男たちの嘆き(3章最終話後)
「う…うっぅ…」
「く…くそっ…」
「はぁ……」
現在、リエスの町の教会でラヤーナとヴァルテリ(セヴェリ)が結婚式を挙げている。教会の建物の、人から見られないところから3人はそれぞれ別々にこっそりとラヤーナの花嫁姿を見ているところだ。
「…ラヤーナさん…ううっぅ…」
「…俺の…ラヤーナ殿が…」
「ラヤーナ嬢…何と美しい花嫁姿なのだ…私の…花嫁になるはずだった…ぅうう…」
3人は、ラヤーナが自分ではない男との結婚を受け入れることは出来ず、式には参列しないつもりでいたのが、どうしてもラヤーナの様子が気になってしまい式を覗き見している状態だ。
「ぅぅぅ…あんな…あんな奴が…ラヤーナさんの…」
「…くそっ…あの男は誰なんだ…あんな奴…みたことがない…」
「…あの男…どうやってラヤーナ嬢と…」
3人はヴァルテリをギリギリと睨みつけている。その視線はねっとりした妬み、羨みなどでどんよりとしている。
「「「ああぁぁーーーー!」」」
ラヤーナがヴァルテリからのキスを受けている。頬やおでこに何度もキスをされていたが、ちょうど唇に長いキスを受けているところだった。ラヤーナは恥ずかしそうにしているが、その表情は嬉しそうにうっとりと横の男に向けられていて、周りの人達に祝福されている。
「あぁ…俺の…俺のラヤーナさんが…あんな奴から…き…キスを…受けるなんて…」
「俺が…俺が…俺がーーーーー俺がキスをしたかったーーーーーくそぉーーー」
「ラヤーナ嬢の唇が…私以外のものに…あぁーーーーー………」
3人の男たちは涙目になりながらもまだその場を離れようとはしない。
ラヤーナはサフェリアの騎士団や、町の人々、ギルドの職員などから次々にお祝いの言葉を掛けられているようだ。この世界には『写真』というものは無いが、魔法を使って魔法帳に覚えさせる『記録転写』という魔法があり、先ほどからラヤーナの魔法帳が大活躍をしている。そして、ラヤーナ達は知り合った人たちから一緒に『記録』をしたいとお願いされ、ヴァルテリと仲睦まじい様子を記録しているところだ。
「「「うわぁーーーーー!!!」」」
「「「っくーーーー!!!」」」
「「「このっーーーくっ……!!!」」」
どうやら周りからお願いされ、新婦のラヤーナは新郎のヴァルテリから何度もキスを受けている。頬や、おでこ、瞼、手の甲、耳もと、こめかみなど、場所もいろいろだ。
そのたびに『わぁ~』という歓声が上がり、『お似合い!』『お幸せに!』『素敵!』など、様々な声が掛けられる。
「…ラヤーナさん…俺…俺…っく…」
「………俺の…俺の…ラヤーナ…うううっ………」
「私の…妃が………うぅぅぅぅ……」
3人が嘆いていると、突然歓声が止んだ。
何が起こったのか3人はそちらに目を向ける。
見ると、ヴァルテリがラヤーナの前にひざまずき、真剣な目をしてラヤーナの手を取っている。そして、ラヤーナに向かって何かを言っているようだ。ここからは少し距離があり、大きな歓声でない声は明確には聞き取れず、いくつかの言葉だけが辛うじて拾える程度だ。
新郎の言葉を聞いているラヤーナを見ると、頬が恥ずかしそうにピンクに上気した後、ゆっくりと涙を流し始め、頷いていることが分かる。多分…愛の言葉でも誓ったのだろう。あれは…騎士の誓いだ。唯一のものに対して、己の全てをかけて誓う、その様子はそれぞれ騎士である3人から見てもはっきりと分かった。ラヤーナの夫は騎士…それもおそらく非常に位の高い騎士のはずだ。遠目からでもわかるほどの威圧感、均整のとれた体、騎士としての能力は間違いなく高いだろうということはその佇まいからもわかる。人を従わせる雰囲気を持ち、圧倒的なカリスマオーラを放っている。
コリファーレ王がこの町に訪れた時に皆が感じた圧倒的な支配者としてのオーラ、そして世界一と称された美貌をも遥かに凌ぐ壮絶な色を持っているこの男はいったい誰なのか。
ただ一つ言えることは、自分ではこの者に対して全く勝ち目がないということだ。
ラヤーナはあんな目をして自分を見てくれたことは一度もない。
あんな風に甘える様子を見せてくれたこともない。
嬉しそうにはにかむ様子を見たのも、これがはじめてだ。
それが全てあの男に向けられている。
他の誰でもなく、あの男だけに向けられている。
完全な…敗北だ。
完膚なまでに叩きのめされた敗北だ…
「「「ぅぅぅ…っぅ………ぅぅぅ………」」」
勝てない…どうあっても…あの男には勝てない…
それでも三人はやはり気になるのか、泣きながらもラヤーナの様子を見ようと顔を上げた。
すると先ほどまで跪いていたヴァルテリが真剣な目でラヤーナを引き寄せ、ゆっくりと唇同士を合わせたかと思ったら情熱的なキスを始めた。
周りは、はじめは熱に充てられたかのように静かに観戦をしていたが、いつまでたっても終わることの無い長いキスに、みんなが囃し立て始めた。
ようやくキスが終わるとラヤーナはぐったりとヴァルテリに寄りかかり、それをヴァルテリが受け止め、ラヤーナを抱きしめると抱え上げた。(いわゆる姫抱っこ)
周りからは再び歓声が上がり、ラヤーナは恥ずかしそうにしながらもヴァルテリに笑顔を向けた。そのラヤーナを抱き上げながらヴァルテリは再びキスをしていく。二人はそのまま歩き出した。この後、ラヤーナのお店の裏でお祝いのパーティをすることになっている。周りに祝福されながら、ラヤーナはヴァルテリに抱き上げられたまま教会を後にした。
3人は茫然と新郎と新婦の様子を見ていた。
そして、そっとその場を去って行った。
※ヴァルテリは当然この3人が建物の陰からこっそりとこちらを覗き見していることに気づいています。細かなキスも、激しいキスも、ラヤーナを抱きしめたり、抱き上げてキスをしたことも、周りに見せつけるためです。もちろん一番は、ヴァルテリ本人がラヤーナといつでもキスをしたかったから…です。