寝落ちしてから幼なじみの様子がおかしいのだが
「おい、将平いい加減起きろ」
「へっ?」
体を揺さぶられ声をかけられようやく目が覚めた。目を開けるとそこには友人である井上太一が立っていた。周りを見てみると人はまばらになっていてもう放課後のようだ。どうやら俺は今日最後の授業の途中からずっと寝てしまっていたらしい。
「やっと起きたか。あまりにも堂々と寝てるもんだから田中先生笑ってたぞ」
田中先生は現代文の先生で生徒に優しいと評判の先生だ。俺が授業終わりまで叱られず寝ていられたのは田中先生のおかげだろう。
「今日最後の授業が田中先生の授業で良かったわ。あれ、恵は?」
奈須恵は俺の幼なじみで毎日一緒に帰っている。俺が寝ていたとしても起こしてくれそうなものだがまだこちらのクラスに来てないのだろうか。
「ああ、奈須さんならもう帰ったぞ」
「えっおいて行かれた?」
「奈須さんこっちのクラス来てお前の事最初は起こそうとしてたけどお前の寝言聞いてからはなんか無言で去っていったぞ」
「まじか俺なんて言ってた?」
寝ていたので何を言ったか全く記憶にない。なにか怒らせることでも言っただろうか。
「アリス好きなのに何でってさ、将平お前もしかして」
ああ、思い出してしまった。昨日あった悲劇を。今日寝不足になった原因を。太一が再び口を開く。
「またグラストのガチャで爆死したのか?」
俺は昨日とあるソシャゲ、ソーシャルゲームをプレイしていた。その名はグランドストライク通称グラスト。主人公が仲間を集めて敵と戦っていくRPGの1種である。ゲーム内で共に戦う仲間の一部はゲーム内で入手できるクリスタルを集めて引けるガチャでしか入手できないキャラクターもいてアリスもその中の1人であった。アリスはビジュアルがとても可愛く、更にストーリー中に主人公に献身的に尽くしてくれグラストの中でも人気のあるキャラだった。
そのアリスが入手可能なガチャが昨日あり、アリスのファンである俺は当然手持ちのクリスタルを全て投入して引きにいったのだが引くことは叶わず涙で枕を濡らした。ついでに心を癒すためグラストを朝までプレイしていたせいで寝不足になり授業中寝てしまったというわけだ。
「4ヶ月もクリスタル貯めたのに全く来なかった」
「あー。それはご愁傷さまだったな。まあまた次の機会に頑張れや」
「簡単に言ってくれるな。お前だって俺がどれくらいアリスの事好きか知ってるはずだろ」
「散々聞かされたからな。好きすぎてちょっと引くわ。奈須さんもお前のその熱意に引いて帰っちゃったのかもな」
そうだ、なんで恵が帰ったのか考えるのを忘れていた。寝言に帰る理由があるとは思えないのだが太一の言う通りキモイと思われてしまったのだろうか。ただ、俺がソシャゲ好きなのは恵も知っているはずなのだが、恵とグラストの話をする機会は今までなかったが。これ以上は考えても出てこない気がしたので俺は荷物をリュックに詰め太一に起こしてくれた礼を言い教室を出た。
夕飯を食べ風呂に入った後恵に一応謝罪の連絡をしておこうと思いスマホで次の文章を送った。
『今日は寝落ちして一緒に帰れなくてごめん』
若干謝罪が軽い気がするが恵ならきっと許してくれるだろう。3分程すると恵から返信が来た。
『いいよ。こっちこそ先に帰っちゃってごめん。』
良かった。どうやら怒ってはいないようだ。一安心していると再び連絡がきた。
『ちょっと質問していいかな?』
特に断る理由も見つからないので了承する旨の返事をした。
『将平はありすちゃんって子のことどう思ってる?』
まさか普段ソシャゲに興味がない恵からアリスの話題を振られるとは思わなかった。どう返したらいいものかあまり長すぎると引かれそうだし……5分程考え送った文章はかなり短かった。
『一番好きな子かな』
なんかきざっぽくてキモかったかなと反省していたがそこから恵の返信がこない。10分程待っているとようやく返信がきた。
『そっか。将平はありすちゃんのどんなところが好きなの?』
好きなところか考えれば無限にあるが先ほど同様返事はコンパクトさを意識したものになった。
『可愛くて優しくて献身的なところ』
これを最後にその日の2人のやり取りは終わった。
「おーい、朝よ。しょう起きなさい」
母さんの声で目が覚めた。時間をスマホで確認するといつもより早く起こされたらしい。不思議に思いながらもダイニングに向かうとそこには母さんと制服姿の恵がいた。母さんはともかく恵がなぜいるのだろう。恵の家の方がうちよりも学校に少し近いためいつもは俺の方が迎えに行っているのに。
「おはよう将平」
「おはよう。なんでうちに来てる?」
「早く起きちゃったから」
それだけの理由でうちまで来たのか。自分の家でゆったり待っていても良かったのに。
「せっかく恵ちゃん来てくれたんだからさっさと支度すましちゃいなさい」
母に急かされ急いで準備を済ませ俺は恵と一緒に学校へ向かった。学校に着くと恵が小さな包みを渡してきた。何かわからず首を傾げていると恵が口を開いた。
