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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神様のご依頼、従魔と一緒に努めます ~何故私は求婚されているのでしょう?~

作者: 由良梨乃

 木造三階建ての大きな建物――冒険者ギルド内は、今日も昼間から騒々しい。


「おぉ、やっと帰って来たか! 今日はパーッと祝杯だな!」


 真昼間から知り合い冒険者の帰還にかこつけて宴会を始めようとする者。


「ちょっと、この依頼は私が先に受けようとしたのよ!」


 冒険者ランク別のボードに貼られた依頼書の前で小競り合いを始める者。実に様々だ。


「お待たせいたしました。次の方、どうぞ」


 大小様々なボリュームの声が響くなか、ギルド内にある受付エリアの一画を任されているリカは、周囲の音に負けないよう笑顔を浮かべて声を張った。


「この依頼を受けようと思ってね。お願いするよ」


 数秒もせず、少し離れた場所で待機していた女性冒険者が、ランク別に仕分けされたボードから破り取って来たと思われる依頼書を受付デスクに置く。

 彼女の言葉に、「確認いたしますので、少々お待ちください」と口を開いたリカが手元にある資料と依頼書の内容を見比べ確認を始める。


 ギルドの受付担当として働き始め、もうすぐ三カ月。元日本人(・・・・)な彼女もこの世界(・・・・)に少しずつ慣れてきた。


「やっぱり、リカちゃんは天使だ」


 そこかしこで談笑する声に混ざって、リカの声を聞いた男性冒険者たちは、どこか恍惚とした表情を浮かべたまま吐息を零していく。

 けれど、まるで女神でも崇拝するような尊い気持ちを全面に押し出した彼らの声は、残念なことにリカへ届く様子はない。


 ギルド内に点々とたたずむ男たちが発したそれは、“大勢いる女性冒険者の声”にあっけなくかき消されてしまうせいだ。




 ◇ ◇ ◇




「――というわけで、心優しい君にはワシが管理する世界で暮らして欲しいんじゃよ」


「は、はぁ……」


 事の発端は三カ月前。日本の首都東京で一会社員として働いていたリカ――野中(のなか)梨花(りか)は交通事故に遭い命を落とした。

 大学卒業後に就職し、ずっと働き続けてきた会社へ向かう途中、車道に飛び出した小学生を庇っての死だった。

 車にはねられた衝撃やアスファルトに全身を叩きつけられた苦痛のなか意識を手放したと思っていたら、何故か辺り一面真っ白な空間に彼女はポツンと一人立っていた。


(ここって、死後の世界、なの?)


 最初は何が何だかわからず混乱するだけだったが、一番新しい記憶を思い返し、自分の死を悟った彼女はおもむろに首を傾げた。

 そこに、「ちょいとそこのお嬢さん」と年配男性の声が聞こえ、ふり返った先にたたずんでいたのが声質の通りな年配男性――本人曰く“異世界の神様”らしい。


 少し話に付き合ってほしい。

 自分がいる場所がどこかもわからず、混乱してばかりな梨花の中で戸惑いが大きくなったものの、性根が優しい彼女は初対面な老人の話を聞くことにした。


 梨花がいる場所は“老人な神様の神域”というところらしく、出社するために自宅アパートを出た時と同じスーツ姿の身体は“魂”の状態だと教えられる。


 道路に飛び出した子供を庇って彼女が死んでしまったこと。

 魂を元の身体に戻しても、本当に死んでしまうだけなこと。


 それらを教えられた直後、神様は眉を下げながら若干申し訳なさそうに呟いた。


「お嬢さんさえ良ければ、ワシが管理する世界に行って生きてくれないかのう?」


「――?」


 目の前にいる彼の言い分がすぐに理解出来ず、梨花はおもむろに首を傾げるしか出来ない。


 咄嗟に身体が動いたものあるけれど、梨花自身子供を助けた自分の行動を悔いてはいなかった。

 享年三十二歳。時期は違えど両親はどちらも病気で早死にし、親戚付き合いが希薄だった彼女には、正直日本での生活に未練らしい未練はない。

 まぁ、もう少し生きたかったな、くらいの残念さはあるものの、改めて思い返しても他人に話したら、「つまらない人生だね」と言われる日々しか送れていない気がする。

 もう十年近くお世話になっている会社と家を往復する毎日で、休みの日は録り溜めていたドラマや映画を見るか、料理を作るか、唯一の趣味とも言える手芸をするかの日々。

 恋人ももう何年も居らず、周りがどんどん結婚していくなかマイペースな独身生活をしていた。


 そんな“特別なもの”を何も持たない自分に対し、この人は何を言っているのだろう、と思わずにいられない。


「お嬢さんはちゃんと“持っておる”よ。“人の為に行動出来る優しさ”が、君の“特別なもの”じゃ」


(え!? 私ったら声に出して……っ!!)


