第三章 怒涛の一日目 ⑩
外は、幻想的な空間だった。
少し遠くに中央棟の灯りは見えるものの、コテージの区画には人工的なあかりがほとんどない。
あるのは、カーテンから漏れ出た室内灯の残渣と、一定間隔で並んでいる松明のような灯籠の淡い橙の揺らぎだけだった。
闇に浮かぶ朧げな光は、大小様々な蛍が踊っているようにも見えた。
「わぁ、なんだか一気に雰囲気変わったね」
「そうね。これでは人の顔が判別できないわ。比較的明るい、中央棟の方へ行きましょう」
しかし柊は何の感慨にも浸ることなく、さっさと歩き始めてしまう。
女子的には、結構気に入りそうな景色だと思ったけど。
それから、僕たち二人は中央棟に出入りする受験生を物陰から観察していた。
隠れるようにしていたのは、僕の顔が受験生に割れているため。
「……なかなか、見つからないね」
僕たち二人の他に、桜崎、佐藤。
あと所有者とわかっているのは更に四名いるはずなのだが、どうにも見つけられない。
もう、コテージで休んでいるのかもしれない。
中央棟付近で右往左往している受験生は、誰もが顔を焦燥に染めている。
きっと、桜崎の提案に乗って、所有者を探し回っているのだろう。
それが、解答を持っていない彼らにとって、唯一の生き残る道だから。
一人一人が、何か大きな目標を叶えるためにこの地を踏んでいる。
職業か、進学先か、また別の何かか。
分からないけど、誰もが夢に向かって必死なのだ。
「……そういえば、柊。君って、どうして常盤城に入学したいんだ?」
ふと気になって、隣で同じように息を潜める柊へ問いかける。
彼女は、意図が読み取れないと言ったように眉を顰めた。
「何かしら、急に」
「別に。なんとなくだよ」
「そう。……私は」
一瞬、返答に詰まる柊。
嫌なら無理に言わなくていいと被せようとしたが、その前に彼女は続けた。
「幼馴染を……幼馴染との毎日を、取り戻したいからよ」
「……!」
「彼は、ある日に行方不明になった。今もまだ戻ってきていない。私が入学を目指すのは、彼と人生を共に歩みたいから」
常盤城高校は、在学生の希望する分野についての研鑽を手厚くサポートする。
アイドルでも、政治家でも、スポーツ選手でも。
常盤城高校は、ゲームで得たポイントさえあれば、どんな学習環境でも用意してくれると、ネットでは有名な話だった。
きっと、この試験に臨む受験生のほとんどが、そういう自分の夢に合った一芸を持っているはずだ。
彼女の場合は、警察か、探偵か。
行方不明になった幼馴染を、探し出すために。
だから柊は、観察眼や胆力に優れているんだろう。
「……なんだか、柊らしいな。似合ってる」
「あなたは?」
柊は、僕をじっと見ながら続ける。
「私に聞いたのだから、あなたも答えるべきよ」
「う……そうだよね」
「嘘ついてもわかるから」
「誤魔化すつもりはないけど……」
単純に、話しづらい。
フェリスのことは伝えられないし、かと言って他に『入学できなかったら死ぬ』理由なんか見つけられるはずもない。
「こんなこと言ったら怒るかもしれないけど……僕は、別になりたい職業とか、将来の夢とか、そんなのはないんだ」
だから、それ以外の、本当のことを伝えることにした。
「僕は元々、自分から入学を志願したわけじゃない。育ての親に強制されたからなんだ。……でも、今はちゃんと常盤城を目指してるよ……逃げ込むために」
恵理子さんから常盤城高校の受験を言い渡されたあの日から。
僕は自室にこもって、ネットであらゆる情報を漁っていた。
一際目を引いたのは、この高校は外部と完全に隔離され、親はもちろん、物資の搬入さえ厳重な警備を徹底していると言うこと。
つまり、僕を追う何者かからも守ってくれると言うことだ。
「……え? なに? 神代くん、追われてるの? 誰に?」
そのことを話すと、柊は目に見えて怪訝な顔をする。
嘘を嘘だと見抜いてくれる人だと、話が早い。だって、僕は嘘をついていない。
全部、本当のことなんだ。
「それは……分からない。だけど、おかげで僕は怖くて、外出せず引きこもるようになった。でもそれは恵理子さんの不興を買って、追い出されかけてる。だから僕はここに入って、少なくとも三年間は安心する環境で生きたいんだ」
そうすれば、ひとまず謎の追手から逃げたり、戦ったり、そういう頭を悩ます選択肢からは解放される。
だから、僕は常盤城高校を目指した。
……フェリスのせいで、命の危機にまで発展してしまっているけど。
「……なるほどね。腑に落ちない点だらけだけど、ひとまず信じるわ」
「ありがとう」
「だけど。やっぱり、目の前の困難からは全力で逃げてるのね」
柊は、軽くため息をつく。
「先延ばしは良くないわ。きちんと考えて、今やれることをやる意識を持たないと」
「……今、やれること?」
「そう。正確には、入学してから、だけれど。常盤城の卒業生には、大物政治家や、警視総監もいるわ。同期だって、優秀な人材が集まっているはずなのよ。神代くんは、一緒に戦ってくれる人を見つける三年間にするべきよ」
それは、考えもしなかったことだった。
「ただのシェルターじゃない。その追手とやらと戦うための準備期間にするのよ。入学したとしても、どうせ三年後には社会に放り出されるの。だったら、そのための準備をしなきゃ。戦う準備をしなきゃ」
「……、」
「それが、あなたにとっての『ハイスクールゲーム』――そうすべきじゃないかしら」
柊の言ったことは、どうしようもなくその通りだった。
仮に僕が特待生で入学し、主席で卒業することでフェリスの願いを完遂したところで、その後に待ち受けるのは追手との戦いだ。
だったら、そのために戦力を整えておくのはもはや必要不可欠とさえ言える。
戦うのは、怖いけど。
彼女が仲間になってくれたら、さぞ心強いだろう。
「……柊は、一緒に来てくれる?」
ぽろっと溢れて。
その直後、自分がとんでもないことを言っていることに気がついた。
今日初めて会った少女に、一体何をお願いしているのか。
「あ、ちが、えっと、柊みたいな優秀な仲間ができたらいいなー、って」
「高くつくわよ」
そう言って、彼女は不敵に笑った。
一瞬だけ、ぽかんとしてしまって。
その笑みが、ものすごく頼もしく感じた。
結局その後、僕たちは所有者を見つけられず、二〇時になる前に僕のコテージにある柊のカップ麺を回収してもらい、各々のコテージへ別れた。




