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第三章 怒涛の一日目 ④

 中央ブロックは、あまり植物園らしくない空間だった。


 二キロ四方の敷地は、そのほとんどが中央棟とコテージで埋め尽くされている。

 区画の中心付近に中央棟があり、その隣一帯に大量のコテージが立ち並んでいるのだ。

 北東ブロックから、徒歩だと四〇分くらいかかった。広すぎる。


 あと一〇分くらいで、一七時になろうとしている。森に入ってはいけない時間だ。

 だからか、いろんな方向から少し疲れた様子の受験生がまばらにやってきている。


 いや、綺麗に北ブロックか南ブロックからの二方向からばっかり歩いてきている。

 きっと、残った解答をみんな探していたんのだろう。

 リストを確認。まだ、二つのブロックの解答は見つけられていないみたいだ。


「とりあえず、取引ルームに行きましょうか。私たちの解答だけでも共有しましょう」


 柊の言われるままに、取引ルームのある中央棟に入っていく。

 デパートの自動ドアみたいなガラスの扉を通ると、すぐそこは大きな食堂のような場所だった。大きな長机と丸椅子が、綺麗に整列している。奥の方には購買があるらしく、何人かの受験生が陳列された商品を見て何かを考えている。きっと、ベルノの運用だろう。


 僕たちは天井にぶら下がる案内板を頼りに、食堂の隅にある小さな階段をあがって1.5階みたいなところに辿り着く。

 そこそこ目立つ場所だ。食堂よりもやや高い位置にあるせいで、食堂のどこからでも取引ルームへの出入りは丸見えだ。

 出来るだけこそこそやってしまいたいものの、既に何人かと目が合ってしまった。

 スマホを見てるのはきっと、リストと僕の顔を照らし合わせているのだろう。

 お尋ね者になった気分だ。


「注目集める前に入ってしまうわよ」


 柊に急かされて、取引ルームの取手を掴んで中へ入る。

 すると、目の前にはもう一つ扉があった。二重扉になっているみたいだ。

 音漏れ防止かもしれない。


 僕は今度こそ、扉を開けて取引ルームの中へ――入る前に、大きな声がかけられた。


「おーっと待つんだな!」


 初めは、どこから飛んできた声か分からなかった。

 今の今まで、僕と柊の他には近くに誰もいかったのだから。

 だけど、三秒ほど遅れて気がつく。


 ――取引ルームの中からだ。


「取引ルームは俺が占拠してる! おたくら、解答の共有がしたいんだったら、まず俺に解答を見せてくれや!」


 六畳ほどの小さな部屋の奥で、ヤンチャそうなソフトリーゼントの少年が足を組んで椅子に座っていた。

 彼の周りには、お菓子の包みとペットボトルのコーラ。

 明らかに、籠城の準備だ。


「さもなきゃ、俺はここから一歩も動かねぇぜ? 知ってるよな、取引ルームの定員は二人だ。……あぁ、安心しろ。ルールは『一日二人までしか取引ルームで会うことはできない』だからな、片方が俺に解答を教えても、おたくら二人は望み通りに共有はできるぜ?」


 この手があったか。思わず歯噛みする。

 確かに、取引ルームを占拠してはダメとも、入っていい時間の制限もない。

 だから彼は何もルールに違反していない。やられた。


「汗水流して宝探しなんざバカのすることだ。結局解答はここに集まる。だったらここで、おたくらみたいなミツバチがせっせと運んでくるのを待ってりゃいい。ひゃははっ、クソあちぃ中、砂まみれになってごくろーさん!」


 彼は、コーラをごくごくとがぶ飲みしていく。

 彼の言う通り、気温も湿度も高いジャングルの中を走り続けたせいで汗だくだ。ものすごく喉も乾いている。

 表面が結露していてキンキンに冷えていそうなコーラを浴びるように飲む彼の姿は、正直羨ましい。


『あらら、これはやられちゃったねぇ、光輝クン。くくく、その顔、悪くないよ。悔しがる顔も、フェリスは大好物だ』


 フェリスへ睨みを効かす。相手にするだけ無駄だ。


「どうする、柊」

「……一つ、考えがあるわ。確証はないけど。一旦この場は引いてもいいかしら」

「柊が、そう言うなら」


 僕の返答に、柊は満足そうに微笑む。


「ということよ。目論見が外れて残念だったわね、お菓子好きさん」

「なっ……!」


 うわ、『お菓子好き』は、リーゼントのツッパリ中学生には殺傷力高いって……。


「私たちは、あなたの提案には乗れないわ。交渉決裂ね」

「は、はん! 意地で共倒れだけはごめんだぜ?」

「意地じゃないわ。……その必要がないと言うだけの話よ」


 突き離すように言って、柊は踵を返す。僕も、後についていった。


 災難は続く。

 取引ルームへ続く階段を降りたところで。


「お、おい! そこの奴! じ、神代って読むのか? 俺にも解答を見せてくれよ!」

「ひぃっ!」


 スポーツ選手みたいなガタイをした背の高い受験生が、僕に声をかけてきた。


『あ、「パツパツジャージ」クンだ』


 フェリスの声を無視して周りの受験生たちへ一瞬目をやると、「しまった、先を越された」みたいな顔で歯を食いしばっている。

 こいつらもしかして、全員、解答ハイエナか。


「お前、この銀髪女にしかまだ解答見せてないだろ? だったら、今日まだもう一人見せられるはずだ! 俺に見せてくれよ!」


 マッチョマンは僕に詰め寄ってくる。圧がすごい。迫られるだけで潰されそうだ。

 大体、なんで僕だけなんだよ。柊だって、解答所有者なのに。


「無駄よ」


 柊が一喝。僕とマッチョマンの間に入って僕を庇ってくれる。

 その凛とした姿に、思わずアネゴと呼んでしまいそうだ。


「あぁ? 何が無駄だってんだよ」

「この神代くんが解答を見せたのは、私だけじゃないってこと。取引ルームに、解答を待ち構えてるアリジゴク君がいたわ。だからもう今日は、神代くんは誰にも見せられないの」


 疑うのなら取引ルームを見てくるといいわ、と柊はダメ押し。

 その発言に、マッチョマンは口惜しそうに歯噛みする。


「ま、まじかよ……その手があったか……いや、明日は俺が先に……」


 ぶつぶつ言いながら去っていくマッチョマン。

 周りの受験生たちも同じように、こそこそと何かを話し合いながら僕たちから離れていく。


 ……え。待って。めっちゃ嘘つくじゃん。


「神代くん、行きましょう。お腹が空いたわ」

「ちょ、ちょっと、」


 手を引かれ、購買の方へ。僕は歩きながら、小声で柊を称賛する。


『本当に、頭の回転早いね』

『口が回るだけよ』

『嘘は、イカサマじゃないってことでオッケー?』

『ケースバイケースね』


 めちゃくちゃ都合の良いことを言って、柊は歩き続ける。

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