偶には一目惚れも悪くない
・月神祭ルール
巨神を用いて行なう闘争。
頭部を破壊、あるいは一分以上有効な攻撃なき場合は、攻撃不可能となった巨神の敗北となる。双方が攻撃不能となっった場合は、最後に有効打を与えた側の勝利とする。闘争開始後、一度も有効打なき場合は双方敗北とする。
不明瞭な場合は互いのプライドにかけ、審議すること。
闘争は十二騎の巨神によって行なわれる。
ランダムに割り振られた三騎が行なう四ブロック、三試合のリーグ戦で勝ち星が最も多い一騎が決勝トーナメントに進む。
決勝トーナメントは、全員が出揃った時点で、ランダムに参加位置を割り振る。
リーグ戦で、引き分けなどにより、勝ち星が未確定な場合は、最も勝ち星が少ない巨神の乗り手が勝ち数が等しいものからトーナメント出場者を決定する。
ブロック分け
第一ブロック
・カグヤ
・セレーネ
・トト(今大会損傷)
第二ブロック
・ヘカテ
・ツクヨミ
・アルテミス(今大会損傷)
第三ブロック
・アリアンロッド
・ルナ
・ンコ・カバック
第四ブロック
・ソーマ(不戦勝)
・ダイアナ(前大会損傷)
・クー(前大会損傷)
時計卿の朝は早い。午前5時丁度大聖堂の天文時計の1.8秒の誤差のクレームのため、お馴染みとなった、交換台を通して電話をかける。
着替えを予定通りに済ませ、食後にチャイを作るための牛乳の買い出しに出かけるのだ。その途中で行きつけの新聞売りの少年から、昨晩の夕刊をまとめて購入し、月神祭の始まりが各紙の一面どころか三面記事のトップを飾っていないことを28年ぶりに確認したのだ。
「わかってはいたが、度し難いな、我ながら」
帰りしなにポストを確認し、請求書がまたふえたことに、渋面をきっかり五秒間うかべる。
「楽園はいまだ遠くか」
時計卿は韻文的な感想で、散文的な状況を形容する。
卿たちが月の事を語ることはないとされている。いったい、彼が帰ろうとするのは。如何なる地であろうか。
そこでドアに一本の矢が突き立っていることに気づいた。手紙とおぼしき紙片がくくりつけられている。
「契約卿か。予定通りではあるが」
時計卿はそこまで言って、庭の物置からハシゴを持ち出す手間に顔を顰めるのだった。
朝食、三ポンドのヴェリーレアのステーキを流し込むがごとき作業の後、手紙と、思しき紙片を開く、精神的余裕が産まれた。
紙片にはタイプライターで今宵0:00革命広場、矢三本。と、打たれていた。
「アルテミス本領発揮か」
契約卿のかる月神「遠矢のアルテミス」は、瞬間の遠距離火力に特化しており、予告通りに矢で敵月神を破壊すると言う非常に我儘な戦いぶりで知られていた。
予告通りの矢で相手を破壊できなければ、自裁するのだ。
そのため、一度も月神祭りの決勝戦に出たことはない.
「敵の手にかからぬ故の、別名処女神か」
地図屋に革命広場近辺の地図を買い込むことにした時計卿であった。
「坊主、靴を磨いてくれ」
時計卿が靴磨きの少年にコインを弾く、時計卿を待っていたのは、徒労の二文字であった。
地図は買い占められていた。
さらに噂を聞き込むと、自分がツクヨミを撃破した時点で、街には急報として月神祭のレギュなどが公開されていたようだ。
「時計卿?」
「その通り、紳士の中の紳士だ」
「紳士ねえ?」
靴磨きの少年がいぶかしげな声をあげる。
「オレを買ってくれないか?」
「何用にだ?」
「偵察用とか。夜伽とか、そういう方向はあまり向いてないよ」
この街では公式な書類と譲渡料金の証明書さえあれば、人権も購入できる。
非公認でもいいという向きには安くつく関係はいくらでもあるが、そこまでしなくてもいい人間はどうしても多数派なのだ。
だが、その時、時計卿の中で何かが弾けた。
理不尽さへの欲求、時計強風に言うならば、ネジが緩んだのだ。。
規則正しく回る歯車の音の中に時折混じる肉めいたノイズ。
これは人間風に言えば「一目惚れ」したのだ。
公文書を作る町役場は歩いて百歩といかないところにあり、銀行はそれより近くに開いていた。
幸運な靴磨きの少年ヨシュアはノーという機会もなく、時計卿からひと財産を受け取ったのだった。
「さて今宵はハニームーンと行きたいが、契約卿がジャマだな」
時計卿は各新聞社に37秒でアルテミスを撃破する旨の予告状を出し、古都の地下を縦横無尽に走る地下道を通じて、革命広場の直下にヘカテを位置させ、相手の不意を打つ姿勢を作る。
不意打ちは姑息さではなく、時計卿なりのショーアップスタイルだ。
時計卿にしてみれば、一方的な蹂躙を旨とする契約卿のファイテイングスタイルこそ、観客がいても、盛り上がらないこと甚だしい。
時は巡り、決戦直前!
ヘカテの全身を繋ぐ歯車の回転数が臨界点に達した。時計職人の咆哮めいた音が響き石畳を突き破り、ヘカテは広場に姿を表す。
全身から排熱のためのスチームを噴き出し、近くにいた新聞記者に緊急退避させる。
その時、近くの城壁の上にいた、六本脚の甲殻類めいた下半身から、小ぶりな女の上半身を生やした巨神が姿を現す顔まわりは無数のスコープで覆われているが、これがアルテミスだ!
手にするは巨大な石弓だ。独立した蒸気エンジンで弦を巻き上げ、喉元から契約卿が上半身をのぞかせていた。「広場に地図はなし、時計卿が来れば刺客がいる。こちらに蒸気巻き上げ式石弓が三丁ある、今回の優勝候補、ヘカテは私が制した!」
契約卿の振るえる指先が操縦桿に増設された石弓の発射釦をにぎりしめる、金切音を叫びながら、ヘカテの左大腿部を貫く! 時計卿は巨神が転倒しないように、ヘカテを制御した。
「あと、二十七秒か‥‥」
アルテミスのスチームを検索すると、反応あり! 足元がおぼつかないが、ヘカテはすぐれた冗長性を発揮する。
そこに轟音と共に、二の矢が来襲し、悪夢の如き左腕をもぎ取らんばかりの豪打を浴びせる。溢れるオイル。
ヘカテは悪魔の如き蒸気音を噴き上げた。
「だが、終わらん!」
ヘカテは膝を突きながら右腕で左腕を引きちぎると、アルテミスに向かって投擲した。
遠距離用の照準器もなく、行なうのは自殺行為に等しい。
だが、時計卿の賭けは狙いが違った。
アルテミスがターゲットではなく、蒸気巻き上げ式石弓こそが目標だ。
独立巻き上げエンジンは無数の歯車とオイルにより動作不良をおこし、暴発した。
契約卿は胸元から白いハンカチを取り出し、白旗の簡素な代用品とした。「〇時〇分三十七秒。予告通りか」
時計卿は明日明後日は勝負を挑まれません様にといのりながら、勝者への記者からのインタビューにぼんやりとこたえるのだった。