「将平いつも購買で買って食べてるでしょ。だからお弁当作ってきたよ」
今まで恵が弁当を作ってきてくれたことなんてなかったので驚き、恵がいた方を見ると既に恵は自分のクラスに消えてしまっていた。
「将平購買行こうぜ」
太一がいつもの昼と同様に購買に誘ってくる。俺は黙って恵からもらった小包を取り出した。
「あれ、弁当持ってきてるなんて珍しいな」
「恵からもらった」
「ああ、なるほど奈須さんからか、じゃあ俺だけ買ってくるからちょっと待ってろ」
そう言うと太一は1人で教室を出て行った。10分後、俺は帰って来た太一と昼食をとっていた。恵の弁当には生姜焼きや金平ごぼうなど俺の好物がたくさん入っていた。中には少し焦げたりもしたものもあったが総合的に見れば大変おいしかった。
「それにしても奈須さんから弁当なんて前にあったっけか」
「いや、今まではなかった」
「だよな。なんで急にこんなことになったんだ」
太一の疑問は最もだ。なぜ恵は急に弁当を作ってきてくれたのだろうか。
「うーん。分からない作ってもらうのは嬉しいけどおいしいし」
「お前放課後のあれからなんかあったんじゃないかちょっと俺に言ってみ」
俺は昨日の一連の流れを余すところなく太一に伝えた。太一はうんうん頷きながら聞いていたがやがて何か思いついたのか頭を抱え始めた。
「何か閃いたのか太一」
「まあちょっとな。ただこれは俺があんまり口を出しちゃいけないというか……」
「歯切れが悪いな。言いたいことがあるなら頼む言ってくれ」
「じゃあ言うが今回こうなった原因は大体お前にある。それ以上を聞きたいなら奈須さんに直接聞け」
俺が今回の出来事の原因? どういう事か分からないが太一が言うならばそうなのだろう。
「よく分からないが分かった。帰りに恵に聞いてみることにするよ」
「それでいいのか正直分からんがまあ頑張れ」
こうして俺たちはまた昼食を再開したのだった。
「将平、帰ろ」
「ああ、分かった」
放課後、恵がこちらのクラスに顔を出してきた。昨日しっかり眠ったため今日は寝落ちせず問題なく一緒に下校することができた。帰っている間は特に当たり障りのない話をしていたが恵の家に近づいたあたりで俺は話を切り出した。
「恵何かあったか? 今日どこか変だぞ?」
恵は少し驚いた顔をした後、少しして元の表情に戻った。
「ちょっと家に寄って行かない? 話したいことがあるから」
そう言われては寄っていかない選択肢はない。俺は恵と共に恵の自宅に入っていった。
今、俺は恵と一緒に恵の部屋に座っていた。恵の家には毎日のように来ているが部屋まで入ったのは本当に久々だ。高校生になってからはそう何度もないはずである。
「で話したいことって何なんだ」
「私、昨日ありすちゃんのこと私聞いたよね?」
「ああ」
昨日の事だからその記憶は残っている。あまりソシャゲに興味のない恵にしては珍しくアリスの事について食いついて聞いてきたなと思っていた。
「そのとき好きなところで可愛いところと優しいところ、献身的なところって言ったよね」
「そうだな」
「私も可愛くはないけど出来るだけ優しくするし尽くすからありすちゃんの代わりに私じゃだめかな」
「は?アリスの代わりって……」
どういうことだと聞こうとした時頭の中に衝撃が走った。昨日の寝言、その後のやり取り、今日の恵の謎の行動、さっきの言動、思いつくのは1つしかない。俺は無言でスマホを取り出しグラスト、アリスで検索を始めた。
「恵お前アリスが誰か分かって言ってるのか」
「え、一番好きな女の子だって……」
「そうじゃなくて俺が言ってたアリスはこの子のことだぞ」
そう言って恵の方にスマホの画面を向ける。恵は最初は目を背けていたが意を決したのかしばらくしてようやく目をスマホの方に向け口を開いた。
「えっ?ありすちゃんってもしかしてゲームのキャラクター?」
「やっぱ勘違いしてたのか」
おそらく恵はアリスの事を現実に存在する人物だと思っていたのだろう。そして思い違いであれば恥ずかしいが恵は俺に多少なりとも気が合った。それで俺がべた惚れするアリスに危機感を覚え今日の行動に至ったというのが今回の出来事の顛末だと思う。まあ顔を赤くしている恵を見れば十中八九間違っていないだろう。たださっきの恵の発言で気になった部分があったので訂正しておく。
「それと恵自分では可愛くないって言ったけどそんなことないぞ。今日みたいに尽くしてくれなくたって普段から恵は可愛いからな」
恵の顔が更に真っ赤に染まっていく。言葉を選び間違えたかもしれない。
「そ、それじゃあ聞きたいことは聞けたし帰るよじゃあな」
「待って」
足早に去ろうとすると恵に腕を掴まれる。まだ逃がしてくれる気はないらしい。
「私将平のことが好き……。将平は私のこと好き?」
恵の目はまっすぐこちらを見てくる。どうやら誤魔化すことはできないようだ。俺はゆっくり深呼吸をして口を開いた。
「俺も恵のことが……」
こうして今回の出来事は結果的に1組のカップルをつくり終息した。