戦うお嬢様とお姫様抱っこ
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
そうこうしている内に、牢の外から複数の足音がしたかと思うと、武装した二人の兵士が飛び込んできた。
かなり息を切らし、慌てた様子なのが手に取るように解る。
「お、大人しくし…おぼぉっ!?」
言い切る前に殴りつけられ、カエルが潰れたような声をあげ壁に激突する兵士たち。
「はぁ…全く、今頃お出でになった上に隙だらけだなんて、王宮の兵士は練度が足りないにも程がありますわね。お父様が知ったらどんな顔をなさるかしら?それはそれで見物ですわね…まぁ、お時間を頂けたのは助かりましたけど」
喋りながらも二人を拾い上げて、天児の居た独房へ放り投げるマリアロイゼ。さすがの力と手際の良さである。放り投げられた兵士たちは、重なり合ったまま嘔吐しているが
(まぁ、鎧の上から殴られていたから命は大丈夫だろう、たぶん…)
天児はそう自分に言い聞かせて、気にしない事にした。
後始末もそこそこに、二人は牢の外へ出る。
階段へ向かって進んでいくと、上階の方から、たくさんの足音が響いてくるのが解る。どうやら本隊が到着したようだ、足音の数からいって、今度は相当な人数が来ているように思う。
緊張する天児とは裏腹に、いつの間にか手を繋いでいたマリアロイゼは、上機嫌で階段を昇っていく。
少し昇った所で、予想通り兵士たちの本隊が視線の先に現れた。やはりかなりの人数だ、ただ騎士の姿は見えない。兵士たちだけが動員されているのだろう。
「いたぞ!!捕まえろ!」
槍を構えてこちらに向ける兵士たち。先程の兵士たちとは違って彼らは皆臨戦態勢を整えている。しかし、階段の幅は狭いので、正面に相対しているのは二人だけだ。
それでも一筋縄ではいかない予感がして身構える天児の手を、名残惜しそうに離したマリアロイゼは息を整え、大声で叫んだ。
「皆様ー!皆様お集まりかしら?よろしくて?さて、こちら私の新しいフィアンセである、クカミテンジ様ですわ。私達はこれから愛の逃避行に参りますので、お邪魔をされる方は力づくで排除させて頂きますわね、ご理解くださいませ。一応、お命までは取らないつもりですけれど…万が一、テンジ様にかすり傷一つでも付けられた時は、私何をするか解りませんので、そのおつもりで。…それでは、通らせて頂きますわね」
スカートの端をつまみあげ、反対に深々と頭を下げて礼をするマリアロイゼ。まるで貴族の社交場で挨拶をするお嬢様そのものの姿に、向かい合う兵士たちはおろか一歩後ろに立つ天児さえも、思わず見惚れた。
その瞬間、最前列に立つ兵士の一人が吹き飛び、その後ろに控える兵士たち数名を巻き込んで階段に倒れ込んでいく。
呆気にとられる暇すらなく、その隣で槍を構えたままの兵士の身体を掴んで、倒れ込んだ兵士たちの方へ投げ飛ばす。最初の一人を殴り飛ばしたのだと気付いたのは、5~6人ほどの兵士が倒された後だった。
「は、早い…!」
そんな天児の呟きさえも置いて、すでに彼女の牙は次の獲物を捉えている。倒れ込んだ味方に足場を封じられ、後続の兵士たちはうまく身動きをとる事も出来ていない。
邪魔な兵士を飛び越えるついでとばかりに、後方の彼らに飛び掛かると、蹴りや拳を駆使して次々と薙ぎ倒していく。巻き込まれて倒れただけの兵士は、念入りに踏みつけたり蹴とばしたりして、骨を折って動きを封じている。
薄暗く狭い階段であるが故、猛烈な勢いで動くマリアロイゼの動きを捕まえられるものはいなかった。
そして、ざっと20人以上はいた兵士たちは、ものの見事に蹂躙され、後にはズタボロになりながら呻き声をあげて横たわる哀れな姿を晒す者達がいるだけであった。
「テンジ様、お怪我はございませんか?」
マリアロイゼはニコニコと笑みを浮かべながら、倒れる兵士たちを階段の隅へ押しやり、天児の手を取る。怪我も何も、天児は一歩も動くことなく戦闘は終了した。
この世界に来るまで、ろくに喧嘩もした事がない天児だったが、今の戦いがどれだけ常識からかけ離れているのかは、容易に想像できる。それでいて、洗練された所作を崩さず、汗一つかいていない彼女の姿を改めて美しいと思えた。
「凄いですね…これだけの人数を相手に、あっという間に」
「ふふ、ドラグ家は元々戦闘が専門の武家ですので。この程度など朝飯前というものです。これがうちの兵隊だったら、もう少し苦戦したでしょうけど」
「足元にお気を付けくださいね」と付け加えて、天児の手を引いて階段を昇っていくマリアロイゼ。これだけの力があれば、真正面から堂々と脱出するのも不可能ではないのだろうが、さすがについていける気がしないので、お荷物になっているのが少し心苦しい。
(こんなことになるなら、少しは身体を鍛えておくんだったな)
そうは言っても、一体どこの誰が、異世界に召喚されて戦う羽目になるなどと想像出来るだろう。悔やんでも詮の無い事だと考えて、違うことを考えることにする。
「ロゼさんのご実家は6公爵家の一つなんでしたよね」
「そうですわ。まぁ公爵と言っても、ドラグ家は唯一領地や領民を持たず、代わりに兵団を持つことを許された少々特殊な立場になりますけど」
マリアロイゼの説明によると、こうだ。
かつて、世界の危機に立ち上がった7人の戦士達がいた。人類の存亡を賭けたその戦いに勝利した7人は、その後の復興に際し、リーダーだった男を王として立てた。
そして、他6人は公爵として王を支える立場となって、平和を維持していこうと考えたらしい。まず大陸中央を王都とし、その周辺を5分割して、5人の仲間にそれぞれの領地として与えると最後の一人、ドラグ家…つまりマリアロイゼの祖先には、王を守護すると同時に王を含めた、他6人の仲間たちのブレーキ役としての役割を任された。
それが王家と6公爵のおおまかな成り立ちらしい。実際の所、世界の危機がどういうものだったのか、何故ドラグ家だけは領地ではなく兵団の所持と、各権力者の暴走を止めるブレーキ役にされたのかなど、詳しい事は余り記録が残っていないので解らないという。
ブレーキ役と言っても、王家と6公爵は、すでに親戚のようなものだ。少なくとも王家が成立してから300年の間、彼らは順繰りに婚姻関係を結んできた。天児の育った現代日本では、考えられない話ではあるが、さすがにここは異世界なので、常識も考え方も違うのだろう。
(300年…これだけ大きな国と貴族の歴史が、わずか300年で消えてしまうなんてありうるんだろうか?)