 神様の微笑ましそうな視線を受け、彼が発した言葉を聞いた瞬間、思わず口元を両手で隠したものの、恥ずかしさに頬を染める梨花の反応に彼はただニコニコと笑うだけだった。



 話の途中で、「茶を出すのを忘れとったわい」と苦笑し、彼がサッと空中で手を振れば見るからに高いとわかるテーブルやソファー、ティーセットが目の前に出現する。

 まるでファンタジー映画に出てくる魔法そのものな光景に驚く梨花に、自分が管理する世界の飲み物だと言って、神様は紅茶に似たお茶と焼き菓子を振る舞ってくれた。

 戸惑いながらも、「美味しいぞ? 貴族の中で今一番人気の店のものじゃ」という言葉を無下に出来ず、説明のお供として梨花はティーカップを手に取る。

 同じものを自分の手元にも出した神様が、お茶で自身の喉を潤した後に語ったのは、“彼が管理する異世界”について。


 神様が管理する異世界は、梨花がこれまでに見てきたファンタジー映画の世界に似たものだという。

 電化製品や化学が発達した現代と違い、日常生活を送るために魔法が必須な世界。

 魔物などもおり、人間を害するモノを討伐する冒険者、食料品や物資を売り買いする商人として生計を立てる人達が一定数居る。


 ――梨花には“是非とも”その世界に行ってほしい。


 と、神様は切に願っている。


「どうして私なのでしょうか? ご覧の通り、私は自分で自分の身を守る術も知らない人間です。冒険者はもちろん、多少の計算は出来るかもしれませんが商人として働く商才も無い……ただの平民にしかなれません」


 死んだ梨花の魂をわざわざ自分の神域に招いてまで、この人は一体何がしたいのだろう。

 頭の中にたくさんの疑問符を浮かべながら、「私に出来ることって……精々接客業くらいかしら?」と首を傾げるばかり。


 そんな梨花の様子を見た神様は苦笑いを浮かべ、彼女を神域に呼んだ理由と自身が管理する世界へ招きたい理由を話し始めた。



「……女性が強すぎる、ですか?」


「そうなんじゃ……昔は男であろうと女であろうと、互いが互いに尊敬し合い、良い関係を築けていたが……今となっては見る影もない」


 大きなため息を吐いた神様曰く、彼の世界は今、“男尊女卑”ならぬ“女尊男卑”になっているらしい。


 昔はお互いを認め合い支え合うように生活していたのに、男女では覆らない力の差のせいで男たちがえばり始めた。

 最初は大人しく男たちの言うことを聞いて暮らしていた女性たちだったが、いつからかそのうっ憤が爆発し、「男に舐められないように強くなってやる!」という意識が世界のあちこちにいる女性たちの間で強くなっていった。


 結果、男女のパワーバランスがすっかり逆転してしまったのだとか。


 今では冒険者をやっている男女の割合は女性の方が圧倒的に多く、女性冒険者相手となったら力や戦う術の無い男性はあっさり負けてしまう。

 筋肉ムキムキパワータイプな女性の多さ問題視しているのかと思えば、いわゆる平民の女性や、礼儀作法をしっかり学んだ貴族令嬢もいると教えられた。


「令嬢だからお淑やかかと言われれば、こちらも真逆……自分の意見はすべて通ると思っているわがまま娘ばかり。自分の気に食わないことがあれば、暴言暴力は当たり前、相手の生活など考えずすぐにクビ、じゃ」


 自分の世界に蔓延る問題を自身の口で語ることに疲れてきたのか、頭が痛いとぼやきながら神様は何度目かわからない深いため息を吐く。


 肉体的な強さで押してくる女性の割合は、世界人口的に見れば一部でしかなく、神様が問題視しているのはもっぱら彼女たちの“精神面”らしい。


 冒険者、貴族令嬢、そして平民、どの身分にあったとしても彼の世界の女性は総じて“気が強すぎる”のだとか。

 その強さに大半の男性陣は圧倒されてしまい、一部反論できる精神を持った人もいるが、口喧嘩から暴力沙汰に発展することも少なくない。


 すっかり男女間の関係性がギスギスしてしまった世界では、恋愛に発展する機会も昔よりガクッと減ってしまった。

 そして比例するように、年々結婚、出生率が低下し、世界に活気が無くなってきている、と神様はひどく嘆いていた。


「そちらの事情については理解しました。神様が危惧している点は、男女間の意識改革や、それに伴う人口増加、世界の発展、ということなのでしょうけれど……正直、私には荷が重いといいますか、解決の糸口になれるような行動が出来るとは思えません」


 梨花が以前見た映画の中には、漫画や小説を原作にした“異世界転生モノ”というジャンルがいくつかあった。

 それらの映画に現状が似ているな、と思ったおかげで、彼女の中で自分が思っている以上に混乱は少ない。

 死んだ人間が神様にお願いされ異世界へ行く、といういわばテンプレ展開が、今自分の身に起きていると理解しても、なんだか現実味が薄い気がした。

 目の前にいる神様が危惧する世界の問題点――“男女間の意識改革”を、平凡な会社員でしかなかった自分解決出来るとは到底思えない。

 異世界モノのテンプレらしい、魔王などの巨悪を倒す冒険も無理難題だが、今回の議題は別次元で難問過ぎる。


「心配せずともよい、お嬢さんはただ自分の好きなように生きてくれればいいんじゃ」


「……はい?」


 これは、神様のお願いを丁重に断り、魂を輪廻の輪に戻してもらった方がいいのだろうか。

 なんて考える梨花の耳に、突拍子もない新たな言葉が飛び込んできた。





 ◇ ◇ ◇




 何をすべきかわからない、と不安がる梨花に対し、神様は終始、「君のままでいい」とくり返すだけだった。

 自分には荷が重いと弱気なことばかり言う彼女に、神様は色々と特典をつけてくれると言って、結局は半分丸め込まれる形で思惑に乗ってしまった。


 気が強すぎる女性たちに対しては“素直になること”への理解を、気弱な男性たちに対しては“己に自信を持つ”勇気を、教えてやってほしい。


 ――最初は小さな新芽でも、成長すれば必ず立派な大樹になるのだから。



(なんて言っていたけれど、本当にこのままでいいのかしら)


