第三章 怒涛の一日目 ②
「僕はただ、穏やかに生きたいだけなのに……」
ほんの少しだけ、空を恨む。
そして、首を振った。
弱気になっている暇はない。こんな自傷行為で時間を無駄にしても、緩やかに死んでいくだけだ。
とにかく僕が今やるべきことは、なんとしてでも解答を探し出すこと。
そう自分を奮い立たせ、立ち上がる。お尻についた砂や木屑を払い落とし、地面を蹴った。
そして。
「……んっ?」
妙な違和感に気がついた。
地面から足に返ってきた感触が、少し硬かったのだ。
ビオトープ内の土壌は全体的に耕されているというか、どこからでも植物が萌芽できるようにかすごく柔らかい。砂というよりは、土という感じだ。
だけど。この樹の根本の地面だけ、やけに固まっている――いや、柔らかい土の下に金属の板が敷いてあるような感触だった。
「――もしかして」
僕は急いで、樹の根元を素手で掘り返す。
爪の隙間に土が入り込んできた。だけどそんなことに構っていられない。
ほんの二、三センチの土をどかしただけで、ソレは見つかった。
飴玉が入っていそうな、手のひらサイズの四角いブリキ缶。
誰かの隠した宝物みたいだった。
ソレを開ける。
中には、褐色の封筒が収納されていた。
「やっ、やった! ラッキー!」
『あー、一つ手に入れたんだ。おめでとう。超つまんね。ラッキーパンチかよ』
フェリスが気だるげにぼやくも、ざまあみろとしか思えなかった。
「そうだ、持ち主登録しなくちゃ」
青いジャージで雑に手を拭いた後、スマホで封筒のQRコードを読み込む。
ピロン、と軽快な音がして、『持ち主登録完了』と青い文字が画面に出力された。
一応、『リスト』から北東ブロックを確認。大きく『済』と赤い文字が踊っている。
これで一歩前進だ。
極論を言えば、解答をあと八つ手に入れるか教えてもらい、ベルノを使用しなければ、特待生が確実となる。
そう思うと、一気にやる気が込み上げてきた。
「よし……次だ」
まだ、隣の北ブロックのリストには『済』マークがついていない。
この足で北ブロックの解答も手に入れてしまおう。そう思い、北ブロックのリストをタップする。
しかし、北東ブロックのヒントが表示されてしまった。
どうやら操作をミスって、北東ブロックをタップしてしまったようだ。
「……えっ?」
そして、驚愕する。
先ほどまではヒントの長文が書かれていたページ。今はヒントの文章が暗くなり、対照的に上部の情報が目につくようなレイアウトになっていた。
神代光輝という名前と、僕の顔が。
「……まじでか」
赤川先生から特に説明はされていなかったが、持ち主登録した者の顔と名前は受験者に公開されるみたいだ。
確かに、受験生は願書を送る際、顔写真も提出している。学校側がこのシステムを作ることはできるけど。
これでは、僕が北東ブロックの解答所有者であるということが、全受験生に通達されたも同然。
その意味がわからいほど、僕は流石にハッピーなバカではなかった。
「まるで、指名手配犯じゃないか……」
受験者は六〇人。
このシステムは、解答を所有している人間を公開し、隠れることを許さない。
つまり、受験生が解答所有者へ接触することを促すためのシステムだ。
「……どうして、そんなことを?」
そもそも、ここにいる受験生は軒並み優秀だ。仮に解答を集められなくても、ゲーム後のペーパーテストを自力で突破できるような実力を持つ者だって多いだろう。
今更だけど、こんなズルみたいな試験、何にために実施しているんだろうか。
そんなことを思いながら、気になって封筒の中身を開けてみる。
公的な文書を意味するであろう常盤城高校の校印が捺してあり、そして、
「……え?」
背筋が凍った。
その内容が、あまりにも常識から外れていたから。
「た、確かに、ペーパーテストの科目とか、言ってなかったけど……これは……」
嫌な汗が頬を伝う。
そこに、手描きの丸い文字で書かれていたのは。
【問三.赤川先生の好きな食べ物は? 解三.牛タン♡】
義務教育で学んだことなんか何一つ役に立たない、悪ふざけみたいな設問だった。
そして、その浅い質問みたいな問題文と解答には、いろんな意図が透けて見えた。
多分。きっと、これは。
「こんな体それた試験を課しているのに、お勉強だけでパスしましたなんて許さない……ってことみたいね」
ふとかけられた声に、ばっと振り返る。
聞き覚えがある……とまではいかないけど、今日一日で何度か聞いた声だった。
「柊……!」
艶やかな銀髪を靡かせる釣り目の少女、柊雨凛がそこにいた。




