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第三章 怒涛の一日目 ③

 彼女の手には、茶色い封筒が握られている。

 彼女もすでに、どこかのブロックの解答を手に入れたみたいだ。


「金曜日のペーパー試験なんて只の確認作業。実際は、この『受験戦争ゲーム』において、しっかり正しい解答を規定数集められるか。その能力を測ることが、試験の本質ということよ」


 赤川先生が言っていた、常盤城高校で行われているという様々なゲーム。

 この『受験戦争ゲーム』も、その一端。

 ならば、「ゲームで勝利する」以外の合格ルートなど存在していない。


「ほら。まずは一枚、確保しておかなければかなり厳しかったでしょう?」

「……そうだね。助かったよ」


 僕が試験開始前、誰かから解答を教えて貰えばいいと考えていたのは、解答にそれほどの価値を感じなかったからだ。


 学力だけで試験を突破できると考えている者が一定数いる場で、解答の価値はそれほど高くない。

 あればもちろん欲しいが、無ければ無いでなんとかなる――そう考えている者も多かっただろう。

 そうなれば、所有する解答をどこかの誰かに教えることへのハードルはあまり高くない。


 だけど、肝心のペーパーテストの内容がこれでは、話が変わってくる。


 受験者は、確実に解答を七つ以上知る必要がある。となれば、解答所有者の取る行動はほとんど一つだ。

 自分の解答を教える代わりに、誰かから解答を教えてもらう。つまり、解答の交換だ。


 取引ルームで会える人間は、一日二人まで。試験は五日間だから、最大で十人。

 解答所有者は、その限られた枠に、メリットのない者とのやり取りを入れる余裕などない。

 解答の所有者が『リスト』で公開されている以上、嘘もつけない。

 持っていない者が解答譲渡の交渉をするのは、ハードルが高すぎるのだ。


「試験のルールをしっかり聞いていれば、この程度の推測、中身を見なくてもわかったはずよ。なのにあなたは、挙動不審だし、一歩引いて戦おうとするし……」

「ご、ごめん……?」


 なぜ叱られているのもわからないまま、反射的に謝罪。


「さて、神代くん。一つ提案があるのだけれど」


 柊は改まって、長い銀髪をかきあげる。

 青いジャージが凄まじくダサいけど、それを上塗りして絵になる仕草だった。


「私と組まないかしら?」


 それは、あまりにも突然で。

 僕にとっては、滅ぶ世界に浮かべられたノアの方舟に等しかった。


「もちろん、いきなり言われても戸惑うと思うし、勧誘した側としてメリットを提示させてもらうわ」


 僕の中では即断で頭を下げる内容だったけど、柊が間髪を入れず続けたため、口を挟む暇がなかった。


「仮に、私たち二人が手持ちの解答を共有したとして、合格ラインである七問正答に到達するには、あと五問の解答が必要よね? それは、どうやって入手すればいいと思う?」

「それは……同じように残りの所有者の人たちから教えてもらうんじゃないの?」

「どうやって?」

「え、たとえば、解答を持っている人を捕まえて、その人と交換条件で解答を見せ合う、とか」


 僕がここまで言ったところで、柊が遮る。


「全部は教えてもらえなかったら?」

「え?」

「その人が実はすでに五枚持っていたらどうかしら? その人は私たちと解答を二枚交換した時点で、解答を七つ知ることになる。残りの解答を開示するメリットが何一つとしてないわ。その人以外に合格者がいなければ、特待生も確実だしね」


 言いたいことは、わかるけど。


「そ、それはちょっと無理やりでしょ。……第一、その人が解答をいくつも持っていたら、『リスト』で公開されてるんだよ? 一発でわかるじゃん」

「グループだったら?」


 突きつけるように。

 まるで本題はここからだと言わんばかりに、柊は語気を強める。


「解答を持っている五人が結託して、グループ内でだけ共有していたら? これなら現実味あるでしょう?」


 確かに。友達何人かで一緒に受験している人たちもいた。

 その人たちが解答をそれぞれ見つけていたら、グループの構築はあり得る話だ。


「私たちが解答を揃える前に、たった一人、そのグループの人間に教えたらもうアウト。その可能性もない話ではない……その時点で、警戒するに値するわ。ここは零か百、今後の人生を左右する入学試験なんだから」


 ……考えすぎ、とは思うけど。

 失敗が死に直結する僕としては、確かに、わずかな可能性の芽も潰しておきたい。


「だから、何の確証も得ないまま解答をばら撒くのは危険なのよ。生殺与奪の権を、他人に握らせることになるんだから」


 柊は、手に持った茶封筒を目をやると、


「この解答は、大事な『情報』。ベルノとは別の、もう一つの『資産』なのよ。持っていること、そのものにすら価値がある」


 僕とは、思考の深度がまるで違った。

 柊は、やはり抜群に頭が切れる。

 手を組んでくれると言うのなら、これほど心強いことはない。


「グループの逃げ切りが一番怖いわ。何かの間違いで七枚揃ってしまったら、もう私たちに挽回する術はないもの。……だったら、それを防ぐにはどうしたらいいと思う?」


あっ、と声が漏れた。ものすごく単純な話だった。


「先に、解答を三枚確保してしまう?」

「実に素敵ね。正解よ」


 解答は全九枚。

 であれば、三枚さえ独占できれば、他のグループが揃えられるのは六枚まで。

 合格に必要なのは七枚だから、その時点で勝ち抜けはできないのだ。


「そうすれば、そんなグループがいたとしても、交渉の土台に乗って来ざるを得ない。だから私は、まずは必須の三枚を確保すべく、解答待ちの仲間を集めているの。……それも、グループに所属していないであろう仲間を、ね」


 柊は、クールで、だけど勝気な笑みを浮かべて手を差し出してくる。


「神代くんに同窓生がいないことも見ていたらわかる。あなたはグループに属していない。これがあなたを勧誘する理由よ。……どう? パートナーになってくれるかしら?」


 そんなこと、言うまでもなかった。


「もちろん! こっちがお願いしたいくらいだ!」


 差し出された手をぎゅっと握る。渡りに船だ。


「あ! だったらさ、早くもう一枚の解答も見つけないと」


 すっかり話し込んでしまった。『リスト』から現在の状況を確認すると、すでに七箇所は『済』となっている。あと二枚。北と南ブロック。急がなければ。

 だけど、柊の反応は違った。

 僕と同じようにスマホを見たみたいだけど、表情はどこか険しかった。


「……いえ、今日のところは引き上げましょう」

「えっ? な、なんで?」

「……もう、捜索フェーズは終了。試験は次のフェーズに移っているからよ」


 柊は、意味深なことを言って歩き始めてしまった。

 まだ二枚解答が残っているのに、次のフェーズ?


 ……意図はわからないが、きっと柊の方が正しいんだろうな。


 僕も、おそらく中央ブロックへ向かう柊の後を追いかけた。

 フェリスは、うたた寝しながら引っ張られるように漂ってついてきた。


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