 今日もギルド受付として一日の仕事を終えたリカは、サポート役にと神様から授かった神獣・白虎の“ネージュ”と一緒に冒険者ギルド内にある職員宿泊エリアを目指す。

 そんな彼女の肩には街に着く前に懐かれたスライムの“メルク”、腕の中には角が折れたせいで親に捨てられたところを保護したホーンラビットの“ココ”が居る。

 ネージュは日本の動物園で稀に生まれるホワイトタイガーに似た見た目、メルクは晴れ渡った空のように綺麗な水色の身体だ。

 そしてココは、いわゆるネザーランドドワーフに似た見た目でおでこの部分に一本のツノが生えている。親元で兄弟と一緒に遊んでいる時、間違って岩に激突してツノの先端が折れてしまったと話してくれた。


 ネージュ以外は魔物だが、二匹とも大人しい性格で自分に優しくしてくれたリカにすっかり懐いている。

 彼女の今の職業は、【冒険者ギルド職員兼テイマー】と言っていいだろう。


 魔物を使役し、戦闘や自分の生活に活かすテイマーのスキルは、神様から貰った様々な特典の一つだ。

 他にも年齢を二十歳に若返らせてもらったり、製薬、調理に役立つスキルなどを授けてもらった。


「……あっ」


 昼間受付につくリカの護衛兼冒険者たちへの癒し提供という任務を全うしてくれた従魔たち。

 順番にみんなの撫でながら歩いていれば、寝泊まり用に借りている一室近くで“あるモノ”を見つけ、思わず脚を止めた。


(今日も届いてるな、花束が)


(お花綺麗ねー)


(おはなー)


 脚を止めた主人に気づき、ネージュ、メルク、ココがそれぞれ鳴き声をあげる。

 周りにいる皆には魔物特有の鳴き声としか認識されないが、契約をしているリカにとって彼らの声はしっかり言葉として認識出来た。


「誰が置いてるのかしら、これ」


 止めていた脚を数歩分動かし部屋の前にやってきたリカは、抱えていたココを床の上に下ろし、自由になった手で部屋の前に置かれていた小さな花束を拾う。

 仕事を終えて部屋に戻ってくるとドアの下に花束が置いてある。

 そんな光景を目にするようになったのはここ最近だ。

 基本は数日おきだが、日によって連日だったり、少し間が空いたりする時もある。

 最初は誰かが落とし物かと思って、自分と同じ職員区画で寝泊まりしている職員たちに聞いてみたが、皆一様に、「知らない」と言う。


 ネージュたちと色々話し合って、この花束はきっと“リカ宛て”なのだろうと結論を出した。

 神様から貰ったスキル“鑑定”でも、普通の花束としか説明がなく、悪意や魔法が込められた形跡は見当たらない。

 だからと言って、毎回違う花を束ねた可愛らしいそれの差出人が不明なことに変わりはない。

 日本にいた頃のようにメッセージカードでもついていてくれれば、差出人や意図がはっきりするのに、と思いつつ、リカは小さく息を吐き出す。


「また、花瓶に飾らなきゃ。せっかく綺麗なんだから……」


 神様からこの世界の人々の意識改革を依頼されたリカ。


 異世界に慣れることと、日々の仕事に手一杯な彼女は、「どうするべきか」と一人頭を悩ませながら日々を送る。

 “花束の差出人探し”も、やるべきことの一つとして脳内にインプットしながら――。




 ◇ ◇ ◇




 

 数日後――休日をもらったリカは、従魔たちと一緒に昼間は食堂、夜は酒場として賑わう飲食スペースの隅を借り、日本にいた頃も趣味にしていた手芸に勤しんでいた。

 今作っているのはココのマスコットぬいぐるみだ。

 ギルドから遠くない場所にある仕立て屋さんで、少し前にもう捨てるだけだという端切れをもらった。

 そこから、時間がある時はチクチクと裁縫に勤しみぬいぐるみを作っている。

 最初にネージュを作り、次はメルク、そして今がココ。もう三体目ともあって、最初の頃よりスムーズに手が動いていく。

 主人が縫物に没頭する間、ネージュやメルクは、リカが座る隣の椅子の上に居たり、彼女の膝の上でくつろぐなどリラックスしている。

 テーブルの上にちんまりとうつ伏せになったココは、フンフンと鼻を鳴らしてリカの手元にある紙を見つめていた。

 デザイン決め用にと描いた“デッサンされた自分の姿”が気になるようで、時折短い前脚で紙をペシペシ叩いている。


(これ、ココのかおー?)


