32 空から降って来た男 (リクルの冒険者編②)終
彼らへの説明は「妖精の雄叫び」だと表現しておいた。
ポポクロンなんて在りもしない種族だし、だれも知らないから。
それに獣人と妖精の種類は無数にいて、未確認のものもいるわけだから。
つい適当なことを言ってしまった。
本当のことはいまはとても明かせないから。
「よ、妖精でも雄叫ぶんだね? イメージとはかけ離れているけど……」
「ああ、目の前で見せられたんだ信じるしかないよな。すげぇリクル!」
賞賛は嬉しいが、勝利の余韻に浸っている暇はないと伝えた。
「気を失っているのは暫くの間だけだ。耳の良いゴブリン族だから偶々こうなっただけだよ。奴らが目を覚ます前に荷物を持って退散しよう!」
ゴブリンたちの息の根を止める所までやってしまうとガクトたちの呼吸も辛くなってしまう。平地に住んでいる者が山登りをすると高山病になるようなものだ。
「え、そうなのか!」
「うん、目を開けたら同じ手が通用するかわからない。不意打ちだから」
「よし、そういうことなら早いとこ、ズラかろうぜ!」
「そうね、いまはレベルよりお金よね! リクルくん素敵っ!」
「ありがとう、だけどごめん! 欲を出し過ぎた俺の失態だよ」
「そんなの冒険者にはつきものよ。結果オーライで良いのよ! さ、行こう」
皆を危険に晒してしまったことを詫びようとすると、ニアがそれをきっぱりと否定してくれた。お金になるアイテムがこんなに大量に入手できて、無傷だったのが奇跡だといって。
俺たちは森の入り口付近まで逃走したのだが、そこに待ち構えていたゴブリンがいた。
侵入してきたのなら当然出て行くはずだろうと読んでいたのだろう。
その数がまたヤバくて今度は100匹もいるではないか!
ゴブリンだって知能はあるわけだから。
待ち伏せ隊が待機していやがったのだ。
さっきと同じ手が使えない。
『森羅吸引は』は開けた空間に適した技だ。
森の出入り口付近だと木々が群生しているため、そこからも酸素を奪ってしまうことになるのだ。手前の場所ではやむなく十数本を犠牲にしてしまったが。
その程度なら環境に支障はないだろう。
植物から一度奪ったエネルギーを元通りにうまく返してやる技術まで俺は習得していない。
出口を塞がれてがっつりと囲まれてしまった。
たった4人の駆け出しレベルの冒険者で戦闘に挑むのは無理だ。
このままでは皆、犬死させられてしまう。
もっと街の周辺でレベル上げをしなければいけなかった。
「やっぱりごめん、俺が低レベルであるのに調子に乗り過ぎた……」
「わたしたちは揉めないよ。互いを責め合わないの!」
「リクルを調子に乗って早々に森へ連れだったのは俺たちだ、いまは共闘だぜ」
だれも悪くない。
共闘だから責任のなすり合いで揉めることはない。
なんという友情で結ばれた熱いPTなのだろう。
だが俺たちの死は目前に迫っている。
採った果物を全部投げ出しても許してくれないのが魔物の怖さなのだ。
こうなれば一部の森が再生不能になっても犠牲になってもらい、森ごと死滅させる以外手段はなさそうだ。街の環境ギルドから調査部隊が出動してきて説明をせまられるだろうか。
それともギルドカードに自動記入されるのだったか。
素性を知られてしまうかもしれないが3人は救いたい。
そう覚悟を──決めようとした時だった。
上空から「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!!」という声が聞こえた。
見上げた。
かなりの上空だった。
その声に空を見上げたのは俺ひとりのようだ。
ゴブリンは俺ほどは耳が良くないのだな。
状況としては誰かが空から降って来る。
どんどんと近づいて来る。
このまま落下して来るなら、そいつは俺たちの傍に落ちて来ると思われた。
何者か知らないが周囲は最悪の状況だぞ。
こんな切羽詰まった状況下で俺が上空を見上げていたのでガクトたちも気づいたようだ。
