15話 やって来た
「もちろん。それにしても…。天十郎って夏梅と同じスッポン体質じゃないか?似ているところがある」
「どこが?」
「二人とも自分から身を引くことはないだろう、まして自分の身を売ることはしても、無償で差し出す事は絶対にしたくない。悪い事じゃないさ。夏梅も天十郎もしつこい訳ではないし、ないものねだりはしない。ただ、自分の好きなものが手に入ったら、決して離さないだけだからな」
「そうか?そうだな。天十郎がここに引越をしてくれば…」
僕は馬鹿にして鼻で笑った。
「ほんとに学習しない奴だ。僕がいる限りお前がどうあがいても、お前の望むようにならない」
蒲の顔色が変わった。そのとき天十郎が、オープンサンドを持ってやって来た。
「なんの話?よく聞こえなかった。あれ、蒲、体調が悪い?大丈夫?」
蒲を覗き込んだ。
「いや、何でもないよ」蒲は言葉を濁した。
【天十郎と一緒の生活が始まった】
荷物の移動は大騒ぎになった。二階を上がったすぐの夏梅の寝室は、天十郎と蒲が占領した。その部屋とサンルーフで繋がっている夏梅の仕事部屋は、蒲と天十郎の衣装部屋に変身した。
既製品の女性服にはほとんど縁のない夏梅は、天十郎のおかげで沢山の男性の洋服をゲットした形になって、密かに喜んでいる。蒲の洋服を黙って借りては、うるさい事を言われていた夏梅も、うんざりしていたところだ。それだけでも、夏梅の収穫は大きく、嬉しそうに洋服を選ぶ姿は、僕の安定剤にもなる。
夏梅のスペースは、一階のソファベッドが置いてあるサンルーム部分だけになった。仕事用の資料や書籍を持ってくると、かなり狭くなったので、一階の家具と二階の家具の交換をすることになったが、蒲は面倒がって動かない。少しずつ、夏梅は天十郎を動かして自分のスペースを確保していた。それも楽しそうに…。
食事や掃除は当番が決まっていないが、誰ともなくやっていた。不平不満に思う人もいなかった。それぞれが自分のやりたいように、過ごす日々が続いた。天十郎と蒲はどこでも、ベタベタとくっついていた。それを大型ペットのじゃれあいを見ているように、夏梅は特に気にもせず、目を細めて、ほほえましそうにみていた。
引越のドタバタから、落ち着きを取り戻してきたころ
【一階の夏梅のソファベッドの上でくつろいでいた蒲が】
天十郎に聞いた。
「新しい携帯を買って来たか?」
「明日、行って来るよ」
「どうだ?」
「何が?」
「結構、いい生活だろ」
「思った以上に快適かも」
「だろう、やっぱり」
「こんな生活が長く続くといいけど、そうは、いかないよね」
「おい、天十郎、俺たちの物にしたらいい」
後ろから夏梅が、急に、二人の間に割り込んで聞いた。
「俺たちの物にするってなにを?」
蒲が驚いたように
「聞いていたのか?」
「だから、なにを?」
「人の話を聞くな」
「ちょっと、私のソファベッドを占領して、二人で大きな声で話をして私に聞くなっていうの?」
「ああ、そうだ、俺たちの話に口を挟むな」
「そう、わかった。そこどいてよ、私のソファベッドからどいて」
そういいながら夏梅は寝ころんでいる蒲に乗っかった。それを見た天十郎が
「何すんだよ」
蒲から夏梅を引きずり降ろそうとした。
「あんたは人が好過ぎよ」
すると、天十郎に夏梅が顔を近づけた。何か察知したように蒲は
「そこで内緒話なんかをするなよ。夏梅、余計な事を言うなよ」
夏梅は蒲を無視して、天十郎の耳元に唇を寄せ
「蒲って、子供みたいな優しい顔して、頼もしくてかっこいいけど、結構怖いタイプの人だから」とささやいた。
「そんなことしないよ」と蒲がニヤニヤした。
「否定したわね」
今度は夏梅が天十郎に抱きついた。蒲は反応し
「おい!夏梅やめろ」