(そうよ。これから、ココそっくりのお人形を作るわね)


(おにんぎょー、たのしみー)


 念話で話しかけてきたココの間延びした声に、フフッと笑ったリカは一旦針を持った手を止め、反対の手に持っていた布地に針先を刺して止める。

 自由になった手で、ココの折れた角の下あたり――丁度目頭くらいの位置を優しくくすぐる。

 従魔たちのなかで一番精神的に幼いココは、見るもの聞くもの、食べるもの、すべてに興味津々のお年頃らしい。

 知識欲の塊みたいに、「なに? これなーに?」と訊ねてくる。

 子育てなんてしたことは無いけれど、お母さんが我が子に抱く気持ちはこんな感じなのだろうか、とリカの心は温かくなった。



 今日も今日とてギルド内はたくさんの冒険者たちの声が響いて騒々しいけれど、ほぼ毎日受付にいるリカたちにとっては最早耳慣れた音。

 せっかくの休みなんだから、部屋でゆっくりしてもよかったが、一人と三匹だけの部屋は妙に静かで落ち着かず、昼時が近い混み合う間まで飲食スペースの一画を貸してもらっている。

 時々、彼女を心配して女性冒険者たちが話しかけてくれるので、一旦手を止めて話をするのも楽しい。

 何よりこの状況は、リカなりの“作戦”でもあった。

 神様からの依頼を解決する糸口を探すために、もっとこの世界の人々について知るための情報収集の時間と本人は認識している。


 異世界へ来て三カ月。この世界の女性たちは、神様から事前に聞いていた通り強気な性格の人が多いというのがリカが受けた印象だ。

 今お世話になっているギルドは、この世界で一番の大国に内にある首都にある――言わば各国、各都市にあるそれらの本部のような場所らしい。

 神様と話をした後、リカが目覚めた場所は、首都に入る検問所から離れた場所だった。

 目覚めた時には、「本当に来ちゃった」と唖然とするだけだった彼女の隣で、「ふぁああ」と欠伸をしながら目を開けたのが神様の遣い・ネージュ。

 自分を心配した神様が遣わしてくれたサポート神獣と聞き、当初はかなり驚いたものの、今では頼れる相棒と言っていい。


 そんなネージュにこの世界のことを改めて教えてもらいながら首都を目指していた時、偶然出会ったのが任務から帰還するAランク冒険者揃いな女性パーティーだった。

 ネージュに、「異世界人は“渡り人”として、たまーにこの世界へやってくる。リカは女の子だから、きっと大切にされる」と念話で教えられるなか、一人と一匹で首都を目指す彼女を心配した冒険者たちが一緒に連れて行ってくれることになった。

 その途中で“別の世界から神様の気まぐれで連れて来られた”というちょっと誤魔化しが入った事情を説明すれば、パーティーメンバーのリカに対する過保護度が強くなっていった。