「リクル! どうしたんだ、ぼーっと空なんか見上げて。うお! なんだあいつは! ニア、マリ。空に誰かいるぞ!」
「えっ!」
「きゃああ! ほんとこっちに向かって振って来るみたいよ!」
「少し下がらなきゃ、踏みつぶされるぞ!」
俺が踏みつぶされないように促すと、皆、ジリ貧で立ち位置をずらした。
いったいなぜ空から人が振って来るのか。
それを考えている余裕はいまの俺たちにはなかった。
かの者はあっと言う間に傍に降り立った。
地面の上に、ズシャーーーン!と降り立った衝撃で土煙がモクモクと舞い上がった。
舞い上がった土煙が立ち込めたのはほんのわずかな間だった。
すぐに景色は晴れたのだが。
空から地上に降り立って来たのは何も装備をしていない十代後半の少年だった。
人族、つまり人間の子だった。
あんな高い空から落下してきて地に着地したようだ。
そんなことより、ゴブリンたちの様子が何やらおかしいのだ。
急に仲間同士の顔を見つめ合って、「ギャーギャー」とわめき出したのだ。
手に持っていたこん棒で互いを殴り合っているのだ。
それも連鎖的に。
なにが起こったのかよくわからない。
だが俺は見た。
俺の目にだけは確かに映っていた。
少年が降り立った直後、彼の両目からキラキラと光る薄い円形の結晶?
それがゴブリンたちの眼球めがけて飛来して行くのを確かに捉えたのだ。
無数に飛び散って行ったのを目視したのだ。
何かを意図的に散布したようにも窺えた。
そのことがゴブリンを互いに発狂させているのだろうと考えていたのだ。
だがそれがどういったものかは良く理解できてはいない。
ゴブリンたちは互いの顔を見て「ぎゃああ、化け物だ! 死ねぇ!」と。
化け物が化け物に向かって「化け物呼ばわり」とは滑稽であるが。
繰り返しわめき散らして次々と同士討ちをしていき、100匹全部撲殺し合ってその場に倒れ込み、死んでしまったのだ。
「お、おい。あんた? どこから落ちて来たんだよ?」
「ケガはないか?」
「まさか、不死身か。そんなわけないよな?」
俺とガクトが立て続けに質問をぶつけた。
登場とともに瞬時にあの100匹を殲滅したのだ。
俺だって興奮を抑えられなかった。
だが彼はキョトンとしていた。
まるで他人事のように。
そして一言こういった。
「ここは、どこですか?」
「まさか……記憶がないのかね?」
「いやそうじゃないですが。おれは猿飛スライムです、よろしく」
よろしくと言われてもPTは組まないぜ。
得体の知れない強さだ。
いまは礼だけを言い、深く関わらないでおこう。
ゴールドピースの4人でアイコンタクトをとり、頷き合う。
ここが何処かも知らずに空から降って来たのかね?
それじゃ、ゴブリンを討伐しに来たわけではないのかね?
だが全て彼が片付けてくれたのは事実だ。
俺たちは生きて街へ戻れるのだ。
この底知れぬ幸運の出会いには感謝しかない。
とりあえず、素性の知れぬ少年には、
「助けてくれて、ありがとう! あなた強いのね!」
「ゴブリン集団を秒で死滅させるなんて神じゃないの!」
「おぉ! だから空から舞い降りて来られたのか! すげぇ!」
「猿なの? スライムなの? 変わったお名前ですね。でもありがとうね」
神?
まさかアイツも?
とりあえず窮地を救われたのだから礼は言っておかねばな。
俺は深々と頭を下げた。
「もうすぐ救援隊がくるわよ。リクルが初心者なので応援を呼んでおいたの!」
「気が利くなマリ。救援隊が街から来るからあんたはきっと表彰をうけるよ、おめでとう」
「それじゃ俺達は早いとこ街へ戻ろうよ!」
皆が承知した。
この少年のことは救援部隊に任せて俺たちはガブゴブの森を後にした。
「リクルの冒険者編②」終わり。
空から降って来た男は、小説/ ティアオブティア 主人公・猿飛スライム。
次編まで間が開くことがあります。
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