天児がそんなことを考えながら階段を昇っていると、不意にめまいがして、転びそうになった。幸いにもマリアロイゼに手を引かれていたので、倒れ込まずに済んだが、どうも先程から身体が重く、頭痛やめまいが頻発している気がする。
「すみません…ありがとうございます。ダメですね、足を引っ張ってしまって…」
「いいえ、魔力切れを起こしているのですから、仕方ありませんわ。」
「魔力…切れ?」
聞きなれない言葉に思わず天児の思考が止まる。どうやら頭の働きも鈍くなっているようだ。
「先程、牢の中で、騎士の足を止めてくださっていたでしょう?どういうスキルか魔法かは解りませんけれど、あれで魔力を使い果たしてしまったのですわ」
「え?いや、僕にそんな力は…確かにどうにかしなくちゃと思って、必死でしたけど…」
今の今まで、普通の現代一般人として暮してきた天児にとって、スキルや魔法などというものは、ゲームや物語の世界の出来事でしかなかった。そんな力があったなんて、正直、信じられない。
とはいえ、特に他に思い当たる理由や原因もないし、突拍子もない出来事と言えば異世界に召喚されたというこの状況こそがまさにそれなのだから、信じられないからと言って全て否定しきるのは良くない事に思えた。
「その、もし仮に魔力切れ…という状態なのだとしたら、どうやったら治るんですかね?」
「一番いいのは、ゆっくり眠るのがいいのですけど…こんな場所ではそういうわけにもいきませんし
そんな時間もありませんわね…」
二人が周囲を見回しても、なにせここは狭く暗い階段の途中だ。とても休めるような場所など、あるはずもない。
そもそもこれから逃亡しようとしているのに、そんな時間もないだろう。すると、マリアロイゼは頬に手を当てて少し考えると、何かを閃いたように、ぱぁっと明るい表情になって天児に密着するように隣に立った。
「ろ、ロゼさん…?あの、ちょっと近いというか」
「大丈夫ですわ、何も心配いりません…!ちょっとだけ、ちょっとだけですわ!」
「それ、何も大丈夫じゃないやつ!?」
鼻息荒く近づく彼女から、ついつい距離を取ろうとする天児。だが、そんな抵抗は数歩で終わりを迎えた。壁際に追い込まれ、最早逃げ場はない。
(これ、なんだっけ?!壁ドン!?でも、あれは確か隣の部屋がうるさいから壁を殴ることを言うんだっけ?いやいやいやいや近い近い…!ロゼさんいい匂いする!み、美琴、パパは浮気なんてしてないぞ!?)
完全にパニックになる九鬼 天児(38)、あまりのことで娘の幻覚まで見え始めている。いい歳をしたおじさんが、既婚で子どもまでいるというのに、何故ここまで女性に弱いのか。
観念して目を瞑った所で、天児は優しく抱き上げられた。所謂、お姫様抱っこの状態だ。
「へ…?」
「ふぅ…危ない危ない。テンジ様、あまり可愛い態度を取らないで下さいませ。こんな場所でなかったら、確実に抑えが効かなくなるところですわ」
「なんというか、これは…情けない…」
二人して赤ら顔になっているが、理由は恐らく似て非なるものだろう。ちなみに、二人の身長差はほとんどないので、それほどバランスも悪く見えない。
「しかし、なんだか腹が重い、ような…?」
そう言ってよく見ると、天児の腹の上に、たぷんとしたマリアロイゼの胸が載っていた。ここは薄暗く、ドレスの色も暗かったので気付かなかったが、載っているソレは、柔らかい上にとても温かく、またかなりのボリュームがあるようだ。
「ゴメンナサイ、スミマセン…ホントウニスミマセン」
完全にセクハラ発言をしてしまった事に気付き、天児は片言の消え入りそうな声で謝るしか出来ない。
「テンジ様…誘ってます?誘ってますわよね?ねぇ?!」
一方のマリアロイゼは、そんな天児の姿を見て、興奮のあまりヨダレを垂らしている。見るものが見れば、その瞳の中にはハートが浮かんでいると解るだろう。彼女もまた、現実と理性の狭間で揺れ動いていたようだ。
「あの、ロゼさん落ち着いて…そのままだとドレスが!ああ、僕の服にもヨダレが…!?あああああ!」
二人の旅は、まだ始まってもいない。
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