「リカ、こんな所に居たの? 今日休みだって聞いてたから、部屋に行ったけど返事が無いから心配しちゃったじゃない」


「フィオナ」


 さて、今日中に大まかな形は作ってしまおうか、と再度手を動かそうとしたリカの耳に、自分を呼ぶ女性の声が届いた。

 どうしたのかと顔を上げれば、見知った知人――過保護なAランクパーティーの一人・フィオナがすぐそばにたたずんでいた。


 反応があったリカを見て、二ッと白い歯を見せて笑ったフィオナは、リカと向かい合って座りたいのか、テーブルを挟んだ正面の席へ移動し、おもむろに椅子を引き腰かける。

 そのまま流れるように、「ココも久々ー」と、テーブルの上に鎮座するモフモフを撫で始めた。


「アンタまたそんな細かいことやって……この前、野郎の服のボタンが取れそうだからって直してやったり。よく気力が続くね。アタシには無理だ」


 ココの温もりに満足したのか、テーブルの上に両手で頬杖をついたフィオナが、若干眉間に皺を寄せながらリカの手元を見つめる。

 Aランクの実力を持つフィオナは、赤みがかった茶髪のショートヘアーが似合う活発な印象の女性だ。

 細身だが、腕や脚にはしっかりと筋肉がついていて、日本でテレビ越しに見ていた陸上選手を彷彿とさせる体型をしている。

 冒険者という職業柄なのか、元々の性格からなのか、時々男性っぽい言動をする彼女とは気さくに話せる間柄で、リカ自身フィオナのことを好意的思っていた。


「今日はどうしたの?」


「いや、特別用事がってほどのものじゃないけど……ちょっと、さ」


 ――アンタにお礼、言いに来たんだ。


「……?」


 いつも同じパーティーメンバーの誰かと一緒にいることの多いフィオナが珍しく一人でいる。

 そのことに疑問を抱きながら首を傾げるリカの反応に、フィオナは突然口ごもってしまい、落ち着かない様子で視線を泳がせる。

 所在なさげにポリっと自身の頬を掻く彼女の指先が触れた部分は、刺激を与えたせいなのか、恥ずかしさからなのか、ほんのりと赤みを帯びていた。



「マイクを……その、今夜、飯に誘ってみたんだ。この前、大きな討伐が成功したって聞いたから、そのお祝い……って理由付けをして」


 騒々しさと熱気が消えないギルド内で、五分、十分と二人の間に静寂が続いた。

 何度も口を開いてはすぐに閉じ、また開いたとしても、言葉にならない音をゴニョゴニョと紡ぐだけ。

 自分から話があると言った癖になかなか話を切り出さない。そんな友人の態度に、リカは一切責めたり急かしたりせず、ネージュたちを時折撫でたりしながら静かに待っていた。


 ようやく聞こえてきたのは、集中して聞いていなければ周囲の音にかき消されそうな程の小声すぎる報告。

 顔を真っ赤にして、気になっている男性を食事に誘ってみたという、なんとも嬉しい知らせだった。


 リカがこの世界に、そしてギルドに馴染み始めた頃から、「相談に乗ってほしい」と話しかけてくる冒険者が現れだした。

 夫が居る女性冒険者は愚痴をこぼしたり、低ランクの男性冒険者は「強くなる方法はあるのか」と聞いて来たり。

 そして――男女問わず多い相談が“色恋”に関するものだった。


 神様は男女間のパワーバランスや意識の差で恋愛方面に関し危惧していたけれど、相談を受けるうちに、「ちょっとしたキッカケがあればいいのでは?」と思うようになった。


 今回嬉しい報告をしてくれたフィオナが良い例だろう。

 彼女が気になっているのはCランクの男性冒険者。あと少し頑張ればBランクに昇級出来るんじゃないかと最近噂になっている。

 これまでギルド内で様々な冒険者たちを見てきたリカの統計では、「自分より弱い男なんて無理!」という女性冒険者が確かに多かった。

 そこは神様が危惧していた問題と一致している。

 フィオナもどちらかと言えば“そちら側”の意識があったらしく、「自分より弱いってわかってるんだけど……なんか、放っておけない、というか」と、最初に話を聞いた時は苦笑混じりに教えてくれた。

 その話を聞いたリカは、「恋人に発展するキッカケが燻っているのかも?」と気づき、自分の中にある気持ちが、“友情か愛情か”フィオナに自覚させる第一歩として“二人きりの食事へ誘ってみたら”と提案した。

 最初は、「大勢で食事する方が楽しい」と言っていたフィオナは、度々リカと雑談を楽しむ中で、毎度最低でも一回はマイクのことを話題に出していた。


「フィオナ、マイクさんのこと……多分好きじゃないかと思うのだけど……どうかしら?」


「間違いないと思うぞ。マイクの話をしてる時、フィオナはとても楽しそうだ。無自覚とは……恐ろしい……」


 そんな友人の様子に、ある夜、リカは部屋に戻って従魔たちとお喋りをするなかで、自分の中にあった疑問を精神的に一番大人なネージュに聞いたことがある。

 リカのそばでフィオナの様子を見てきたネージュが、「あれはワザとなのか? 天然、というやつなのか?」と呆れ返っていたことは内緒だ。


 マイクと一緒に話していると、皆と騒いでいる時と同じくらい楽しい。

 と、フィオナの口から零れたのをきっかけに、リカは再度、「二人で食事に行ったら、楽しいんじゃないかしら?」と笑顔で提案した。


 今から二週間ほど前のことだ。

 あれ以降、リカは余計な首を突っ込むことはなく、「またフィオナが相談してきたら話を聞こう」というスタンスで、彼女からの報告を待っていた。

 それが今日、とても良い方向に向かっていると聞き、無意識に頬が緩んでしまう。




「リカ、お願いがあるんだ! 今夜レストランに着ていく服、一緒に選んでちょうだい! 私、お洒落な服なんて持ってないんだよ!」


 友人からの報告に心がほっこりしていた所、突然彼女から頭を下げられた。

 詳しく話を聞くと、食事の誘いをOKしたマイクがお店を決めて予約までしてくれたらしい。

 だけどそのお店は、普段フィオナたち冒険者が集まる大衆的な居酒屋っぽい場所ではなく、少しだけ背伸びをした落ち着きのあるレストラン。


「そんな場所に着ていく服なんて持ってないよ! いつもみたいな恰好で行ったら絶対浮く! どうしよう、リカー!」


 気がある相手に可愛い自分を見て欲しいけど着ていく服がわからない、という悩みより、初めての場所で浮かないようにしたい、という意識が強い相談だった。

 若干想像していた悩み相談と違ったものの、リカはネージュたちを連れてフィオナの家へお邪魔し、彼女の手持ちからコーディネートを考える手伝いをすることにした。


「すごく今更だけど、私が服選ぶ役で大丈夫?」


「大丈夫! リカ、すっごくお洒落だし。それに」


 ――マイクと二人きりで食事に行くとか、あんま他の奴らには言いづらくてさ。


 手持ちの服をとりあえずすべて出して並べてもらい、色んな組み合わせを考えるなかで、ふと頭の中に浮かんだ疑問を投げかけた時があった。

 女性冒険者の中には、防具を身につけながらもお洒落に気を遣っている人は一定数居る。

 その人たちに相談した方がいいんじゃ、とリカが内心疑問を抱いたところ、何とも言いづらそうに口ごもるフィオナの声が届く。


 世界に蔓延る“女尊男卑”意識が、こんなちょっとした悩みすら気軽に出来ない弊害になっていることを、リカは改めて突き付けられた気がした。








 フィオナから嬉しい報告を受けてから数時間後の夕方――無事友人のコーディネートを終えてレストランへ送り出したリカは、従魔たちと一緒にギルドへ戻って来た。

 スカートやワンピースの類が手持ちに一切無かったものの、細身のパンツを選び、綺麗めコーデを目指してトップスやアウターを合わせ、レストランでも浮かない服装に仕上げられたと思う。

