第三章 怒涛の一日目 ⑤
向かった先は、購買だった。
「うお、すごいな……」
購買というより、スーパーの食料品売り場だった。
コテージで有用そうなカップ麺やレンチンの弁当なんかはもちろん揃っているし、野菜類やペットボトルも種類が豊富そうだ。
誰が買うのかわからないけど、ガムテープやノート、マジツクペンなんかの文房具も売っているし、『製菓コーナー』と書かれたエリアには粉糖や食紅まで陳列されている。消毒用アルコールもしっかり置いてあった。
「あ、裁縫セットも売ってるじゃないか」
「……神代くん、裁縫を嗜むの?」
「ん、いや、嗜むっていうか、あまり服って買ってもらえないからさ。多少の破れとかは自分で直すし、ダメになった服は下着とかに仕立て直したりもしてて。……うち、貧乏だからさ」
恵理子さんは、できるだけ僕にお金をかけない。
新品の服なんて一度たりとも着たことがない。大体古着だ。だから僕は、無駄に裁縫が得意だったりする。
それにしても、ここの品揃えは本当にすごい。
極め付けは、冷蔵ショーケースに収められた種々お肉や魚などの生鮮食品。
本当に、誰が買うのかわからないが、やたら高級そうな塊肉や大きな海老まで揃えられているみたいだ。
なにこれ? バーベキューしろってこと? 炭まで売ってるし。
『うっひょー! 光輝クン! フェリスはお肉が食べたいよ! 霜が半端ないよ!』
よだれを撒き散らしそうな勢いでフェリスがショーケースを眺めている。
放っておくことにした。頼むから、勝手に持ち出したりしないでくれよ。
『残念ながら、フェリスはオーナーの願いを妨害することはできないんだ。だから、失格になりかねない行動はできない……くそぅっ! フェリスのステーキ!』
『いや、フェリスのじゃないからね』
それにしても、どうしてこんなに品揃えがいいんだろう。
「……きっと、この試験のために用意されたわけではないと思うわ」
柊は、顎に手を当てがってショーケースの中身をガン見している。
「きっと常日頃からこの第三ビオトープは娯楽用に開放されているか、頻繁に何かしらの『ゲーム』で使用されているのでしょうね。そして、試験によっては、これほどの品揃えが必要になる……ゲームの期間が長かったりするのかしらね」
言いながら、柊はどんどんショーケースに吸い込まれていく。
冷静な口調で、だけどその瞳は鮮やかに霜が降られたお肉を凝視していた。
奇しくも、フェリスと並んで覗き込む格好だ。なんだか不思議な光景だ。
柊の変わった一面を見てしまった気がする。
「……はっ! ごほん。言っておくけど、私はこんな生肉に食欲を唆られたわけではないわ。生肉なんて危険だもの。カンピロバクターや腸管出血性大腸菌が怖いもの。じゅるり」
「生で食べる前提?」
「それより、日持ちがするものだけ数日分買ってコテージに移るわよ。ここは目の毒……いや、えっと、さっきの話を聞いていなかった受験生がひっきりなしに話しかけてくるわ」
「うっ。ちょっとそれは勘弁だな……」
僕はとりあえず、カップ麺売り場へ。
あまり食に興味はないので安そうなシンプルなカップラーメンなんかをジロジロ見て……そして、戦慄する。
「……えっ、えっ!? 一個一三ベルノ!?」
この辺りのインスタント食品は、普通に買うと一五〇円くらいはするはずだ。
となると、大体、一〇円で一ベルノだ。
……ということは。逆に言えば。
受験生が支給された三万ベルノは、三〇万円くらいの価値があることになる。
明らかに過剰だ。この四泊五日で、三〇万円分も買い物をするわけがない。
毎日三食霜降り肉を貪っても、きっと半分も使えないだろう。
「ベルノの使い方が、大きな鍵の一つになってきそうね」
凛とした声で言ったのは、柊だ。彼女はすでに、買い物カゴに山盛りのカップ麺を放り込んでいた。
ご丁寧にパックのチャーシューやメンマまで。あと、おやつ用の煮干しパックも埋め込まれている。
え、ちょっと食べ過ぎじゃない?
「ベルノの使い方? 買い物の仕方ってこと?」
「違うわ。ここで買えるものは、必要最低限+α程度のもの。本当に使い方を考えなくてはいけないのは、こちらの方よ」
柊は、僕にスマホの画面を見せてきた。
内容は、「試験官」というアカウントとのメッセージのやりとりだった。
『柊雨凛です。ASTERというサロンシャンプーをコンディショナーとセットで購入したいのですが、可能でしょうか?』
『可能です。同一商品名でいくつか種類がありますが、指定はありますか?』
『ASTERのNo.4でお願いします。赤いボトルです。コンディショナーとセットで販売されていると思います。一番小さいサイズで構いません』
『確認しました。六〇mLのもので一九六〇ベルノとなります。購入しますか?』
「え、待って、高くない!?」
思わず画面にツッコんでしまう。
僕が呆気に取られていると、柊はスマホを僕から取り上げてホルダーへ戻した。
「購買で買うものと、注文で買うものとではレートが違うみたいね。購買は定価の十分の一、注文は定価の二倍を、ベルノで支払わなければならない。いつもはこのシャンプー、最小サイズで九〇〇円くらいだもの」
「……まぁ、注文の方が高くつくのはわからない話じゃないけど。さっき言ってた、『使い方を考える』っていうのは、どういう意味なの?」
「私たち受験生は、購買だけでは明らかに使い切れない量のベルノが支給されている。きっと購買の存在意義は、四泊五日を生きるためのライフラインでしかない。……だから、これほどのベルノが支給されている意味は、主に『注文』の方にあると考えられるわ」
柊は、家系ラーメンのカップ麺を二つ目の買い物カゴに入れながら続ける。
「これが何を示すか、わかるかしら?」
『フェリスにもご馳走する余裕があるってことじゃないのかい!?』
フェリスの発言を無視して、僕は考える。
かかる食費がかなり少ないであろうことから、ベルノの大半は『注文』で使用することを想定されている、っていうのはわかる。
と言うことは、そもそも、試験を実施している学校側が、シャンプーや、受験生のわがままな『注文』を受け入れる前提、ということになる。
「……あれ」
考えてみれば変だ。
試験の最初にほとんどの私物を取り上げておいて、どうしても欲しいものは改めて買え、だなんて。
きっと、それが本当の使い道じゃない。
もっとこう、それすらも試験に組み込んでいるような……。
「……あ」
「たどり着いたかしら?」
柊が、今度は袋ラーメン(みそ味)をカゴに放り込みながら微笑む。
待って、どれだけ食べるの? と、それはさておき。
「もしかして……注文を利用して、試験を有利に運べってこと?」
僕の発言に、柊は満足そうに頷いた。
そうだ。そもそもこの試験は単純すぎる。多数の受験者の実力を調査する入試として、初手で解答を見つけられなかったらほぼ不合格になるシステムは破綻している気がする。
解答がなくても合格を勝ち取る。解答があれば、効率よく他の解答を集める。きっと、それを目指す生徒の能力を測るシステム――それが、この『注文』というルールなんだ。
――試験に合格するために必要だと思った物品は、学校側で用意してやる。
――ただし、集められるアイテムには金額的に制限を掛けさせてもらう。
初めて、このゲームの本質に触れられた気がした。




