。

 投擲した小石が、封筒に命中し、小野寺の手からこぼれ落ちたのだ。


 ふわふわと、木の葉のように解答が舞い落ちてくる。

 張り巡らされた枝々を器用に避け、柊の元まで落ちてきた。


「やっ、やった!?」「ざぁんねんでしたぁ!!」


 僕の歓喜の声と、小野寺の罵声が重なる。


「もうQRは読み込んだ後なんだよぉ! そいつはもう俺のもんだ! お前ら、それ持って逃亡してみろ? 窃盗の現行犯で失格だおらぁ!」


 乱暴に叫びながら、小野寺が飛び跳ねるように枝から枝へ移って降りてきている。

 ブラフではないか。わずかな希望に縋って『リスト』を確認する……が、先ほどまで無印だった東ブロックのマス目には、『済』の赤文字が爛々と輝いていた。


 あまりの出来事に、視界が歪む。

 あと一歩のところで、解答を取られてしまった。


 それも、あの青髪の男のグループに所属する小野寺に。

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