 日本に居た頃、お洒落知識は時折テレビで放送している芸能人のファッション対決コーナーなどを見たくらいしかないが、「すごっ!」と言って、フィオナはリカが選んだ組み合わせをとても喜んでくれていた。


「フィオナたち、ちょっとは進展するといいわね」


 服選びに付き合ってくれた三匹に声をかけながら、「今日の夕食は、手持ちの食材を使って自炊、かなぁ」と考えつつ、自室を目指し階段を登っていく。

 一階にある飲食スペースに行けば食事が出来ないこともないが、ほぼお酒片手に談笑する冒険者たちで埋め尽くされているので正直遠慮したい。


 こういった時は、神様から貰った便利アイテム・インベントリを使うに限る。

 パッと見どこにでもある白ベースな色合いのショルダーバッグに見えるそれは、バッグ内の時間が止まっているすぐれものだ。

 おかげで、食品や料理を入れても腐らず、冷たいものは冷たく、熱々の料理は湯気が立った状態で、生鮮食品は鮮度を保ったまま保存することが出来る。

 一般に普及しているというマジックバッグは容量制限があると聞くが、このバッグは際限なく物が入れられ、取り出す時にも欲しいものを思い浮かべれは手に取れる便利アイテム。


 有難くインベントリを使わせてもらっているリカは、料理の他に自作した薬類、採取した薬草、それこそぬいぐるみ制作に欠かせない端切れまで色んなものを収納している。




「……ぁ」


 インベントリの中に残っている食材を思い返しながら、職員の宿泊区画に脚を踏み入れたリカは、自分が借りている部屋まであと少しという所で立ち止まった。

 リカの部屋の前に見覚えのある横顔をした男性が立っていたからだ。


 日焼けした肌に少し筋肉質な身体つき、シルバーの短髪が印象的なAランク男性冒険者・ルチアーノ。

 彼の方もリカに気づいたらしく、驚きの表情を浮かべ彼女たちの方をふり返る。

 その手には、これまでリカが何度も見てきた“小さな花束”が握られていた。





 二人がお互いを認識した後、ルチアーノはリカたちのそばへやってきて、手に持っていた花束を半ば押しつけるように手渡してきた。

 そのまま特に何も言わず、下の階へ降りていこうとする彼をリカが慌てて呼び止め、「これまでの花束も、貴方が?」とずっと胸の中にあった疑問を投げかけた。

 数秒ほど沈黙したのち、彼がぎこちなく頷いてくれた姿を見た彼女は、理由を教えて欲しいと新たな質問をぶつける。

 けれどその問いに返事はなく、「お花、どれも綺麗で、可愛くて……えっと……」と、生憎恋愛など微々たる程度しか経験してこなかったせいで、上手く言葉が見つからず口ごもってしまった。


 それでもどうにかこれまでの感謝を伝えたいという想いが、リカを突き動かす。


 ――良かったら、お茶、ご馳走させてください。


 他人の感情の機微にはすぐ気づいて自分なりに手を差し伸べられるのに、殊更自分のことになると上手く頭が回らないから厄介だ。






「お菓子は……一応私が作りました。良かったらどうぞ」


「……すまない」


 あまりにも唐突過ぎるリカの誘いに驚いた様子を見せながらも、ルチアーノは素直に部屋の中へ来てくれた。

 大して親しくない相手の誘いなんて、無視することだって出来るのに――きっと彼は、とても優しい人だと思えてならない。


 ネージュたちに、「ご飯、もうちょっと待ってね」と念話で謝罪をした後、この世界にあるお茶の中から神様に出してもらった物と同じ種類のそれを二人分用意し、彼が待つテーブルの上に置いた。

 そして、インベントリの中から、お茶請けにと自作のクッキーを取り出して小皿に移し、二人で摘まめるようテーブルの中央へ置く。


 リカ自身も空いている椅子に腰を下ろすと、それを合図と言わんばかりにテーブルの上にメルクが飛び乗った。


(食べていい? リカのクッキー食べたい)


 主人のリカの方を向きながら、時々視線はクッキーの方へ。ぷきゅぷきゅ鳴き声を上げながら、チラチラと小皿を気にしつつおねだりの眼差しを向ける。


「ダメよメルク。このクッキーは、ルチアーノさんに出したものだから」


(えぇー……)


 念話じゃなく、リカが自ら声を出して注意する姿を直視したメルクは、二重の意味でショックを受けたのか、丸っこいスライムボディをデローンとテーブルの上に広げ落ち込んでしまう。

 その反応を内心可愛いと思いつつ、「ここはしっかり注意しなきゃ!」と、リカの中に母親意識に似た感情が芽生えてだす。


 それなのに――。


「これが、欲しいのか?」


 スッと、メルクのそばに一枚のクッキーを持った色黒な手が差し出される。


(食べていいの!?)


 突然目の前に現れたクッキーに驚いたのか、メルクは平らだった身体を瞬時に元の丸い形状に戻す勢いで数センチテーブルの上で飛び跳ねる。

 丸くなった瞬間、「ぷきゅ!?」と声をあげ、自分を見つめるルチアーノへ視線を向けていた。


「ルチアーノさん、それは……」


「別に構わない。これだけ従魔が欲しがるのなら、とても上手い菓子なのだろう。俺も一つ馳走になるから、お前も遠慮せず食べるといい」


(わーい! ルチアーノ好きー!)


