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第三章 怒涛の一日目 ⑪

 コテージについたら風呂に入ってベッドでくつろごう。

 そう思っていたのに、深刻な事態が待ち受けていた。


 そう、僕に取り憑く悪魔、「光を愛せざる者(メフィストフェレス)」こと、フェリスの存在だ。


『疲れたお腹すいた疲れたお腹すいたああああーーーー……』


 彼女は、さっきまでベッドにいたと言うのに、今はシャワー室で逆立ちのような体勢で唸っている。

 何をしているんだ、これは。


『光輝クンがご飯作ってくれないとぉ〜、ここから動けないよぉ〜』


 いつになくふざけた口調で、フェリスはしたり顔。


「あぁ、そういうこと。フェリスにご飯作らないと、ここに居座る、と」

『そうそう。汗べちょで気持ち悪いでしょぉ〜? あったかいお湯でスッキリしたいでしょぉ〜? だったらフェリスに……なにしてんだお前ぇ!』


 シャワーを浴びるべくジャージを脱ぎ始めた僕へ、血相を変えてフェリスが叫ぶ。

 これもこれでいつにない反応だ。笑える。


『キミは自分が何しようとしてるか理解しているのかい!? フェリスは悪魔だぞ! 美少女だぞ! 女の子だぞ!』

「君は人間じゃないんだろ。だったら、性別はメスかもしれないけど、関係ないよ。犬と一緒」

『ばっ、ちょ、やめ! そんなサービスシーン見たくもないんだけど!』

「嫌なら見なければ?」

『大体キミはいつも……あぁ! ちょっとは躊躇ってよ! くそぉぉぉ!!』


 悲痛な叫びを残して、フェリスは壁をすり抜けて浴室を飛び出して行った。

 よく分からないけど、フェリスにも外見相応の恥じらいがあるようだ。

 別にどっちでも良かったけど、いないならいないでその方が広くて良い。


 シャワーで汗を流した後、脱衣所に備え付けられていた新しいジャージに着替える。

 使用したジャージは、コテージの外に置いておけば係の人が回収するとメモが置いてあった。便利だ。


 タオルで頭を拭きながら、脱衣所を出てベッドへ腰掛ける。

 フェリスは、なぜか部屋の隅で膝を抱えて小さくなっていた。


『……キミは、フェリスへの対応が雑くないかい?』


 フェリスは、呻くように口を開く。


『今だって、フェリスを追い出すのはいいけどさ、怒りを感じない』

「……?」

『フェリスは、光輝クンの命を握っているんだよ? もっと、憎んだり、貶したり、感情のままに暴言をぶつけてくれたっていいじゃないか』

「……何言ってるんだよ」


 彼女の真意が読み取れない。

 フェリスは、悪魔としての欲望のままに、人間の願いを手玉にとって窮地に陥れ、醜く足掻く様を堪能しようとしている。

 だったら僕は、フェリスが喜ばないように塩対応する。当然の反応だ。


 それに、フェリスのわがままに構っている暇なんかない。

 だって、そんなの無視して考えないといけないことが山ほどある。

 特待生になれなければ、死ぬんだから。


『フェリスは……優しい人間が苦手だよ、ほんとに』


 膝に顔を埋めて、フェリスは弱々しくぼやく。


『対応に、困る』


 彼女は、淡く発光する翼と髪さえなければ普通の少女だ。

 この構図は、か弱い女の子を僕が泣かせているようにも見える。なんなんだよ。


「言っておくけどね、君に暴言吐いたりしないのは、その価値がないってだけだ。勘違いしないでよ。僕は、君のことを憎んでる。当たり前じゃないか」


 フェリスは、返事をしなかった。

 居心地の悪い空気が流れる。

 痺れを切らして、僕は息を大きく吐いた。


「大体、フェリスってなんで悪魔なんてやってるんだよ。君って結構、なんでもできそうじゃないか。どうして人間に悪さしたり、しょうもないことしてるのさ?」


 フェリスの空色の瞳が、上目がちにこちらを見据えた。


『……天使か悪魔かなんて、人間が決めたことだから、だよ』


 妙に落ち着いた、血の通った声だった。


『笑えるだろう。腐敗と発酵の関係とは似て非なるもの。人知を超えた存在のフェリスは、それなのに人間主体で存在が決定されているんだよ』

「……どう言うことだよ。それじゃ、まるで、」


 人間へ理不尽を強いるから悪魔と呼ばれるんじゃなくて。

 悪魔と定義づけられたから、人間を陥れているみたいじゃないか。


『いい。フェリスはもう寝る。ベッドにしか干渉しないでおくから、キミも好きに寝るといい。フェリスなんか、犬と同じなのだろう?』


 言って、フェリスは滑るようにベッドへ飛び込んだ。

 僕へ背を向けるように横になると、ほんの二〇秒ほどですぅすぅと寝息をたて始めた。


「……本当に、疲れてたのか」


 ずっとふわふわ浮いていただけのくせに、家主を差し置いて爆睡とは、どこまでも図々しい。

 その横顔は、人の命を弄ぶ悪魔とは思えないほど、どこまでも可憐で、透き通っていて、ただの無邪気な少女にしか見えなかった。


 ――天使か悪魔かなんて、人間が決めたこと……か。


 この無垢な寝顔を見てしまうと、より身体の芯まで突き刺さってくるようだった。

 そもそも、僕はこのフェリスという少女のことをほとんど知らない。

 どうしてこんな生命体が存在しているのか。どうして僕の前に現れたのか。実態はないはずなのに人間の食べ物を欲しがったり、疲れたりするのも何故なのか。


 そして、どうして彼女は、あんな非人道的な呪いをかけているのか。


「……お前、本当に、何者なんだよ」


 眠る彼女は、答えてくれない。

 外では、二〇時を告げる鐘が鳴り響いていた。


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