第三章 怒涛の一日目 ⑨
「それはそうと、一つ試したいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「ん? なに?」
「解答を共有しましょう」
思わず箸が止まる。
「いや、ダメだよ。解答のやり取りは取引ルームでしないと」
「ルールは隅々まで把握しておくことよ」
「……まさか、これにも抜け道が?」
「確証はなかったけどね。でも、実際にコテージに入ってみて確信したわ。ここなら、声に出して解答を共有しない限り、失格にはならない」
柊は意味深に言う。
「試験内容をしっかり思い出してみて」
「取引のルール?」
「いえ、受験生の監視の内容よ」
言われてみて、脳みそから記憶を引っ張り出す。
「確か……試験会場は監視カメラがあって、この腕時計からも声を拾っているから、不正はすぐにバレる……みたいな感じだったかな?」
「少し違うわね。まず、カメラがあるのは『ビオトープ内』。つまり、プライベート空間であるコテージの中までは及んでいない。そして、腕時計の音声は、AIで認識している。と言うことは、直接的な内容でないと、おそらく引っ掛からない。『解答の内容』そのものとかね。そしてそれらは、発覚次第失格になる」
つまり、こういう作戦会議のようなものがルールに違反することはない、と言うこと。
考えてみれば当たり前だ。
ルール違反になりうる相談をしていたとしても、実行したかどうかが分からなければ失格にはできない。
だから、監視カメラのない部屋で、たとえば紙を見せ合うだけなら、発覚しないので違反にもならない。
「そもそも、一日一人までならコテージに入れるってルールが抜け道を黙認しているようなものよ。だって、倫理的に監視カメラが仕掛けられないようなところは、そもそも受験生が二人以上居られないようなルールにしちゃえばいいじゃない。そうしていないってことは、これはわざと用意された裏技ってことよ」
そう言われると、説得力がある気がする。
ルールをしっかり把握し、精査することで浮かび上がる抜け道。
これが、学校の求める『あらゆる分野の発展を牽引する人材』に必要な能力なのかは疑問だが、世渡りの上手さ、と捉え直せば理解できない話ではない。
柊は、無言で茶封筒を差し出してきた。
おそらく、直接的に『解答の共有』を示唆する会話はAIに検知される可能性があると考えたのかもしれない。
僕も倣って、柊へ茶封筒を手渡し、交換する。
公的な文書のように校印が捺してある紙には、やはり手書きでこう書かれていた。
【問二.赤川先生の出生地は? 解二.山口県!】
相変わらず、知らなければ答えようのないふざけた設問だった。
解答を封筒にしまい、柊へ返す。
無事、何も起きない。
スマホにも通知は来ないし、ビオトープ内のスピーカーからも、失格を告げるような音声は流れてこなかった。
「さて、夕食も終えたし、行動に移りましょうか。まだ、門限の二〇時まで一時間以上ある。『リスト』で他の所有者の顔と名前を確認して、接触を試みましょう」
僕はスープまで飲み干し、後で洗いやすいように鍋に水を溜めてシンクへ置いておく。
そして、二人ですっかり陽が落ちた外へ出た。
不貞腐れているのか、フェリスは着いてこないみたいだった。