 リカが注意する隙が無いほど、一人と一匹の間でポンポンと言葉が交わされていった。

 ルチアーノは、メルクの言葉なんてわからないはずなのに、嬉しそうに自分の手からクッキーを受け取って頬張り、「ありがとう!」とばかりに彼の手にすり寄るメルクを見て、微笑ましそうな視線と一緒に目を細めていた。





 クッキーの一件ですっかりルチアーノに懐いたメルクが、彼の手元に陣取り指にじゃれつく。

 その最中、「ウチの子が、すみません」と恐縮しっぱなしなリカに対し、ルチアーノは「気にしなくて大丈夫だ」と苦笑するばかり。

 同じようなやりとりを数分程続けた後、気づけばどちらも口ごもってしまい、室内に静寂が包まれる。


「花束のこと……本当に、毎回色合いも雰囲気も違うものばかりで、とても嬉しかったです。でも……どうしてルチアーノさんが花束を下さるのか、よく、わからなくて」


 このまま黙り込むわけにもいかず、リカは出来るだけ相手を不快にさせないよう注意を払いつつ、ずっと疑問に思っていた問いを再度投げかけた。

 リカにとってルチアーノとの距離感の認識は、冒険者と受付担当に他ならない。

 これまでに何度か受付に並んだ彼に対応したことはある。

 ギルド内で見かけて声をかけたり、今日のように食堂で縫い物をしている時に興味深そうにルチアーノがリカの手元を覗き込んできたことから少し話をした程度。


 フィオナたちのように仕事以外で親しい友人にまではなっていない、とリカは認識している。


 ――なのに彼は、どうしてこう何度も花束を?


 心の底から理由がわからない、と言いたげなリカの態度に、ルチアーノは肩をすくめた後、ポツリポツリと理由を話し始めた。



「俺のシャツを……直してくれただろう?」


 初めて“差出人不明の花束”を貰う少し前、リカにシャツのボタンをつけ直してもらったから。

 リカにとって本当に些細としか認識していなかったやりとりが、事の発端らしい。


 その日彼女は、偶然ルチアーノが着ていたシャツの袖口のボタンが取れかけているのを見つけ、丁度食堂の隅で裁縫をしようとしていたため、「ボタン、直しましょうか?」と彼に声をかけた。

 手芸を趣味にするリカにとってボタン付けなど朝飯前。

 袖口を直す間、彼にはそっちの手を少し引っ込めてもらったおかげで、わざわざ脱ぎ着する必要はなく、数分の内にボタン付けは終わった。


 満足いく出来栄えで、「お待たせしました」と言いながら顔をあげた瞬間、自分たちを取り囲む何人もの冒険者がいたのは驚きだった。


 彼女たちは皆、リカの行動が物珍しかった様子だ。

 ボタンなんか一つ取れたって気にしないで着続ける。どうしても気になるなら、服自体捨ててしまう方が多い。

 と、口々に話す冒険者たちの中で、リカの行動はもしかしたら神業にでも見えたのかもしれない。


 なんてことがあり、ルチアーノはどうにかお礼は出来ないかと考え、散々悩んだ結果、花束を贈ることにした。

 リカに直接渡したり、自分が差出人とわかるようにしなかったのは、彼の気恥ずかしさから、だそうだ。


 その後も定期的に花束が部屋の前に置かれていたのも、大なり小なり理由があった。


 一番多かったのは、受付で対応してもらったことへのお礼。

 元日本人なリカの親切丁寧な受付対応は、ギルド内――この世界の住人たちから見ると目から鱗が出そうなほど素晴らしい、と教えられた。


「あ? 討伐の依頼? アンタ、ちゃんとこの金額払えるんだろうね? って、ワイルドベアーにBランクは過剰すぎだ! ワイルドベアー討伐ならCランク……これくらい常識だろうが!」


「こんな朝っぱらから何さ。まだ始業時間じゃない……はぁ? 十分くらい良いだろうって……アンタこそ、十分くらい、そこらへんで時間潰してきな!」


 リカが受付に立つようになり、彼女の両隣にも日替わりでギルド職員が受付業務にあたることは日常だ。


 割合的に女性職員の方が多いものの、“気の強さ”はここでも健在らしく、とにかく受付担当という立場なのに総じて口が悪い。

 言っていることは間違っていないのに、基本喧嘩腰で話すせいで、やってきた冒険者や依頼人とトラブルを起こすことは珍しくなかった。

 男性職員が受付につくこともあるものの、冒険者ギルドの職員にしては気弱な人ばかりで、高圧的な冒険者相手だと萎縮して業務にならない。


 リカが現れるまで、冒険者ギルドでは“それが普通”だった。

 なのに、受付業務専門として諸々の研修を終えたリカが一度受付について対応を始めた途端、周囲に居る誰もがその対応姿勢に驚きを隠せなかった。

 終始丁寧な口調、これから討伐に向かう冒険者には毎回「お気をつけて。無茶はしないでください」と声をかける。

 そして日に日に彼女の受付区画に増える可愛い従魔たちによる癒し。


 出来ることなら、冒険者なら誰しも“リカに対応してもらいたい”と願わずにいられないのだとか。


「君に受付してもらえることは……俺たちの冒険者のなかで、一種のステータスになっているんだ。勝手なことをしているのは重々わかっているが……」


(さっすが俺たちのリカだ! わかってるじゃないか!) 


