愛の逃避行
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
数分後、なんとか(性的に)事なきを得た二人は、尖塔の最上階に到達していた。街を一望できるその高さたるや、天児が若い頃に登った東京タワーの展望台より高く感じる。
それをわずか数分で、天児を抱いたまま、しかも息を切らさず登りきるマリアロイゼの体力に何より天児は舌を巻いた。万全の状態でも、天児が自分の足でこれを登り切ろうとしたら、20分弱はかかるだろう。とんでもないスタミナである。
辿り着いた最上階は、大人3~4人が入れる程の空間になっていて、小さなテーブルと椅子が二脚置いてある。四方向の壁には人の背丈ほどもある高窓があって、そこから街を一望することが出来た。
窓の外に手すりなどはないが、眼下には王宮や城下の街並みが広がっていて、なかなか壮観な景色と言える。ちょうど時間的に昼時な為か、少し離れた家屋や建物など、あちこちの煙突から煙が立ち上っている所からも、人々の暮らしが垣間見えるようだ。
見たところ街全体の様式としては、中世ヨーロッパに似た雰囲気で、王都というだけあってかなり広くとても大きな都市である。
また一部は遠すぎて肉眼では見えないものの、どうやら街全体を外壁がぐるっと囲んでいるようで、その堅牢さも伺える。この規模の都市を作るとなると、相当な労力が必要になるだろう。バーカスター王国の国力の高さが、ありありと見て取れた。
「うわあ、凄い景色ですね。立派な街並みだなぁ」
「ふふん、そうでしょう?これがバーカスター王国最大の都市、王都『バースディル』ですわ!」
胸を張って誇るマリアロイゼ。彼女の愛国心は素晴らしいが、未だお姫様抱っこされている天児には、その胸の動きがどうにも刺激的すぎる。顔を赤らめながら、決していかがわしい気持ちにはなるまいと考え、声を振り絞った。
「ところで、そろそろ降ろしてもらえると…」
「え、何故ですの?ここからが本番ですわ」
そう言って、マリアロイゼは今まで向かっていた窓とは反対側の窓へ移動する。こちら側の窓の下には、すぐ近くに都市を囲う大きな外壁があって、その向こうは川を挟んで森林地帯になっているようだ。
「この尖塔は、まだ王都が現在の形として出来る前に見張り台として造られたもので、王都の中では最も古く、それでいて高い建物なのですわ。」
「へぇ、なるほど。それで、ここからが本番というのは?」
「ここからあの外壁を飛び越えて、その先にある大森林を抜けるのですわ。いくら私でも、テンジ様を抱えて、外壁より高くは飛べません。でも、ここからなら既に外壁より高い場所にありますから、問題ありませんでしょう?」
「なるほど。確かに」
「本来であれば、正面から王宮を抜けて街へ出てもよかったのですが、今のテンジ様を連れてとなると、残念ながら無傷でいける自信がないのです…いえ、私がではなく、テンジ様が。貴方にはかすり瑕一つ付けさせたくありませんし、馬車もなしで移動するとなると、追手を振り切ることも難しそうですわ。まぁ、邪魔する者を鏖殺して、ついでのあの粗大ゴミ(バカ王子)も始末していけば手っ取り早いのですけれど…」
ちょいちょい物騒な物言いになるのは、武家の令嬢という背景があるからだろうか?天児自身は、自分の身の危険よりも、マリアロイゼの安全を優先して欲しい気持ちの方が強いのだが。
「空を飛べるのであれば、ロゼさんだけでも、逃げられるんじゃ?」
「何度でも申し上げますが、私に、テンジ様を置いて逃げるなどという選択肢はございませんわね。それに、今私が実家に戻れば、あの脳筋なお父様と兄上が…なによりお母様が何をしでかすか、解ったものじゃありませんわ。王家と対立する程度なら可愛いものですが、テンジ様を品定めするだなんて言い出したら、テンジ様の命が100…いや、1000あっても足りませんわよ?」
「それは…」
一体何をされるのか考えもつかないが、実際に娘がこんな年上の男を恋人として連れてきたらどうなるか、天児は愛娘の未来の恋人を想像してしまって、心の底からげんなりしてしまった。
異世界であっても、世間的にこの年齢差は良くない部類に入るのだろう。
「特にお母様は、相手があの粗大ゴミ(バカ王子)であっても、実力不足と憤慨しておりましたから、少なくとも素手で鋼鉄の鎧を引き千切れるくらいでないと…」
「…え、そっちですか?年齢差的な問題じゃなく?」
「腕力の問題ですわね」
育ってきた環境が違い過ぎる。そんな腕力を要求されるのであれば、確かに命がいくつあっても足りない。力なく笑う天児をよそに、マリアロイゼは笑顔で言った。
「ですので、まずは一旦王都を離れて、ほとぼりが冷めてから実家に戻る事にいたしましょう。その間に実家へ連絡を入れて、こちらも根回しをいたしますし、腕力に代わる実績を用意すれば何も問題ありませんわ!」
別に天児は婿入りしたいわけでも、そのつもりもないのだが、何か外堀が埋められていくような悪寒を感じる。
そんな時、階段の方からたくさんの足音と話し声が聞こえ始めた。追手の兵士たちが、すぐ間近まで迫っているようだ。
「では、参りますわね。しっかり掴まって下さいまし…ぎゅっと抱きしめても構いませんから!いえ、むしろ抱き着いてくださいな!」
「え…!?あ、はい!…う、うわっ!?」
そう言って、マリアロイゼは短く助走を付け、高窓から一気に飛び出す。同時に、今まで彼女の背に畳まれていた黒く美しい翼が開いた。
それは太陽の光を浴びて、まるでオニキスのような艶めいた輝きをまとっていく。その翼を大きく勢いよくはためかせ、二人は大空を舞うように飛び、王都から脱出するのだった。
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