 冒険者たちの間で、勝手にリカを女神のように崇めている節がある。

 なんて現実を聞かされ、リカは驚くあまりしばらく開いた口が塞がらなかった。

 そんな彼女の横で、従魔たちのリーダー兼リカのサポート役を務めるネージュが、我が物顔でドヤっていることに彼女はまったく気づいていなかった。





「君に一番お礼を伝えたいのは……これ、なんだ」


 リカが唖然とするあまり言葉を失ったせいで、再び二人の間に沈黙が流れる。

 それを破ったのは意外にもルチアーノの方だった。自身のマジックバッグの中に手を突っ込んだ彼は、目的のものを手に取るとおもむろにテーブルの上に置く。


「っ! こ、これは……っ!」


(あー! 俺の人形ー!)


 心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、おずおずとルチアーノがテーブルに置いたもの。

 それは、リカがこの世界で初めて作った人形――“ネージュを模したマスコット人形”だった。

 リカは目の前に置かれたそれを見て目を見開き、ネージュはフシャーッと威嚇しそうな勢いで毛を逆立てている。

 メルクとココの視線も人形に釘付けとなり、室内にいる全員の目が一点に集中する。


 テーブルの上に置かれた人形――中に入れた綿が所々飛び出してしまうほどボロボロになった無残すぎる残骸だ。


「……? 気になりますか?」


「っ! いや、その……従魔によく似ているし、可愛らしい人形だな、と」


 今日のように食堂でチクチクとネージュの人形を作っていた日、手元を物珍しそうにのぞき込むルチアーノに気づき、リカは声をかけた。


「よろしければ、これどうぞ」


 この世界に来て、満足いくような材料がないなか、どうにか形に出来たネージュの人形。

 それを褒められたことが嬉しくて、出来たばかりのそれをリカはルチアーノの前に差し出した。


「っ!? そんな、もらうなんて出来ない!」


 彼女の行動にルチアーノは心底驚いた様子で、胸の前で両手をバタバタと振り、「もらうなんてとんでも!」と慌てふためいていた。

 その様子が少しばかりおかしくて、あの日リカはクスクスとかすかに笑い声を発しながらさらに言葉を紡いだ。


「まだまだ下手っぴですが、よければ貰ってくれませんか? お守り代わりに……ルチアーノさんが、無事に任務を終えられるように」




「君が俺にこの人形をくれた翌日……高難易度の討伐任務があったんだ。その際俺はヘマをして魔獣に攻撃を受けた。鋭い爪で思いっきり胸元を抉られ、死を覚悟した。だけど、あの時」


 ――胸に受けたはずの傷が綺麗さっぱり消えていて、痛みも感じなかったんだ。


 当時、自分の身に何が起きたのかルチアーノはわけがわからなかったそうだ。

 けれど、まだ討伐出来ていない魔獣の咆哮が聞こえた瞬間我に返り、無事討伐を終えることが出来た。


「家に帰って人形を見たらこの状態で……俺にも、何が何だか。だけど、この人形があったからこそ、俺は今も生きている。それだけは間違いない」


 これまでに何度か話をする機会があり、リカの中でルチアーノに対する認識は、口下手な人、寡黙な人、物静かな人、というものばかりだった。

 けれど人形をテーブルに置いてからの彼は、時折どこか興奮した様子を見せながら、“リカの人形に助けられた”と饒舌に語る。


(私の渡した人形が……ルチアーノさんを、まも、った?)


 部屋に彼を招いてから、ルチアーノの話すべてに唖然としっぱなしなリカは、人形の一件を聞き、ただでさえ困惑する頭を鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。

 大半の人間が強さに関わらず魔法を使うのが日常で、少し街から外れれば外には魔物がいる。

 この世界に来て、日本には決してなかった日常に戸惑いながらも少しずつ順応していこうと彼女自身頑張っていた。

 リカもネージュに教わりながら、初級程度の攻撃・防御・回復魔法、生活魔法など、日々使えるようになる魔法が増えている最中だ。


 だけど、瀕死の傷をポーションや回復魔法で治すのではなく、人形が身代わりになるなんて魔法を教わった覚えはない。


(んー……この人形、わずかだがリカの魔力が残っている。リカ、もしかして無意識に人形に魔力を込めたのか?)


「えっ!?」


 ルチアーノの話を聞いてから、それまで大人しくリカの足元で寛いでいたはずのネージュがテーブルの上に移動していた。

 そのまま、まるで検分でもするように人形の残骸に鼻先を近づけたり、前脚でツンツンと突いたりしていた。


 “自分なりの結論”を導き出した相棒からの問いかけが頭の中に響いた瞬間、驚くあまり大きな声をあげてしまったリカは何も悪くないだろう。







 無自覚に“身代わり人形”を生み出してしまった自分の能力に戸惑うしかないリカはまだ知らない。


 彼女にとって何てこともない対応だった一つ一つに、ルチアーノがときめきを覚えていたことを。

 そして彼女から渡された“人形”に命を救われたことで、彼が自身の“恋心”を自覚したことを。



「リカ。俺と……結婚してくれないか?」

 


 女性相手に上手く話せた経験などほぼ無く、誰かに対し強い愛情を抱いたことすら初めてな不器用男に、真っ赤な顔で求婚される未来を。



 男が一世一代の想いを告げるまで、あと――。






       おわり

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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